第470話 「進路相談⑦」
魔法女子学園実習棟2階ルウ・ブランデル研究室火曜日午前10時……
先日に引き続いてルウの研究室では2年C組の生徒達の『進路相談』がルウとフランによって行われようとしていた。
本日の最初の相談者はセリア・ビゴーである。
遠慮がちなノックがされた後にやや緊張した声がおずおずと投げ掛けられた。
「失礼します、セリアです」
「おお、入ってくれ」
いつものルウの優しそうな声が返されるとドアの向こうに立っていたセリアは「ほう」と溜息を吐いた。
ゆっくりとドアが開かれ、セリアの小柄な身体が研究室に滑り込んだ。
「宜しくお願いします! フランシスカ先生、ルウ先生」
「うふふ、元気があって宜しいですね。とても良い事ですよ」
「はいっ! ありがとうございます! 後、これはフランシスカ先生には申し訳ないのですが……ルウ先生には色々と相談に乗って頂いているので、ほんの感謝の気持ちです」
ぺこりと頭を下げて何かを差し出したセリア。
ルウとそれにフランに気を遣ってプレゼントを用意したらしい。
良く見ると小さな掌に乗っているのはセリアの手作りらしい綺麗なハンカチ2枚である。
1枚は爽やかな大空のようなスカイブルー、もう1枚はシックな薄紫の布地で縫製されたものでそれぞれワンポイントでハートマークが可愛く刺繍されていた。
下世話に考えればルウとフランに対して成績に何か手心をというように取れなくもない。
だがセリアの真剣な表情と手作りのハンカチと言う組み合わせはそのような邪な気持ちは微塵も感じられなかった。
「あら凄い! セリアさん、女子力高いわね!」
フランはハンカチを見て素直に感心する。
セリアのルウに対する感謝という純な気持ちとハンカチを作り上げた器用さにだ。
しかしセリアは大慌てで首を横に振った。
「そんな! 私、魔法の実技が中々クリア出来ないので気分転換で作っただけですから。でもこれは魔法習得において何の役にも立たないですよね」
謙遜するセリアが弱々しく苦笑した瞬間であった。
じっとハンカチを眺めていたルウの目がぱあっと輝いたのだ。
「よし、セリア! お前のベストな将来へのアドバイスが出来るかもしれないぞ!」
「本当!? ルウ先生!?」
「だん……いえ、ルウ先生本当ですか?」
ルウの言葉を聞いたセリアは目を大きく見開いて口をぽかんと開けた。
そしてフランも同様に慌ててルウへの呼び方を間違えそうになってしまう。
そんな2人を見ながら、ルウはセリアに対して頷きながら問い質した。
「ああ、セリア。お前はこうやってコツコツやるのは好きな方か?」
ルウの質問に対してセリアは期待を持って、目をきらきらさせながら元気な声で返事をする。
「はい! 昔から手先は器用だったのですよ。室内でコツコツやるのも性に合っています」
「他にもこのようなものを作った事はあるのか?」
「はい! 簡単な肌着や帽子くらいなら……服は図書室でデザイン本を見るのは大好きです。それに女の子らしくないのですが……鎧なんかも好きなんです。でもただ好きというだけで素人に毛が生えたくらいの腕ですし、ルウ先生は何故、そこに拘るのですか?」
聞くとセリアは結構裁縫が得意でデザインにも興味があるらしい。
しかしそれが何の魔法に繋がるのか?
