第47話 「報告」
「やったじゃないか!」
「ルウが巧く誘き出してくれたお陰よ」
オーク達の最期は、呆気ないものであった。
ルウに6体まで減らされたところへ、フランによる何発もの炎弾が放たれ……
先のゴブリン同様、あっと言う間に炭化し、四散してしまったのだ。
フランは自分でも意外であった。
いつもの炎弾より、遥かに威力が増しているような気がする。
「ああ、フランの魔力が上がっているからさ」
ルウは笑うが、フランは半信半疑だ。
そしてふたりは更に『狩場の森』の様々な場所の探索を続行したのである。
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「面白い森だけど、実戦にはあまり役に立たないかもしれないな」
「ふふ、ルウは手厳しいわね。確かにこの森は訓練用だから」
訓練と森の下見を終えたルウは今、フランを抱えて翔んでいた。
いつものように大空をではない。
高度をずっと下げ、地上から1m程の上を滑るように。
ふたりは今、正門を目指していた。
訓練終了後、この『狩場の森』を退去する為の出口は、正門以外には無い。
正門の上には、遠くから視認可能な、高くそびえる監視塔が造られている。
なので森に入った者が、正門への方角を間違う事も無い。
魔物が出現する、この森の探索と対応は、ルウとフランには全く問題が無かった。
だが、もしも魔力が尽きたり負傷をした場合、入場時に装着した腕輪で管理所に緊急で危険を報せる。
と同時に、ある一定時間、物理攻撃にも対応する魔法障壁が発生して身を守る事が出来る。
また休憩所を兼ねた緊急用の避難所も、あちこちに設けられていた。
この避難所も魔法障壁で守られており、腕輪を装着した者しか入れないようになっている。
ここまで安全対策が徹底された上……
この『狩場の森』は、何か事故等があった場合に、管理者は基本責任を問われない。
そのような意思の確認が為されていた。
了解しない者は、森への入場を許可しない決まりになっていた。
それ以外のケース、魔法女子学園など、学生による模擬授業が行なわれる場合……
上級魔法使いの教師か、中堅クラス以上の騎士が、必ず同行するなど、安全が徹底されていたのである。
ふたりは森へ入る時にも使った、魔法障壁に防護された正門への道に入ると……
そこからは、ゆっくりと歩き始めた。
見やれば、もう太陽は西に傾きかけ、空は夕焼けに染まっていた。
「綺麗ね……」
「ああ」
フランの問い掛けに対し、ルウは曖昧に返した。
しかし、夕焼けを眩しそうに見つめているから、結構この風景が好きなのかもしれない。
場所が場所だが、とてもロマンティックな光景だと、フランは思う。
だから、もう少しルウと一緒に歩きたかった。
でも、現実は無情である。
少し歩くとすぐ、正門に着いたのである。
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「ほうほう、おふたりとも無事で何より。まあ、私は全然心配していませんでしたが」
イベールは、いつもの頑固そうな表情はどこへやらの好々爺振りである。
「失礼! 腕輪を拝見しますよ」
腕輪へ、解除の魔法を掛けた上……
イベールはふたりへ、手を伸ばして来る。
ルウとフランはお互いに顔を見合わせて笑い、腕輪を外してイベールへ渡した。
「ふうむ、お嬢様はオ~ガ1体、オーク10体、ゴブリン10体ですか? オーガが10P、オークが5P、ゴブリンは1Pですからな。換算すると70P、これはなかなかですな!」
フランの記憶だと……
以前に訓練をした時は40P程度だった。
なので一気に倍近くなっている。
ルウの希望からは物足りないかもしれないが、分相応という意味で自分としては満足である。
フランの腕輪を確認した後、イベールはルウの腕輪を見る。
「で、ルウはどうなんじゃ? おお! オ~ガ5体、オーク15体、ゴブリン20体……都合145Pか」
腕輪を確認したイベールは、「にやり」と笑ってルウを見た。
ルウの成績は突出したものではない。
