第441話 「エール交換」
魔法女子学園屋内闘技場、土曜日午前11時……
「たああっ!」
「とおっ!」
ジゼルとシモーヌの鋭い声が屋内闘技場に交錯する。
全体の打合せが終わってから、並べられていた椅子が片付けられ、現在は魔法武道部の練習が行われているのだ。
今夜、家に来るように誘ったが、相変わらず元気の無いシモーヌ。
ジゼルはいつもの準備運動と称して彼女を強引に稽古に引き入れ、魔導拳の初歩の組み手を指導していたのである。
こんな時は身体を思い切り動かして頭をからっぽにした方が良い!
ジゼルの意図は単純明快であった。
もう魔導拳習得の修行の第二段階以上に進んでいるジゼルに対して、シモーヌは魔導拳の初歩の型を何とかこなせるようになったばかりだ。
その差は如何ともし難い。
「たっ!」
「う! 参った!」
ジゼルの鋭い手刀がシモーヌの喉元に突き出され、それがほんの少し手前で寸止めされている。
2人の目が合い、お互いの口元に笑みが浮かんだ。
シモーヌはいかにも残念という表情で言う。
「見事だ! 剣技は及ばずとも体術では負けないつもりだったが、まるで子供扱いだな」
親友に強いと称えられたジゼルであったが、お互いが未だ未完成同士だと強調する。
「まだまだこれからさ。お前もそうだろう? シモーヌ」
それを聞いたシモーヌも稽古に入る前よりはさっぱりとした表情になっている。
ホッとしたジゼル。
しかし彼女の感じた、シモーヌの『さっぱり』は大いなる間違いであった。
「ふふふ……ありがとう、ジゼル。少し気が晴れたよ。私の思いをきっぱりと諦めさせる為に稽古をつけてくれたのだな」
シモーヌの意外な言葉にジゼルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「は、はい!? 諦めるだと? 何を言っている?」
「違うのか? カルパンティエ家はバートクリード様の忠臣である円卓騎士の血を引く名門だ。カンテ家にとっては主筋にあたる。身分違いの私がお前の兄上に思いを寄せるなど、よく考えたらおこがましいからな」
何とシモーヌはこの稽古が自分の思いを断ち切るためだと勝手に判断してしまったのだ。
ただ彼女の言う通り、身分と言うのはこの世界では大きな壁となって立ちはだかる事が多い。
だが、ジゼルはあんなに思い悩んだ恋心を簡単に捨てようとするシモーヌを叱責した。
「ば、馬鹿! 馬鹿シモーヌ!」
「な!? 馬鹿だと! 私はさっきから3回もそう言われている! いくら主筋のお前でもそんなに侮辱されては我慢出来ない!」
さすがに何度も馬鹿と言われたシモーヌも切れた。
彼女は最初ルウと揉めた様に誇り高い所もある貴族の令嬢なのだ。
だがシモーヌが怒ってもジゼルは怯まなかった。
「ああ、馬鹿さ! 自分の魅力に全く気付かないシモーヌは大馬鹿だ!」
「ななな! 何! 計5回も言ったな!」
「ああ、何度でも言う! お前は本当に魅力的で良い女だ。がさつに見えて、実は繊細で優しい。私と同じタイプだから間違い無い!」
ジゼルの言葉はきついが、良く聞くと愛情に満ち溢れている。
だが褒め言葉とけなし言葉が混在する事にシモーヌは混乱気味だ。
「……ジゼル、お前私をけなしているのか、褒めているのか、どっちだ?」
不安そうに聞くシモーヌに対してジゼルはにこっと笑う。
「はっきり言って褒めている。お前なら私の姉になって貰えると思っている。その相談と応援をしたいから家に来て欲しいと言ったのだ」
「あああ、姉!?」
ジゼルが自分を身内に?
という事は……
シモーヌはやっとジゼルが本気で自分の事を考えてくれていると分かったのだ。
「嫌だと言ってもお前を家に連れて行くぞ! そしてゆっくりと話し合おう! 兄上にはお前のような女性が必要だ」
「……分かったよ……完全に背中を押されてしまったな。その代わりちゃんと相談に乗って欲しい」
ダメ押しをするジゼルに対してシモーヌも覚悟を決めたようだ。
ここでジゼルの悪のりが出た。
「ははっ、任せろ!」
「それって……お前の旦那様の口癖だろう」
「ふふふ、ばっちり決まっただろう!」
「いや……凄く微妙だ……」
ここまでくれば、いつものジゼルとシモーヌである。
「準備運動は終わった? 部長に副部長、全体訓練に入るわよ!」
遠くで見守っていた顧問のシンディ・ライアンがジゼルとシモーヌに声を掛けた。
2人の間に何かあったと見えて、注意などせずにそっと見守っていたようだ。
「「はい!」」
元気に返事をした2人は部員達の輪に軽やかな足取りで戻って行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園中庭、午後3時過ぎ……
本日の練習を終えた選抜両チームが学園のキャンパス内にある噴水前にそれぞれ整列している。
魔法武道部の方は出場者以外の部員達が選抜メンバーの後ろに控えていた。
これから両チームによるエールの交換が行われるのだ。
「では両チームキャプテンによるエールの交換をして貰います。まずヴァレンタイン王国、魔法女子学園魔法武道部部長ジゼル・カルパンティエ、お願いします」
声掛け役のシンディが開始を宣言し、まずジゼルにエール交換を行うように促した。
「はい!」
ジゼルは列から一歩進み出た。
そして燃えるような眼差しを相手チームに向けながら大きな声で言い放ったのである。
「この度は誉れ高いロドニアの騎士団と魔法使いという大人のチームに挑戦する良い機会を頂き、我が魔法武道部は一層全力を尽くす所存です。全員が学生と言う未熟な部分をチームワークで補い、胸を借りる積りで頑張ります。そしておこがましいとは思いながら、ロドニアチームにエールをお送りさせて頂きます。フレー!フレー! ロ・ド・ニ・ア!」
ジゼルの声に応えて部員達も大声でエールを送る。
「フレー!フレー! ロ・ド・ニ・ア! 頑張れ、頑張れ、ロ・ド・ニ・ア!」
その場に居る全員から大きな拍手が起こる。
ジゼルの言葉は端的且つ爽やかであったからだ。
今度はロドニアチームの番である。
「では次に、ロドニア王国騎士団副団長マリアナ・ドレジェル殿!」
「はいっ!」
ジゼルと同じ様にマリアナが列から一歩進み出た。
「魔法王国として名を馳せるヴァレンタイン王国の次世代を担う若者達と試合を出来る幸運に恵まれた事を感謝する。先程、ジゼル・カルパンティエ殿より胸を借りる積りだとの言葉があったが、はっきりいって我々常人にとって魔法は脅威だ。ロドニアにも魔法使いは居るがまだまだヴァレンタインの域にはほど遠い。こちらも同じ言葉をお返しさせて頂いた上で全力で戦う事を誓う。さて……エールだな」
マリアナは気合を入れて大きく息を吸い込む。
「素晴らしき友、ヴァレンタインよ! 健闘を祈る! フレー、フレー!」
「フレー、フレー! ヴァレンタイン!」
マリアナの声に応えて今度はロドニアチームが吼えた。
またも大きな拍手が鳴り響く中、ルウは満足そうに頷いていたのであった。
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