第44話 「狩場」
「これはこれはフランシスカ様、アデライド様から話は伺っております。さあどうぞ!」
ルウとフランを迎えた『狩場の森』の管理人は、イベールという老齢の男である。
一見、平凡な老人に見えるイベールだが、このヴァレンタイン王国の魔法省ではかつて1,2を争う魔法使いであった。
定年を迎えてもその実力により、魔法省からは当然慰留する声が強かった。
だが、イベールは家族が居ない天涯孤独の身の上もあり、悠々自適で気儘なこの『狩場の森』の管理人を引き受けたのである。
ちなみにイベールは魔法省に勤務している時、ひょんな事でアデライドと知り合い、魔法オタクであるふたりは意気投合。
それ以来の魔法研究仲間でもあった。
当然、フランの事はとても可愛がっている。
「イベールさん、いきなりのお願いで悪いわ」
申し訳無さそうに言うフランに対し、
「なんのなんの」と手を横に振りながら、イベールは笑う。
そしてフランは、ルウを紹介する。
「紹介するわ、イベールさん。先日、魔法女子学園の教師に就任したルウです。同時に、私の従者にもなったのよ」
紹介されたルウは、穏やかな表情で黙って頭を下げた。
「ほうほう、こやつがお嬢様の新しい従者でございますか?」
イベールは、訝しな表情でルウを眺める。
まるで睨みつけるようで無遠慮な、はっきり言って失礼な視線であった。
10秒程経っただろうか、ルウの顔を凝視していたイベールは、驚く事を言ったのである。
「こやつ……とんでもない男じゃ。お嬢様、儂に預けませんかの?」
「えええっ!」
イベールが言うとんでもないとは、決して悪い意味ではない。
むしろ逆である。
それにフランにはとても意外であった。
この偏屈で無骨な老人は、今までに全く弟子を取ろうとはしなかったから。
そ、それがいきなりルウに!?
「常識外れの魔力量じゃ。儂にはそやつがとんでもない魔法使いになる事が分かります。この年寄りが習得した魔法の全てを教えても良いと思う」
何と!
イベールから、『最大の褒め言葉』が出てしまった。
片や、ルウはというと、やはり嬉しそうだ。
フランが聞けば、師シュルヴェステルにもそこまで褒められた事がないらしい。
そのイベールはと見ると、目が真剣だ。
『嫌な予感』がしたフランは、慌てて断ったのである。
こうして……
フランにきっぱりと断られたイベールは、流石にがっかりとした様子であり、とても打ちひしがれていた。
ルウはイベールに近付くと、「ぽん」と肩を叩き、慰めたのである。
「がっかりするなよ、爺ちゃん。俺フランと一緒にまた来るよ」
「ななな、何!? お前は従者じゃろ? そ、その口の利き方は?」
「イベールさん、良いの、それで構わないのよ」
フランは慌てるイベールに伝えるとにっこりと笑った。
「うむ、成る程。そういう事なのですな?」
一瞬、吃驚したイベールも魔法使い特有の勘の鋭さを持っている。
すかさず、ルウとフランの『間柄』を察知したようだ。
しかもイベールは、ルウを弟子にする事を諦めてはいない様子である。
「機会があれば是非来い」と、ルウへ密かに呟いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『狩場の森』の歴史はまだ新しい。
王国騎士士官学校と魔法男子、女子両学園が共同所有で買い取ってから、まだ約10年である。
狩りのルールは、到ってシンプルだ。
訓練参加者はこの『狩場の森』の管理者、現在でいえばイベールより魔力の腕輪を渡され、それを身に付ける。
訓練結果はポイントによって表される。
魔物の強さにより、獲得ポイントが決まっており、倒すとポイントが腕輪に記録されるのだ。
不正が無いように、この腕輪は管理者以外には外せないようになっている。
また索敵魔法の応用でこの腕輪装着により、参加者の位置確認も容易に出来る。
フランが魔法女子学園に在籍していた頃にはもう完全に整備されており、彼女自身も実戦の場として経験を積む為、良く通ったものだ。
この森で散々ゴブリンやオーク、オーガなどを倒したフランであったが……
先日、襲われた時は、もう少しで命を落としかけた。
異形が強いのは勿論だが、この森の魔物が、所詮訓練用に調整された事を彼女は思い知らされたのである。
「では気をつけてな。お嬢様の力と、『そいつ』が居れば、儂は安心だと思いますがね」
イベールによると、各学園が春季休暇中ということもあり、他に利用者は居ない。
正門を開けたイベールは、部下10名余りと共にルウとフランを見送った。
この部下達は、上席のイベールと共に、持ち回りでこの森と魔物の管理を行なう魔法使い、そして騎士や神官達である。
絶対障壁と名付けられた強力な魔法障壁が森の外に出ようとする魔物を物理的な壁と共に阻んでいる。
イベール達管理者の仕事は、万が一の時の緊急対応。
そして騎士や冒険者などに生け捕りにされた魔物が補充される際の作業立会いに従事する事などだ。
実は……
魔法使いや騎士も、持ち回りで仕事をすれば、生徒と同様に実戦の場を経験させる事が可能。
という、ヴァレンタイン王国の方針でもあった。
ルウとフランはイベール達に手を振って応える。
「イベールさん、行って来ます」
「ありがとうな、爺ちゃん」
ふたりが中へ入り、暫く進むと……
背後では、正門が閉められた。
少し歩いた場所で、突如、フランはルウの顔を覗き込む。
「お願いがあるの。私もこの森でルウのように修行したい」
フランがこのようにせがんだのには理由があった。
自分は、ルウとは素質も魔法使いとしてのタイプも違う。
この森も、所詮訓練場に過ぎない。
だがフランは、もっともっとルウの事を知りたかった。
そして、一緒に戦い、修行するのがとても良い機会だとも考えたのである。
修行の師匠は当然ルウだ。
ルウが快諾すると、フランは心の底から嬉しそうに笑った。
そんなこんなで、ふたりは森の中を進んで行く。
フランによると、正門から暫くは魔法障壁が働いており、敵が襲う事は出来ないそうだ。
「ちょっと、聞いて良いか? フランは一体、どんな修行をしたいんだ?」
「ええ、ずっと考えていたわ。魔法は基本からやり直そうと思う。後は体の捌き方と精神面の修養ね」
「結局、全部か?」
「ええ……駄目?」
「いや、問題無い。任せろ」
全て修行をやり直すというフランに対し、ルウは嫌な顔ひとつしない。
まずは……
呼吸法と集中力に立ち返り、感覚を磨く事が大事……
そう、ルウは言う。
と、その時。
前方にゴブリンの群れが現れ、ルウ達を見ると大きな叫び声で威嚇する。
「丁度良い、早速やってみよう。フランは基礎はしっかりしているし、詠唱も正確だ」
フランは、先ほど行なったばかりの呼吸法を試してみる。
とても心地良い、軽快なリズムが生まれてくる。
「良いぞ! 攻撃は1番基本の炎弾で行こう。炎弾もじっくりと魔力を高めながら溜め、正確に撃ってみてくれ」
フランは、イメージする。
燃え盛る炎の弾を!
鮮やかに敵を貫く、その威力を!
フランの口から、素早く魔法式の呪文が詠唱され、掌に魔力波が立ち昇る。
ルウには、魔力波がはっきり見えた。
「はっ!」
フランの裂帛の気合と共に、放たれた鮮やかな橙色の炎弾。
炎弾は見事、ゴブリン一体へ、正確に命中したのである。
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