第448話 「称賛」
ジェラール・ギャロワ邸大広間、日曜日12時過ぎ……
「おおおおお!」
ジェラール・ギャロワ伯爵は目の前に現れた愛娘の艶姿を見ると唸ったまま、固まってしまう。
「お父様、ど、どうかしら? 似合いますか?」
おずおずと遠慮がちに言うジョゼフィーヌ。
暫し経ってその父からやっと出た言葉は感嘆の表現のみである。
「綺麗だ! 何て綺麗なのだ、ジョゼ! 婿殿、私はお前に強力な魅惑の魔法でも掛けられてしまったのか?」
ジェラールから見て愛娘に対する贔屓分が入っている事も確かではあったが、ジョゼフィーヌの艶姿は人の域を超えた女神のような美しさにしか見えなかったのだ。
ルウが魔法を使ったのか?とはさすがに冗談であろうが、ジェラールの言葉に同意してルウはジョゼフィーヌの美しさを称える。
「ははっ、親父さん! ジョゼは貴方の仰る通り『本当に』美しいのさ。俺は魔法なんか全く使ってはいないぞ」
愛する夫の賛辞を聞いたジョゼフィーヌは謙遜しながらも、先程プレゼントされた逸品をジェラールに誇示した。
「そんな! 旦那様! でもね、お父様! 聞いて! 聞いて! そんなに良く見えるのは今日、旦那様がこれをジョゼに買って下さったからなの。素晴らしいでしょう?」
ジョゼフィーヌが指差したのは彼女自身が羽織っている『白鷹の羽衣』である。
確かにジョゼフィーヌの言う通り、ジェラールが見ても、そこら辺に簡単にあるものでは無い。
「おお! 婿殿からのプレゼントか? 確かに素晴らしい品だ。何というかお前の神秘的な美しさが益々映えるものだ」
「神秘的なって!? もう、お父様ったら大袈裟ですわ! これはね、完全なオリジナルのオーダーメイドなの! 旦那様が腕の良い職人さんと相談して作ってくれたのですわ。デザインもジョゼは今日初めて知ったのですよ」
服飾職人とデザインを相談した!?
こんな凄い服を!?
この婿は単に素晴らしい魔法使いというだけではない。
色々な才能を隠し持っているのだ。
こやつ、どこまで底が見えないのであろうか?
ジェラールは頼もしくてならなかった。
そうなるとつい『自分の服も』という気持になってしまったのだ。
「成る程……婿殿は魔法同様に服のセンスも良い。では私の新たな公務用の服の発注も相談しようか」
「新しい服をお作りになるのですか? お父様」
父も新たな服を作ると聞いてジョゼフィーヌはつい聞き直した。
「ああ、エドモン様から先週、内示を頂いたのだが、私の代行が取れてとうとう財務大臣に就任する事になったのだよ。その記念に何着か作ろうと思ってな」
嬉しそうに胸を張るジェラール。
彼はとうとうヴァレンタイン王国の財政を担う最高責任者に就任するのだ。
重圧はあるだろうが、仕事に前向きで晴れやかな表情のジェラールに、ルウとジョゼフィーヌはお祝いの言葉を述べた。
「おおっ、それはおめでとうございます!」
「お父様、凄いですわ! おめでとうございます!」
「実は一昨日の金曜日に王宮へ呼ばれて宰相のフィリップ殿下からも決定を頂いたのだ。これで正式な辞令待ちとなった」
ジェラールは嬉しさを噛み締めながら、ルウとジョゼフィーヌを見詰める。
ルウの穏やかな笑顔、そしてそれ以上に幸せそうに満面の笑みを浮かべるジョゼフィーヌ。
思えば娘と自分の命を救ってくれたルウが居たからこそ、今の状況があるのだ。
それを考えるとジェラールはルウに感謝してもし切れない。
ジョゼフィーヌに婿を取ってギャロワ伯爵家を継がせるという絵図は変わったが、それ以上の幸福を得たと感じているのだ。
「お前達がこの時間に来ると聞いて今日は昼食を一緒に摂ろうと思ってな。使用人に準備をさせておる所だ。ささやかではあるが、アルノルトを入れて4人で前祝いの宴と行こう。よおし! たまには私が料理人に指示をして、取り寄せたワインを吟味して選んで来よう」
ジェラールは余程、ルウとジョゼフィーヌの訪問を楽しみにしていたようである。
普段なら家令のアルノルトに申し付ける所を自ら厨房に出向くと宣言したからだ。
「アルノルト! お前もジョゼや婿殿とは久しいだろう。ゆっくりと話して良い。特にジョゼの神々しさをじっくりと見ておくのだぞ! ははははは!」
ジェラールは大きな声で笑うと厨房に消えて行った。
その姿を見送って一礼したアルノルトがルウとジョゼフィーヌに向き直る。
「ルウ様! 改めて御礼申し上げます。私はともかくご主人様とお嬢様の命を救って頂き、こうしてご主人様の新たな生きがいまで手立てして下さった。このアルノルト、感謝のしようがありません!」
「ははっ、アルノルトさん。俺は大した事はしていないし、財務大臣になったのは親父さんの実力さ。……でもアルノルトさんも含めてよかったよ」
ルウの言葉を聞いたアルノルトは深く深くお辞儀をした。
そして再びルウの顔を見詰めると、柔和な笑みを浮かべていたのである。
「恐れ入りますが、もうひとつルウ様のお力に縋って宜しいでしょうか?」
アルノルトは横目でちらっと厨房を見た。
厨房からはジェラールの大きな声が響いており、彼にこちらの会話は聞こえないであろう。
「ご主人様のもうひとつの幸せの件で御座います」
「もうひとつの幸せ?」
思わずジョゼフィーヌが聞き返した。
「はい……お嬢様には申し上げにくいのですが、奥様を亡くされてからご主人様には毎日、後添いの申し込みが数限り無く来ております」
「後添い……それって……」
「はい! ご主人様に対して亡き奥様の後の妻として如何かと、様々な女性が候補として紹介されました……中には王族に近い方もいらっしゃいました……ご主人様はそれらの話をきっぱりと全てお断りになっていたので御座います」
「まあ!」
ジョゼフィーヌは驚いていた。
父に後添いの話が来ていた事は知っている。
だが、ここまで頑なに断っていたとは知らなかったのだ。
このヴァレンタイン王国で王族に近い身分の女性までを断ってしまうとは相当覚悟の要る事である。
「お断りになった理由は2つ御座います」
「ひとつめは……ジョゼだな」
理由は2つ……
ルウがそのうちの片方の理由を言うとアルノルトは即座に頷いた。
「仰る通りで御座います」
「私が? 何故?」
ジョゼフィーヌは更に驚いている。
「親爺さんはジョゼが可愛くて仕方なかったのさ。以前のジョゼは今と違ってもっと多感な少女だった。いきなり見ず知らずのお母さんが来たら、反発すると思ったのだろう……それに親父さんはジョゼのお母さんと暮らした思い出も大事にしていた筈だ」
ルウが補足説明するとアルノルトが「さすがルウ様」と同意して、微笑んだ。
「はい! その通りで御座います。ジョゼフィーヌお嬢様は亡き奥様に生き写しなのです。ご主人様はこれまでお嬢様への強い思いと、亡き奥様との大切な思い出の中で生きて来られたので御座いますよ」
アルノルトはそう言って「ふう」と溜息を吐いたのであった。
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