第471話 「進路相談⑧」
「私……今迄の授業と実習の結果で適性を考えて専門科目を変更しようと思ったのです」
モニク・アゼマは真っ赤な目のまま、漸くそう言った。
彼女が選択している授業はルウが担当している3つの科目、すなわち魔道具研究、魔法攻撃術、上級召喚術である。
彼女はこのうちのどれをどのような科目へと変更したいというのであろう。
概してこのような生徒は毎年出て来るものだ。
フランは今迄の経験からモニクのような生徒の対応も既に経験していたのである。
「単に好きだとか、恰好良いとか、親しい友人が受講しているからという理由で選択した授業が自分に合わずに行き詰ってしまう事は良くあるのよ」
「…………」
フランが挙げた理由はモニクにとって思い当たるものばかりである。
彼女は思わず黙り込んでしまった。
フランはそのままモニクを力付けるつもりで教師としての協力を告げる。
「貴女みたいな生徒が出るのも私には想定済み。これから私とルウ先生が最大限支援するわよ」
「ありがとうございます」
そもそもモニクはフランの言う通りで、ルウが副担任である事、そしてセリアやメラニーという親しい友人が選択したから同じ専門科目を選んだのである。
そんな理由で選んだ授業であったので数回受けてから、馴染まないと嫌気がさしてしまったのだ。
モニクを見詰めながらルウは問う。
「モニクはどの授業を取り直したいと思っているんだ?」
「ええっと……魔法防御術ですね。私、既に風の壁の魔法は発動させて課題をクリアしています。とりあえず最低ラインは合格していますから上級の課題も上手く行きますよ!」
モニクは課題がクリア出来ていない事や期末試験を不合格になった事に対してやはり焦りを感じているのであろう。
とりあえずクリアした課題を拠り所として自分の居場所を探そうとしたらしい。
「モニクさん、気持ちは分るわ。だけど決める前に良く考えてみたの? 防御魔法も相当奥深いのよ」
諭すフランをじっと見ているモニク。
彼女は何か魂に秘めるものがありそうだ。
暫し間が空いた。
モニクは自分の気持ちを告げる覚悟を漸く決めたようである。
「私ね、フランシスカ先生。将来神務省に入省して治癒士をやりたいのです」
「何故、神務省なの?」
「治癒士の女性って、『優しい癒し系』ってイメージじゃあないですか。仕事は危険も無くて楽そうだし、結婚相手にも困らなさそうだし」
これは大きな勘違いである。
フランも学生の時に自分の進路を検討した際に治癒士の事も調べたし、今の仕事についてから昨今の神務省の仕事も再度確認している。
モニクのようなイメージを持つ者は多いが、内情を全く知らないだけなのだ。
「……モニクさん、もう少し治癒士の実情を調べた方が良いわ。神務省の実情もね」
「治癒士の実情?」
「ええ、そうよ……ところでどの科目をやめて魔法防御術に編入するの?」
「ええっと、決めていません。何となく自分には合わないから魔道具研究以外の2つはやめちゃおうかな」
モニクはやはり深く考えていないようだ。
ここは少しアプローチの仕方を変えた方が良いとフランは判断した。
「ルウ先生……バトンタッチするわ……」
ルウはフランの意図をしっかり理解したようだ。
フランに対して頷くとモニクの方に向き直った。
「ああ、フラン、分ったぞ。ならモニク、敢えて厳しい事を言うぞ」
「は、はいっ!」
「返事は良いな……だがフランとの会話を聞いて、俺には残念ながらお前のやる気が今ひとつ見えて来ないんだ」
思ってもみなかったルウのきつい指摘にモニクは少しむきになった。
反論する口調も熱が入る。
「そんな! 何でそんな事が先生に分るのですか? 決め付けです! 私はやる気満々なのですよ」
「やる気があるというお前の言葉は果して本当なのだろうか? 確かに夢を持つのは良い。ただ将来の職業についてもう少し調べた方が良いというフランの意見に俺も同感だ」