この時点でセリアは勿論フランにも分らなかった。
しかしルウは早速2人に種明かしをしたのである。
「魔道具研究の授業の中に魔道具の製作と付呪魔法という項目がある。その魔法さ」
「し、知っています。付呪魔法って、殆どの魔法使いが憧れる上級魔法です……でも単に裁縫がちょっと上手いだけで、そんな凄い魔法を本当に私が発動出来るのでしょうか?」
セリアは自分の余りにも大きな可能性を信じきれず、半信半疑のようだ。
「ル、ルウ先生! 本当なの!? 付呪魔法って!?」
一方のフランも事が事だけにルウが何の根拠を持ってセリアに告げたのかがさっぱりと分らなかった。
しかしルウの穏やかな表情を見て彼が思いつきやあてずっぽうで発言したのではないと分るといつものように信じる事にしたのである。
「ははっ、習得には相当な努力が必要かもしれないがな。セリア、お前は魔道具製作のプロになれるかもしれないぞ。確約は出来ないが挑戦してみるか?」
驚くセリアに対してルウは当然、道は険しいと言い聞かせ、魔法の習得へ踏み出すかを問い質したのである。
セリアはごくりと唾を飲み込んだ。
彼女は魔法習得の上で魔道具製作のプロになれる可能性があると言われた事を再認識し、改めて自分を奮い立たせたようだ。
「魔道具製作のプロになれる!? す、凄い! 私……ぜ、ぜひ、やってみます! 挑戦します! まず行動しなければ道は開けないと思いますから!」
力強く挑戦を宣言したセリア。
以前、ジョゼフィーヌの取り巻きに居た頃の自信の無さは全く払拭されている。
ルウはすかさずセリアの気持ちに応えるかのように提案した。
「よし、その心意気だ。では今日のお昼以降の都合はどうだ? 早速お前を王都のいくつかの店に連れて行きたいのだが……」
「大丈夫です! 私、先生を信じています。どこへでもついて行きますからぜひ、宜しくお願いします!」
即座に了解の返事をするセリア。
打てば響くとはまさにこの事である。
こうなるとルウも気合が入って来る。
「よっしゃ! じゃあ今日の昼休みは学園へ外出許可を取って出かけよう、良いな?」
「はいっ!」
傍らに居て、全く置いていかれた形のフランではあったが、2人を見ていると段々微笑ましくなって来てついクスリと笑ってしまう。
他の妻達と共に異界で行っている時のルウの熱血教師振りをつい思い出したのである。
フラン自身もまだまだ才能があるとルウに散々励まされ、厳しい訓練の結果、魔法使いとして自分が予想出来ない高みまで登って来たのだ。
それもこれからまだまだ先がありそうなのである。
この子もそうだけど、私達妻も学園の他の生徒達も皆、一緒ね。
セリアは上期の期末試験をクリアしただけで実技の課題を1つもクリアしていない。
今迄のケースであればやる気を出す以前に、下手をすれば退学していった生徒も少なくない。
仮に生徒の可能性を見出すルウの能力が傑出しているとしても、今迄の自分達の生徒への接し方、評価の仕方を改めなければいけないとフランは猛省したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
意気揚々と研究室を退出して行ったセリアと引き換えに死にそうなほど暗い顔をして入室したのがモニク・アゼマであった。
「ルウ先生、フランシスカ先生……私、私……うわあああん」
モニクは入って来るなり、ルウに抱きついて号泣する。
フランは苦笑したが、彼女の魔力波を見る限り、嘘泣きでも恋愛感情からでもないようなのでじっと見守っていた。
暫し泣いて、モニクが漸く落ち着いて来た頃合を見たルウは優しく声を掛ける。
「どうした? お前は防御魔法の実技課題をクリアしているし、上期試験もあと一息のレベルだから、そんなに思い悩まなくても良いんじゃないのか?」
ルウはそう言いながらもモニクが号泣した意味を分っていた。
だが、フランも居るその前で彼女の口から話すべきなのである。
「私……先生達にこんなにお世話になっているのにぃ……」
魔力波を完全に読みきれ無いフランにも何となくモニクの言いたい事が分って来た。
「私、私……実は専門科目のクラス替えをしたいのです。先生達に凄く不義理でいけない子なんです」
モニクはそう言うとまたさめざめと泣き出した。
ルウはモニクを軽く抱き締める。
「構わないよ、全然。俺達への義理とか親しい友人が居るからじゃあなくて、お前の将来はお前が1番良い選択をするべきなんだ」
ルウは嗚咽するモニクの背中を優しく擦っていたのであった。
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