第433話 「アリスの危惧」
ルウ・ブランデル邸ルウ書斎、土曜日午前4時……
「「ルウ様、ありがとうございました!」」
男と女、2人の感謝の声が重なっていた。
跪き、深く頭を下げるアスモデウス。
その傍らでは同じ様にソフィアが跪いている。
2人に対して慈しむような視線を投げ掛けながらルウは言う。
「2人とも、これから宜しくな。アスモデウスにはこれから新たに頼みたい仕事がある。ソフィアにはこの屋敷で使用人として働いて貰う。もし2人で会いたくなったら俺に言えば余程の事がない限り直ぐ会えるぞ」
「「はい!」」
ルウの言葉に対してまたもやアスモデウスとソフィアの返事が重なった。
見事と言うくらい息の合った2人である。
ルウはまずモーラルとアルフレッドに対してソフィアの世話を命じた。
「モーラル、そしてレッド。そろそろアリスが起きる頃だ。連れて行って紹介してやって欲しい。そのままソフィアも一緒に仕事に入って貰うと良いだろう。アモンは残ってアスモデウスのこれからの仕事を説明するように」
「はい! 旦那様。では、ソフィアさん、行きましょう」
「ルウ様、ありがとうございます! 誠心誠意、頑張って務めさせて頂きます。それから、モーラル奥様、アルフレッド様。私の事はソフィアと呼び捨てでお願いします」
「……分かったわ。ソフィア、行くわよ」
「ルウ様、これからも屋敷の事は私めにお任せを」
「ではルウ様、失礼致します」
モーラル、アルフレッド、ソフィアが一礼して書斎を出て行くと部屋にはルウとアスモデウス、そしてアモンが残った。
バルバトスは本日の開店準備で、メフィストフェレスはザハール・ヴァロフをサポートする為にロドニアに帰還して既に居ない。
「アモン……始めてくれ」
「は! ルウ様」
低くても良く通る渋い声で返事をしたアモンはアスモデウスに向き直ると『仕事』の説明を始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
トントントン!
モーラルが1階の使用人部屋のドアをノックした。
アルフレッドとソフィアも一緒である。
だが、部屋の中からは返事が無い。
もう1回ノックをするが、やはり返事は無かったので、モーラルはノブを回して鍵の掛かっていないドアを開けた。
ここはルウの使用人の1人である妖精アリスの部屋である。
ブランデル邸の使用人は毎日午前4時には起床して市場への買出しや食事を含めた朝の準備に取り掛かるのだ。
3人が見るとアリスは未だベッドの中でぐっすりと眠っている。
その寝顔は子供のようにあどけない。
「ふふふ、アリス。……朝よ、起きなさい」
モーラルに優しく揺らされたアリスだが、未だ夢の中のようである。
その小さな口がゆっくりと動く。
どうやら寝言のようだ。
「ご主人様、私も貴方が大好きです。その申し出、お受けしますぅ」
「うふふ、アリスったら……でも改めて見るとアリスとソフィアは顔立ちと全体の雰囲気が良く似ているわね」
「全く……」
モーラルの言葉に同意するアルフレッド。
ソフィアはずっと微笑したままである。
「……確かに私に似ていますわね。私の顔立ちは人間の時のものをモデルにして造作したらしいのですが……」
そうこうしているうちにアリスの目が覚めかけている。
しかし今の状況があまり分かっていないようだ。
「ご主人様、お願い、私をきつく抱き締めて…………う~ん、あ、あれ、もう朝ですか? モーラル様、アルフレッド様と、あともう1人……?」
「アリス、起きなさい。貴女に紹介したい人がいるのよ」
「紹介したい……人?」
「とりあえずしっかりと起きてね」
「りょ、了解!」
ここまで来てやっとアリスの目は完全に覚めたようだ。
ベッドの上に座り直した彼女は目の前にメイド服姿の見慣れない顔があるのを知って目を大きく見開いた。
「その方は!? だ、誰?」
「新しい使用人として今日から働くソフィアよ」
「…………」
モーラルの紹介にアリスは思わず黙り込む。
ソフィアは微笑んだまま深く一礼する。
「アリス様ですね、私はソフィアです。今日から使用人としてこの屋敷で働かせて頂きますので今後とも宜しくお願い致します」
「…………」
ソフィアの丁寧な挨拶にもアリスは相変わらず俯いて黙り込んだままである。
暫し時が経っても状況は変わらなかった。
「アリス、黙っていないで貴女もしっかりと挨拶しなさい! 失礼でしょう?」
モーラルが叱責してもアリスは無言であったが、その身体が小刻みに震えている。
「うわあああああああああん!」
いきなりアリスが大声で泣き出した。
「え?」
「アリス!?」
「アリス様?」
思わず吃驚する3人であったが、モーラルが泣きじゃくるアリスを宥める。
「泣かないで……どうしたの?」
「だって……だって……」
5分後――アリスの顔には笑顔が戻っていた。
「じゃあ私は引き続きお屋敷に居ても良いのですよね」
「当り前でしょう。何故そのように考えたの?」
「だってソフィアが来たら、てっきり私はお払い箱で池に帰れという話だと思って!」
「そんな訳がないでしょう!」
アリスは水の妖精だが、ルウの事が大好きでこの屋敷や王都での生活も気に入っているのだ。
彼女にしてみればやっと掴んだ幸せが無くなるのではという心配からつい混乱したのであろう。
安堵の表情を浮かべながら改めてソフィアに挨拶するアリス。
貴女はもうなくてはならない私達家族の一員よ!
モーラルは魂の中でそう言いながら、優しい表情でアリスを見詰めていたのであった。
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