「…………」
確かに治癒士の実情を知らないという指摘には反論出来ない。
しかし高ぶった感情が収まらないモニクは口を尖らせた。
そんなモニクにルウは優しく説明する。
「……実際の治癒士は目を背けるような酷い怪我も治療しなくてはならないし、騎士個人や軍に帯同して戦場にも出る。危険は確実にあるんだ」
「どうして先生にそんな事が分るのですか?」
ルウの説明に対してモニクは怪訝な表情だ。
そんなモニクにルウはにっこりと笑った。
「実はな。アドリーヌ先生の大学時代の友人がお前の志望する神務省の治癒士をしている。俺は彼女から直接話を聞いたのさ」
「え!? それって本当?」
実際の治癒士から話を聞いたとあってモニクは吃驚し、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「ああ、彼女はこうも言っていたぞ。戦場で騎士を癒すという崇高な行為に憧れて神務省に入ったのだけれども現場に入ると思っていたより仕事がきつくて結構ストレスが溜まるのですよと、な」
「…………」
「治癒士の仕事は患者の傷が深ければ深いほど難易度も上がるし、特に戦場での刀槍傷の酷さは慣れないと大変なんだ。風邪など一般の治療行為でも病気の症状を緩和して、治療するのに高い技術を要するし、患者や家族から『期待』という重圧もかかるからな……でも」
「でも?」
「ああ、彼女は大変だとは言っていたが、やめたいとはひと言も言っていなかった。大変な分、自分が仕事をやり遂げた時の達成感も半端がないと俺は理解した。まあ何が言いたいかというと治癒士というのはそれくらいの覚悟が要る仕事だという事だ」
ルウの話を聞き終わったモニクは治癒士に対して怖れを抱いてしまったらしい。
「……じゃあ、やめますよ。私、治癒士にそんなにこだわりや未練がないし……」
「治癒士でも何でも興味を持ったならそれは貴重な事だ。ただ、お前はもう少し物事を知ろうとする努力をした方が良い……そんなお前の手助けをするのが俺やフランさ」
ルウの穏やかな表情を見てモニクは何も言えなくなってしまった。
確かにもう少し調べてから決めればよかったという後悔が彼女の魂に過ぎっているのに違いない。
今迄は大きな声でしていたモニクの返事もつい小さくなってしまう。
「は、はい……」
「念の為に言うが、お前の希望する学科の変更は現担当教師の許可と新科目の補習の受講、そして編入試験の合格が義務付けられているのは分るな?」
「え!? そ、それ……」
モニクはルウの説明に慌ててしまうが、この件は既に生徒達の耳には入れてある。
彼女が誰かと話していたか、考え事をしていてこの大事な話を聞き逃していたようだ。
「この規則は勉学に対する真剣さを計り、むやみに科目変更出来ないようにしてある学園の規則さ。2年C組のHRで皆には説明したし、普通は科目の変更を決める前には理由を明確にして現担当の教師に相談するものだぞ」
「はい……ご、御免なさい、ルウ先生」
これは完全に自分の失策である。
思わず項垂れるモニクにルウの優しい言葉が沁みて行く。
「大丈夫だよ。お前が治癒士云々を抜きにしても魔法防御術を学びたいならケルトゥリ教頭か、クロティルド先生に編入の口利きをしてやろう。フランもどうだ?」
「うふふ、私の占術のクラスなら大歓迎よ。贔屓になるけど特別補習をしてあげるわ」
2人の優しい言葉にモニクはまた涙が溢れて来る。
最初とは違い、これは2人の労りに対する嬉し泣きだ。
そうだ……
私、ちゃんと自分の適性や将来の事、調べたり考えたりしてみよう!
「ありがとうございます! 私、頑張ります!」
モニクは涙を浮べながらも晴々とした表情で2人に感謝の気持ちを述べていたのであった。
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