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第445話 「恋の作戦授与」

 ブランデル邸の食事は決して高級な食材ばかりを使っているわけではない。


 しかしながらセントヘレナの中央市場からほぼ毎日、旬で新鮮な食材を求めている事、料理に堪能なアルフレッド、モーラル、アリスに加えて、母アネットの手解きを受けたオレリーの最強チームによる工夫されたメニューは王宮の料理に負けないくらいの味と趣きを誇っている。

 最近はあの『英雄亭』の料理の影響も受けていて更にレベルが上がっていた。

 シモーヌは料理をひと口食べて目を丸くする。


「う、美味い!」


 シモーヌの様子を見たジゼルは誇らしげに胸を張った。


「ふふふ……そうだろう、そうだろう」


 そんなジゼルの態度を見たナディアは呆れ顔だ。


「ジゼル、この料理は君が作っているわけじゃあないのに、そんなに威張っちゃ駄目じゃあないか?」


 ナディアの指摘は至極当然だ。

 うろたえたジゼルは何とか反撃しようとする。


「う、うるさいぞ、ナディア! い、いずれ私も美味しい手料理を旦那様に『あ~ん』して食べて頂くのだ」


 ジゼルの『夢』を聞いたナディアは「はぁ?」と言う感じで肩を竦めた。


「……それってジゼル。君は後、5年くらい無理じゃないの?」


 何故か余裕のあるナディアの態度。

 不安になったジゼルは一層むきになった。


「にゃにおう! って、その言い方!? な、なら、お、お前は出来ると言うのか?」


「ふふふ……」


 ジゼルに問い詰められてもナディアは余裕の態度を崩さない。


「何だ!? その笑いは?」


 度重なるジゼルの問い掛けに対してナディアはとうとう爆弾を落とした。


「ボク、この前オレリーとジョゼの3人で美味しい焼き菓子を作って旦那様に『あ~ん』して貰ったよ」


 ナディアが既にお菓子を作った上にルウに食べて貰っていた!?

 料理に関して彼女がまだまだ自分と同じレベルだと信じ込んでいたジゼルにとって、これは衝撃の事実であった。


「なななな、何~っ!!! し、しまったぁ~っ! 対抗戦が終わったら直ぐ修行だぁ!」


 叫びながら頭を抱えるジゼルは本当に悔しそうだ。

 最近の彼女は対抗戦の練習で料理の修業をする時間が殆ど取れていなかったのである。


 ぱんぱんぱん!


 そこでフランの手が打ち鳴らされた。

 音に反応してぴくりとシモーヌの身体が震える。

 シモーヌの様子を見てジゼルが苦笑した。


「ははは、その反応は我々の担任であるケルトゥリ教頭のせいだな」


「ふふふ……」


 同じ様に苦笑するシモーヌにフランが言う。


「シモーヌさん、改めて自己紹介してくれるかしら」


「は、はい! ……シモーヌ・カンテ、17歳。ヴァレンタイン王国子爵ウスターシュ・カンテの長女です。そして魔法女子学園3年A組所属で魔法武道部副部長をしています。皆さん、宜しくお願いします」


 やや緊張気味なシモーヌの挨拶が終わるとジゼルがおどけた感じで言う。


「ふふふ、後は質疑応答だな」


「質疑応答?」


 シモーヌは不思議そうに首を傾げた。

 彼女は鳶色で切れ長の美しい瞳を持っている。

 こざっぱりしたショートカットでさらさらの茶髪は男顔のシモーヌを更に凛々しく見せていた。

 

 真っ先に質問の名乗りをあげたのは話を振ったジゼルである。


「では私から行こう?」


「身長は?」


「170cmだ」


 ジゼルの問いにシモーヌは澱みなく答えた。

 これなら無難な質問だ。


「身長はほぼ私と同じだな……で、体重は?」


「…………」


 親友で同性とは言え、女性の体重をこの場面で聞くのはNGであろう。

 だがジゼルには考えがあるようだ。

 案の定、シモーヌは答えずに黙っている。

 そこでジゼルは再度、おどけた調子で言う。


「ふうむ……私よりは少し重い筈だが……って、あ、いたたたた!」


 すっくと立ち上がって素早くジゼルの所まで行き、手の甲をつねったシモーヌ。

 そんなに痛くは無い筈だがジゼルは大袈裟に痛がって見せた。


「……ジゼル、お前面白がってわざと聞いているな? ノーコメントだ」


 ここで妻達は2人のやりとりを見てどっと笑う。

 ジゼルは場を和ませる為にわざとシモーヌの体重を聞いたのだ。

 シモーヌもジゼルの意図が分かったのか、本気で怒ってはおらず笑顔である。

 ここで「はい」と手を挙げたのはオレリーであった。


「じゃあ次は私です。シモーヌ先輩、趣味は何ですか?」


「魔法と武道です!」


「まんまじゃないですか! ええっと、このような時は魔法武道部から離れた趣味でお願いします」


「…………」


 オレリーの追求にもシモーヌは黙ってしまう。

 本当に自分を鍛える事に徹しているのに違いない。

 次の手を挙げたのはナディアである。


「はい! じゃあ、今度はボクが質問だ。えっと、将来の夢は何ですか?」


「誉れ高き王国の騎士になる事です」


「ふふふ、後、もうひとつあるだろう?」


 ここで突っ込みを入れたのはジゼルである。

 彼女はシモーヌの本来の悩みの相談へ何とか話を持って行きたいのだ。


「ううう……ノーコメントだ」


 またもやのコメント拒否!

