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第451話 「ジェラール・ギャロワの決意」

「私はな……父が決めた許婚いいなずけと15歳の春、ヴァレンタイン王国騎士士官学校入学前に引き合わされた」


 ジェラール・ギャロワ伯爵は遠い目をして呟いた。


「相手は12歳の少女。父の知り合いのさる貴族の令嬢であった。この屋敷で初めて会ったのだが……何と私は彼女にひとめぼれしてしまったのだ」


 このように父が娘の自分に対して母の事を語るのは初めてである。

 ジョゼフィーヌは思わず亡き母の名前を呼んでいた。


「それが……ベルティーユお母様……」


「そうだ……彼女は可憐で聡明、その上とても優しい女性という感じで私には勿体無い、そんな印象だった……ジョゼ、本当に今のお前はベルティーユ……ベルに生き写しなのだよ」


「…………」


 自分が亡き母に生き写し……それは先程、家令のアルノルトにも言われた言葉である。

 今迄そのように指摘された事が無いので、ジョゼフィーヌ自身余り意識はしていなかったが、父と家令は敢えて言わなかった事を彼女は今、漸く気付いたのだ。

 そんなジョゼフィーヌの思いを更に強くするかのようにジェラールの話は続く。


「3年後……私は士官学校卒業と同時に彼女と、ベルと結婚した。親のいいつけで許婚になったとはいえ、彼女も私の事をとても気に入ってくれて……相思相愛であった」


 ジェラールの目が優しくなり、口元が綻んだ。

 遠き日の甘い思い出が甦って来たのに違いない。


「結婚してから5年間は2人っきりの文字通りの甘い生活を送った。使用人は居たが彼女は貴族には珍しく料理も上手くて私は毎日仕事が終わるとベルと過ごす食事の時間が楽しみだった。屋敷に真っ直ぐに帰ってばかりの私は卒業後に入った王都騎士隊では付き合いの悪い奴だと噂されていたようだ」


