第444話 「成長と夢」
ブランデル邸4階大浴場脱衣場……
「良い風呂だったな、シモーヌ!」
「あ、ああ……皆で好きな事を言い合って、最後に背中を流し合うなんて! こんな事は初めてだ! 魔法武道部でも経験した事が無い! 本当に楽しかった!」
話しているのは湯上りの身体を拭いている、ジゼルとシモーヌだ。
シモーヌが入浴する際に、なんやかんやあった『風呂』であったが、結局モーラルの身体を張った『教育的指導』で入浴する事となった。
すると皆でわいわい言いながら、1日の疲れを取る楽しい雰囲気を体験して、シモーヌはブランデル家の『風呂』がすっかり気に入ってしまったのだ。
しかしシモーヌの表情が少し暗くなる。
彼女の口から出たのは詫びの言葉だ。
「……済まなかった……」
「何がだ?」
シモーヌの詫びを首を傾げて聞くジゼル。
ただ微笑むところを見るときっとシモーヌが詫びる意味が分かっているのに違いない。
思わず俯くシモーヌはまるで魂の底から絞り出すような声で告白した。
「2つある。ひとつは入浴するのにあのような詰まらない理由で躊躇した事、もうひとつは私が原因でルウ先生が一緒に入れなかった事だ」
「ふふふ、最初の事は分かれば良いさ。私も最初のうちは他の妻が気になって結構なコンプレックスがあったから。モーラルもそれを理解しているからお前の為に身体を張ったのだ」
幼い頃から一緒で性格も良く似たシモーヌはかつての自分を見るようだとジゼルは感じている。
「もうひとつの方は一般的な女性なら仕方が無い。夫でもない男性と一緒に風呂に入るのは抵抗があるのが当り前だからな――以上、現時点で問題は全く無い。つまり、シモーヌ……お前が改めて謝る必要は無いのだが、このように思いやりを持って相手を立てるのは、お前の良い所なのだ」
「そ、そうか! 私の良い所……なのか?」
良い所と、褒めて貰って俯いていたシモーヌの顔が少し上がった。
それを見たジゼルは更に励ました。
「ああ、自信を持て! 評価とはこのように自分では無く最終的には他人が行うものだ。他人……いや私はお前とは親しい友人なのだが……つまりだな、お前自身ではないこの他人の私がそう言っているのだから、これは客観的な物の見方という事だよ」
ジゼルの物言いに今度はシモーヌが僅かに笑った。
「ふふふ……ジゼル、それはもしかしてお前の旦那様の受け売りか?」
「ははは、ばれていたか? 見抜くとはさすがシモーヌだな」
「わからいでか! お前とは幼い頃からの長いつきあいだからな!」
「ははは、これは参ったぞ! お前の指摘通りだ。毎日、旦那様から私達妻は色々な事を学ばせて貰っている。たまにはその逆もある! 本当に良い関係なんだ」
嬉しそうに胸を張るジゼルを羨ましそうに見詰めるシモーヌ。
どうやらシモーヌも伴侶を得る事に夢を持ったようである。
ジゼルはそんなシモーヌを力付けるようにぽんと肩を叩いた。
「まあ、いずれお前にも恋人か伴侶が出来るだろう。そうなったら、このようにお風呂に入ってお互いに背中を流し合ってみろ! ヴァレンタイン王国の貴族は普通そのような事はしないが、これは必要だ!」
シモーヌが頷くのを見てジゼルは話を続ける。
「お互いに労りつつ、その日にあった出来事や喜び、悩みを本音で言いつつ、身体を洗い合うのは人生において大事なひとときであり、伴侶の絆を創るには最適だと分かったからさ……今のお前になら分かるだろう?」
「そうだな! それでお前達は夫であるルウ先生と入浴するのだな?」
「ああ、旦那様とは愚痴など何でも言い合えるし、お互いに相談も直ぐに出来るのさ」
ジゼルが誇らしげに胸を張った瞬間であった。
既に着替えたフランが優しく2人の議論の中止を申し入れたのだ。
「ほら、湯冷めするから、その続きは食事をしながらね」
「「はい!」」
ジゼルとシモーヌは素直に返事をして、身体を拭くと新しい肌着を着け始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブランデル邸大広間……
「こうやって黙祷すれば……良いのだな」
滅多に外部の客が来ないブランデル家。
しかし今夜は夕食の席にシモーヌが加わっている。
これは先日ジェロームが訪問して以来と言って良い。
シモーヌは普段、慣れないブランデル家名物である食事前の黙祷を行っていた。
それが終わるといよいよ乾杯となるのだ。
今回も乾杯の音頭はやはりジェローム訪問の時と同様、ジゼルが取る事になった。
「今日はロドニアとの対抗戦の打合せや練習も無事に済んだ。そして友であるシモーヌを屋敷に初めて招く事が出来て幸せだ。 皆、ありがとう――乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
冷えたエールの入った陶器製のマグカップが軽くぶつかり合う乾いた音があちこちで鳴り響く。
※ヴァレンタイン王国は16歳から飲酒が許されています。
「今夜は良く来てくれた、シモーヌ」
乾杯が終わるとルウは傍らのシモーヌに声を掛けた。
今夜のシモーヌの席は客としてルウの隣に設定されていたのだ。
シモーヌはすっくと立ち上がると直立不動の姿勢で頭を下げた。
「ルウ先生! 今夜はお招き頂きありがとうございます!」
「おう! 魔法武道部の訓練の時は粛々とやるから、シモーヌとは普段は余りじっくりと話してはいないな」
ルウはそう返すとシモーヌに座るように命じる。
シモーヌは素直に座って笑顔を見せた。
「そうですね……皮肉にも初めてお会いした時が先生と1番喋っていましたね、ふふふ」
シモーヌはその時の事を回想して改めて謝罪しなければと考えたようだ。
「私は貴方の事を何も分からないまま、理由も無く反抗する子供でした。あの時、魔法武道部の行く末を深く考えて頂き、貴方に逆らって退部しようとした私を部には絶対に必要な人間だと引き止めてくださった事に今はとても感謝しています」
表情を引き締めて真剣に詫びるシモーヌに対してルウは穏やかに笑っている。
「ははっ、お前がそこまで分かっているならもう良いじゃあないか。それより大事なのは、これからの事だな」
「確かに大事なのは、これからの事……です」
シモーヌはそう言うと頬を赧めた。
「ジゼルはお前の悩みをウチの家族全員にオープンにしたいようだが、俺はジゼルにやり過ぎないように先程釘を刺しておいた。このような事は強制するものでもないからな。ただ、あいつは親友のお前の事を真剣に考えているから馬鹿な事はしない筈さ。さあ、とりあえずは試合に響かない程度でウチの食事を楽しんで欲しい」
ルウの言葉がシモーヌに沁みて行く。
シモーヌは魂が少しずつ強くなり、自分が堂々として行く事をしっかりと実感していたのであった。
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