 しかし、ジゼルの追求は止まなかった。


「体重は許してやるが、さすがにこれはノーコメントなど無効だ」


「や、やめろ! ジゼル!」


「ははは、こいつはな、お嫁さんになりたいのだよ」


 とうとう明らかにされたシモーヌの悩み。

 しかしルウの指摘があったせいか、ソフトな表現になっている。

 だが却って遠回しに言った事で妻達や使用人達は過剰に反応した。


「「「「ええっ!? お嫁さん!?」」」」


 大広間の全員が叫ぶ中で、いち早く手を挙げたのはジョゼフィーヌである。


「それを聞いたからには今度は私が質問致しますわ。お嫁さんって、誰のですの?」


「ノ、ノ、ノ……ノーコメントだ」


 ジョゼフィーヌの直球にやはり口篭るシモーヌ。


「じゃあ、誰かという具体的な事は置いといて……どのような方ですの?」


「ううう……悪いが、それもノーコメントだ」


 何とかそこまで言うと俯いてしまったシモーヌ。

 だが彼女も反撃する。

 少しのやりとりがあった後、今度はシモーヌが妻達にお願いしたのだ。


「皆さんはもうルウ先生のお嫁さんです。なので、いろいろと教えて頂きたい」


「良いわ!」「構わない!」「OK!」「どんどん聞いて下さい!」


 妻達は皆、大きな声で了解の返事をした。

 コホンと咳払いし、シモーヌは妻達を見渡す。

 話が本題に近付いて彼女は少し緊張しているようだ。

 ルウはテーブルについたまま目を閉じて話を聞いている。


 そのような中、シモーヌの質問が為された。


「ええと、結婚するにあたって1番大事な事は何でしょう?」


 結婚する時に1番大事なもの……

 これは色々な意見があるし、それに対して賛否両論も起きるだろう。

 一瞬、大広間に静けさが漂った。

 誰もが即答する事を躊躇ったのである。

 ふざけているように見えてもシモーヌの為に妻達皆が真面目に考えて発言している事の証明でもあった。


「はい!」


 シモーヌに答える為に挙手をして発言を求めたのはフランである。


「お願いします!」


 シモーヌは真剣な表情で頭を下げた。

 挙手をしたフランは「あくまで私見だけど」と前置きをしてから言う。


「お互いの価値観をいかに理解出来るか……かしら」


「価値観……理解……」


 フランの言葉を何とか理解しようと考えているのであろう。

 シモーヌはゆっくりと繰り返した。

 そんなシモーヌを見ながらフランは話を続ける。


「お互いに考え方も違う他人同士が一緒に暮らして行くのよ。価値観が近くて受け入れられればそれに越した事はないけど、全てにおいてそのようには行かないわ。もし価値観が違う場合には相手の事を理解し、尊重できるか……もしくは自分が受け入れる余地があるか、無いかだと思う」


 自分に置き換えて考えているのだろうか……

 シモーヌは食い入るようにフランを見詰めていた。

 ここまでシモーヌ同様に真剣な表情だったフランが屈託の無い笑顔を見せる。


「……でも例外もあるわ」


「例外……ですか?」


 例外がある……

 それはどのような事だろう?

 シモーヌはそのような気持を前面に出すようにフランの方へ身を乗り出した


「ふふふ、そう! それはね、価値観なんか一切抜きにして、相手の事が大好きになって全てを信じ、受け入れてしまう時ね」


「価値観なんか一切抜きに……相手の事が大好きになって全てを信じ、受け入れてしまう時……」


 シモーヌはフランの言葉を繰り返して、じっくりと考えているようだ。

 確かに大好きになれば、相手の好みが自分の好みになってしまう事もあるかもしれない。

 価値観も共有出来るだろうし、ようは「相手から染められる」という事であろう。

 フランは考え込むシモーヌにまずは一歩を踏み出す事を勧めた。


「どちらにしてもまずは相手を知る為に話してみる事ね」


「相手を知る……」


「そうよ、ねぇ旦那様、そうでしょう」


 未だ躊躇するシモーヌの背中を押そうとフランはルウに助けを求める。

 話を聞いていたルウは目を開けてシモーヌを見た。

 相変わらず穏やかな表情だ。


「ああ、フランの言う通りに相手を知る為にまず話してみるのは必要な事だ。例えば相手が好きな事を話題にするのも話し易くする為の一手だと思うぞ」


「相手の好きな事……」


 またもや言葉を繰り返したシモーヌにルウは唐突な質問をする。


「そうだ、シモーヌ……お前は甘い菓子が好きか?」


「え? 大好きですけど……」


 戸惑うシモーヌにルウは悪戯っぽく笑って話を続けた。


「だったら丁度良い。例えば、例えばの話だぞ。俺の知り合いに『ある騎士』が居るとする。彼は甘い菓子には目がなくてな。菓子について語り出すと止まらないと言って良いくらいだ」


 シモーヌは大きく目を見開いた。

 彼女の中であるイメージが出来てきたようだ。


「シモーヌがもしその騎士と話す機会があれば、俺から聞いたと言って構わない。菓子について教えてくれと頼んでみると良い」


 ルウは素知らぬ振りをしてシモーヌに「ある騎士」と話す事を勧めたのである。

 ジゼルは当然の事ながら、妻達もその騎士が誰だか分かるのでにこにこして聞いている。


「甘い……菓子……ですか。ルウ先生、皆さん、ありがとうございます! 私、頑張ってみます!」


 シモーヌは晴れやかな表情でルウと妻達に深く頭を下げたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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