第437話 「ようこそ!」
ルウ・ブランデル邸、土曜日午前6時……
「アリス、只今、戻りました!」「ソフィア、只今、戻りました!」
アリスとソフィアが大きな声をあげて大広間に入って来た。
2人で食料品の買出しに出かけていた中央市場から今、戻ったのだ。
「お帰りなさい!」
出迎えたモーラルは優しく微笑んでいた。
彼女は直ぐソフィアの変化に気が付いたのだ。
不安そうな様子はほぼ無くなり、物腰は落ち着いている。
「アリス、良くソフィアの面倒を見てくれました……お疲れ様」
モーラルはアリスを労うと、ソフィアの方に向き直る。
「ソフィアも……頑張りましたね」
「は、はい! 今日、モーラル様がアリス様と一緒に私に仕事をさせた意味が分かりました。私は様々な人たちに癒され、励まされました。私はもう天涯孤独ではない! 愛する人にもしっかりと見守って貰っている」
モーラルの労いを聞いてソフィアは今日、厩舎の仕事と市場に買い物に行かされた意味を改めて理解したようである。
「うふふ……この屋敷に居る者達は皆、旦那様と交わって困難や逆境を乗り越えて来た者ばかり……全員が同じ境遇を持つ家族……ここは貴女の居場所なんですよ」
「はい! ありがとうございます!」
ソフィアは家族としての第一歩を踏み出したのだ。
モーラルは真剣な顔で厨房の入り口を指差す。
「さあ、2人とも! お屋敷の朝は戦争です、仕事に戻りますよ! 買出しして来た食料品のうち、焼きたてのパンだけはテーブルへ、それ以外は魔導冷蔵庫へ仕舞って頂戴」
「「はい!」」
3人は頷き合うと厨房に入って行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間前――ルウ・ブランデル邸中庭、午前5時。
時間は少し前に遡る。
毎朝、ルウがモーラルと行っていた訓練も途中からフランとジゼルが加わり、参加する妻もだんだんと増えて行った。
特に平日は出勤、通学との兼ね合いもあり、最近は屋敷に居る妻達全員で行うようになっていたのである。
朝の30分から1時間という限られた時間の中で、ルウは妻達に訓練と言う形に囚われず、自由に振舞う事を勧めた。
ルウ自身、簡単な準備運動をして身体をほぐした後、大気に満ちる魔力を取り込んだり、精霊や妖精と交歓していている事が多かったのだ。
「訓練に入る前に皆に話がある……念話で伝えるから皆、リラックスしてくれ」
ルウはいつものように穏やかな表情で念話を発信する。
前振りが一切無くても妻達はそれが昨夜の闇のオークションの件だと分かっていた。
誰もがルウの安否を気遣っていたからである。
念話はまるで自分が体験しているようにリアルであった。
ルウの魂から伝わる異界の様子、禍々しい瘴気に包まれた世界を見た妻達は驚き、自分達を同行させなかった理由をしっかりと実感したのである。
ちなみに妻達には全ての出来事を見せてはいないが、最後は自動人形のソフィアを落札する所から、起動したソフィアが挨拶する所で終わらせていた。
やがてルウの念話が終わり、妻達はまるで夢から醒めたように我に返る。
「というわけだ。ソフィアは失われた古代魔法帝国の自動人形だが、中身は普通の女の子だから、人間と同じ様に優しく扱って欲しい。ちなみにアリスと同じくこの屋敷に使用人として勤める事になったからな」
ルウの言葉に頷く妻達であったが、中でも特に食いつきのよかったのがナディアである。
何せ彼女は古代史の学者志望なのである。
「だ、旦那様! ボク、彼女と話したいよ! 古のガルドルド魔法帝国か……ロマンを感じるなぁ……」
ナディアの夢を良く知る妻達は皆、納得した表情で頷いた。
最近は全員で将来の事も話しているらしい。
しかしルウは複雑な表情でナディアに注意した。
「ナディア……良いか、皆も聞いてくれ。ガルドルド魔法帝国の存亡は謎に包まれているが、俺は結末だけは知っている。ガルドルド魔法帝国は神によって滅ぼされた国なのだ」
「え!? そそそ、そうなの!? だ、旦那様!?」
「ええっ!」「本当なのですか?」
ナディアや妻達が吃驚するのも無理はない。
ガルドルド魔法帝国が滅亡した原因はどのような古文書も伝えておらず、ずっと謎とされて来たのである。
驚きの表情をするナディア……ルウはそんな彼女を優しく諭す。
「事実さ……ただ理由や内容は俺から語るべきものではない。そしてあのソフィアがもし辛い思い出を持っているとしたら、彼女と話すのは構わないが、聞き方に注意しないと……自分に置き換えたら……分かるな?」
「……そ、そうだね……分かるよ! 旦那様、御免ね! ボク……ソフィアとは仲良くするからね」
「「「「私も!」」」」
ナディアの返事を聞いた妻達も同調した。
ルウは満足そうに頷く。
「まあ、出自の事以外は普通に接してやるといい。アリス同様、ソフィアに居場所を与えてやるんだ……俺達が家族になって、この屋敷を彼女の帰れる安息の場所にな」
「「「「「はい!」」」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ・ブランデル邸大広間、土曜日午前6時30分……
ソフィアはもう何度同じ事を言うのであろう。
しかしどの世界でも新参者は最初の挨拶が肝心である。
ルウは朝食の前にソフィアを改めて紹介した。
「彼女がソフィアだ。使用人として今日から働いて貰う。未だ慣れていないから色々と大目に見てやってくれ」
「皆様、私はソフィアです。今日から使用人としてこの屋敷で働かせて頂きますので今後とも宜しくお願い致します」
ルウの紹介に続き、ソフィアが自己紹介すると同時に拍手が鳴り響く。
そして妻達から様々な声が掛かった。
「ソフィア! 宜しくね!」「ソフィア、一緒に料理を習おうね!」
「得意な家事……教えてね!」「今度、街へ遊びに行こう!」
「私……良いのですか? これから皆様と暮らしても……良いのですか?」
妻達の励ましとも言える声掛けに、感極まって声が震えるソフィア。
「当り前さ! ようこそ……ソフィア」
ルウが優しく歓迎の言葉を掛ける……
その言葉を聞いたソフィアは感情の溢れ出る事に、もう我慢が出来なかった。
「あ、あああ、ありがとうございます! 私は未熟者ですが、皆さんのお役に立ちたいのです! 頑張りますから、この屋敷に置いて下さい」
魔法工学の粋を極めたガルドルド製とはいえ、絶対に涙の出る筈の無い自動人形……
それはまさに奇跡といえる光景である。
ルウ達は彼女の目に光る涙を間違いなく、はっきりと見たのであった。
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