 ジェラールは苦笑すると頭を軽く振った。


「結局私は騎士隊に3年間居た後に、文官としての適性を見込まれて財務省に入省した」


 ヴァレンタイン王国では騎士士官学校に入学後、適性を随時チェックされるという。

 ジェラールは武官としてより、文官に適していると王国に判断されたらしい。

 その後は武官には戻らず文官一筋であった。

 そしてとうとう財務大臣にまで登りつめたのだ。


「財務省に入って3年目に……私、ジョゼが生まれたのですね?」


「そう、結婚して6年後にお前が生まれた。元気で可愛い女の子だったよ」


 親が子供を授かるのは格別なものである。

 ジェラールの顔が一気に破顔した。

 しかしジョゼフィーヌの記憶は母と暮らした事よりも、死に別れた事の方が鮮明のようだ。


「ジョゼは……微かに覚えています。お母様の温もりを……そして3歳の……あの日を……」


 辛そうに語るジョゼフィーヌをかばうようにジェラールは口を挟んだ。


「……そう、ジョゼが3歳の時であった。この王都にたちの悪い流行病はやりやまいが蔓延したのだ」


流行病はやりやまい……そう聞いてジョゼフィーヌはぶるりと身体を震わせた。


「お母様は運悪く……その病気に……」


「そうだ! 何という神の悪戯であろうか!? ベルは敬虔な創世神の信者であったのに……病魔という死神は何の罪もないベルを捕まえてしまったのだ」


 ジェラールも亡き妻と同様に創世神の信者である。

 しかし彼は妻が亡くなった時に恨み言のひとつも言いたくなったに違いない。

 ジョゼフィーヌも辛そうに黙ってしまう。


「…………」


「私はあらゆる手を尽くしたが、結局彼女を救い出す事は出来なかった。死の間際にベルは……お前の母は……ジョゼの事を宜しく頼むと言って身罷みまかったのだ」


 大きく溜息を吐くジェラール。

 そんなジェラールをルウは暫く見詰めていたが、はっきりと言い放つ。


「親父さんは良くやりました……大事な奥様との約束をもう立派に果したのですよ」


「ルウ!? 婿殿!」


「胸を張って良いんだ、親父さん。貴方と奥様の宝であるジョゼはこんなに素晴らしい女性に成長したのだから……次は親父さんが幸せになる番だ」


 ルウの言葉に一瞬戸惑ったジェラールではあったが、その真意を知ると徐々に晴々とした表情に変わって行った。


「…………ありがとう、婿殿! 今のお前のそのひと言で私は新たな一歩を踏み出す事が出来そうだ」


 しかし本題の解決は未だ終わりではない。

 ルウはずばりと直球を投げ込んだ。


「ははっ、親父さん。ひとつ聞きたい……貴方のブランカさんへの気持ちはどうなのですか?」


「彼女は素晴らしい女性だ。優しくて気配りが出来て、立ち居振る舞い含めて全てが美しい」


 ブランカに対してジェラールの見方は忠実な家令であるアルノルトと全く一緒である。

 ルウとジョゼフィーヌは思わず微笑ましい気持ちになった。


 ジェラールのブランカに対する気持ちは最初、自分自身でも分からなかったようだ。

 今、彼はその気持ちが確信に変わって行くのを実感している。


「私達はひょんな事からじっくりと話す間柄となり、一生懸命育てたジョゼとリーリャ王女を婿殿へ送り出すという同じような立場で意気投合した」


 今迄、公式の場でしか会っていなかったブランカ。

 それが街中で暴漢から助けた事で2人の距離はぐっと縮まったのだ。

 ジェラールのブランカへの思いは止まらない。


「その後に何度も会って話しているうちに彼女との会話が私の生活の一部になっている事に今、改めて気付いたのだ。帰国してしまったら彼女と会えなくなる……もし、そのような事になったら……私は耐えられないだろう……ブランカは私にとってもう大事な、かけがえのない女性ひとなんだ!」


 言葉に出して改めて分かったブランカへの思いを今、ジェラールは噛み締めているようだ。


「……親父さん、良く言ってくれた。俺は親父さんのその言葉が聞きたかったのさ」


「む、婿殿?」


 ジェラールの決意を聞いたルウの表情はいつもの通り穏やかである。

 彼はそのまま静かに語りかけた。


「これから俺の言う事を良く聞いてくれ、親父さん。貴方は今後、現実でも夢の中でも今の気持ちがぶれないように行動するんだ。……約束してくれるか?」


 愛娘の婿である、優しいが底の知れないこの青年の言葉がやけに頼もしく感じる。

 ジェラールは全く抵抗無く、頷いていた。


「現実でも夢の中でも今の気持ちがぶれないように行動? 良く分からないが、婿殿を信じよう。分かった! 約束する!」


「ありがとう、親父さん。後は俺に任せてくれ!」


 ルウはジェラールをじっと見詰めると力強く約束したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方……こちらはリーリャが宿泊しているホテルセントヘレナのスイートルーム。


 昼食を摂った後の日曜の午後、リーリャはいつものように自室で魔導書を取り出した。

 平日の学園生活が忙しい分、土日は彼女にとってはのんびり寛げる貴重な時間である。

 

 しかし、リーリャは魔法を学ぶ留学生という立場から勉強する事は勿論、ルウの妻として生活する準備にも取り掛かっていた。

 密かに始めた家事一般の練習もあって週末の休みはあっという間に過ぎて行くのである。

 

 ルウは別格としてもリーリャが慕う『先輩の妻達』は魔法は勿論、家事でも遥か先に位置しており、彼女はまともにやっていても追いつけないと考えていた。

 かと言って無理をすれば身体を壊し、魔力の源である魂にも負担が生じる。

 そういったペース配分もかつての師匠であったラウラと相談しながら行っているのだ。


「でも旦那様って……凄い!」


 リーリャは思わず独り言る。

 自分と関わったあらゆる人の幸せを考えて出来る事をするという彼の方針がリーリャは好きである。

 それが自分の学園の生徒に限らず、貴族から街の無頼にまで及ぶのも……

 今回、リーリャに告げられた話もその一環であった。


 何と対象はリーリャの側近の侍女頭ブランカ・ジェデクなのだから。


「確かに……最近のブランカは口を開けばジョゼ姉のお父様の話ばかり……週に1度はお会いしているようですしね……あ、旦那様からの念話だわ」


 どうやら考え事をしていたリーリャにルウからの念話が届いたらしい。

 ――暫くしてひと通り、話が終わったようである。

 リーリャは悪戯っぽい笑みを浮かべると隣室に控えていた侍女へ自室にブランカを呼ぶように命じたのであった。


 5分後――リーリャの自室のドアがノックされた。


「ブランカです、リーリャ様」


「ああ、入って下さい」


「失礼します!」


 ブランカは一礼して部屋に入る。

 所作はぴしりと決まっており、美しい。

 このような所もジェラール主従から褒められた部分である。


「まあ、座って下さい」


「はい! 失礼します」


 一体どのような話だろうか?


 勧められた肘掛付き長椅子ソファに座ったブランカは期待と不安の入り混じった気持ちでリーリャの次の言葉を待っていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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