「こいつ、まだまだ手加減しおって」という意味を込めた皮肉の笑みだ。
そんなイベールの視線を受けながら……
ルウはいつもの通り、穏やかに笑っていたのである。
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イベールが王都まで、定期便の最終馬車に乗る事を勧めてくれた。
少し考えた末、ルウとフランはイベールの言葉に甘える事にした。
帰途は何のトラブルもなく、スムーズであった。
王都の正門で馬車を降り、ふたりは無事ドゥメール邸へ帰還した。
「お帰りなさいませ、お風呂と夕食の用意が出来ております」
玄関では、ジーモンが口元に笑みを浮かべながら迎えてくれた。
フランが「ありがとう!」と元気良く返事をすると……
ジーモンは一瞬、吃驚した表情になった。
だが、すぐ満面の笑みを浮かべ、て深々とお辞儀をした。
1時間後……
ルウとフランがそれぞれ、入浴を済ませて食堂に入ると……
アデライドが、これまた笑顔で待っていた。
先ほどから感じている。
フランは思うのだ。
お母様、ジーモン、そして使用人達、皆が以前より明るく笑顔である。
この屋敷全体の雰囲気が、とても明るくなっていると。
食事の時、流石にアデライドは大人しかった。
話す内容は魔法の件ではなく、普段の食事の時と同様、差し障りの無い話題に止めている。
何故ならば食堂には、ジーモンを始めとして、使用人達が大勢居るからである。
フランはくすりと笑った。
アデライドの気持ちが手に取るように分かる。
魔法オタクの母は少しでも早く、『転移魔法の事』を聞きたい筈なのである。
片や、ルウも薄々感じていたらしい。
フランが「いつもより早く、食事を切り上げよう」と提案すれば、知らない振りをして応じた。
3人は食事が終った後、アデライドの先導で屋敷の研究室に向かう。
押し込むように、ルウとフランを部屋へ入れた瞬間!
アデライドの澄ました貴婦人然とした表情が一変する。
彼女の顔は、まるで話をせがむ子供みたいであった。
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30分後……
「成る程ねぇ! 地の精霊達の住処である異界へ行って来たのね!」
「良いなぁ! 良いなぁ!」 と羨ましそうに言うアデライドを見て、ルウとフランは苦笑する。
しかしそんな苦笑は気にもせず、アデライドは自分の世界に入っていた。
「ああ、素敵! これだけ研究しても、まだまだ私の知らない事なんて沢山あるのよねぇ……」
「…………」
「こんな時だけは、エイルトヴァーラ教頭が羨ましいわよね?」
そう言って、アデライドは笑った。
数千年の寿命を誇るアールヴくらい、時間があれば……
この世の『真理』へどれだけ迫れるのか?
……納得が行くまで、研究を続けたい!
それがアデライドの心からの願いであった。
そんなアデライド程ではないが……
フランも彼女の娘だけあって、性格は受け継がれている。
持ち前の好奇心から、今日見た異界の事はフランにとっては興味津々であったし、母アデライドの聞き方の巧さもあった。
フランはいつの間にか……
転移魔法の話は勿論、今日の講習の話から始まって『狩場の森』の魔法の発動、連携攻撃の事までも面白おかしく話していた。
「フラン! 良かったわねぇ! 充実した1日だったわね!」
母の大きな声で、フランはハッと我に返った。
つい調子に乗って喋っていた。
自分は、こんなにもお喋りだったのか……
我ながら、信じられない。
そして、これまでの自分であれば……
素直に、「楽しかった!」とは認めてはいなかった。
しかし、今は違う!
全く違うのだ。
「ええ! お母様、本当に楽しかったわ。ルウのお陰です」
フランはそう言い、ルウに向き直ると、改めて深くお辞儀をした。
「ルウ、本当にありがとう! 週末は、一緒に頑張ろうね!」
ルウへの深い感謝、それは心からのフランの気持ちだったのだ。
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