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第430話 「闇のオークション⑪」

 ベルタの口元が皮肉っぽく歪む。

 それは彼女の次の商品に対する生理的な感情かもしれなかった。

 腕組みをしてベルタを見詰めるルウの傍らにはアモンとアスモデウスが控えているが、モーラルとメフィストフェレスの姿は無い。


「さあ、オークションも残り2品です! 本日のエントリー商品一覧を見て、これをずっとお待ちになっていた方も大勢いらっしゃるでしょう! 皆様、待望の商品はエントリーナンバー14番、美少女自動人形オートマタ、それもいにしえのガルドルド魔法帝国製メイド仕様です!」


 おおおおおおおおおおお!


 商品が読み上げられた瞬間、会場の一角から大きな声があがり、踏み鳴らした足により会場が地鳴りのように大きく揺れた。

 それは今迄とは全く違う客達から出たものである。

 魔法使いでも戦士でもなく、ましてや商人でもない、いわゆる個人蒐集家という雰囲気の者達だ。

  

「数千年前に突如滅びたガルドルド魔法帝国……その人智を超越した魔法工学の粋を集めて製造された正真正銘の本物オリジナル自動人形オートマタです」


 ベルタが商品紹介をするのをアスモデウスは黙って聞いている。

 実はこの自動人形オートマタがアスモデウスの出品商品であった。

 気が遠くなるような遥かな昔、彼が人化してガルドルド魔法帝国の王都で悠々と暮らしていた頃、ひょんな事から手に入れたのである。

 通常の自動人形オートマタと比べて、ガルドルド魔法帝国の自動人形オートマタの何が優れているかというと、人間の魂――つまり『感情』を持っているという事だ。


 それは生半可な技術ではない。

 全く人工的に人間の感情を造りだす――現在に至るまでそのような技術は確立されていないのだ。


 当時のガルドルドの魔法工学師も永年研究したが、結局人工的に『感情』を創り出す事は出来なかった。

 行き詰った彼等魔法工学師は悩む。

 悩みに悩み抜いた結果、禁断の領域に踏み込んでしまった。


 禁断の領域……それは死霊術に繋がる技術だ。

 死霊術は人間の魂を弄ぶ邪法であるが、中でも朽ちた肉体に意識を運ぶ秘法に魔法水晶を使用した魂の転化がある。

 ガルドルドの魔法工学師達は誤った探究心という魔物に取り憑かれてしまったのだ。

 

 元々、ガルドルド魔法帝国は全ての生命の源である創世神を信奉していた。

 その為、死霊術は禁忌とされ、国をあげての厳しい取締りの中で一切行われていなかった。


 それがどこでどう間違ってしまったのか……

 いつの間にか、秘密裏に死霊術が研究され、それが自動人形オートマタに転用されて行った。

 つまり片や今迄通り、創世神を奉り、もう一方では禁断の行為を行ったのである。


 そのように矛盾して穢れた行為に対して、万物の全てを見通す創世神が許す筈もなかった。

 ある日、創世神はガルドルド魔法帝国に『天罰』を加える。

 いくら魔法を極めていたとはいえ、全ての自然、いや宇宙を支配する創世神の前には人間の魔法工学など全くの無力であった。


 彼等が不幸だったのは天罰が創世神からのものと認識していなかった事である。

 ガルドルドの民は一体、何故自分達が滅ぼされるか分からないまま、創世神に祈りながらたおれて行った。

 大いなる神の『加護』は既にガルドルド魔法帝国には無かったのだ。

 こうして現在のどの国よりも繁栄していたガルドルド魔法帝国は僅かな痕跡を残して滅び去ってしまったのである。


 アスモデウスは帝都が崩壊し、ガルドルド魔法帝国が滅んで行く様を最初から最後まで見届けた。

 結局、全てのガルドルド人は死に絶えて、残ったのはこの自動人形オートマタ、ただひとつ。

 すなわち彼にとってこの自動人形オートマタはガルドルド魔法帝国の形見であり、最後の1人だったのである。


 その間もベルタの商品説明は続いて行く。


「骨格は通常のものより更に軽くて丈夫な強化ミスリル製、表皮は丈夫で怪我をしても再生可能な合成魔導皮膚で覆われています。動力は大気中から魔力マナを取り込んで稼動しますので面倒な魔力補填が要りません」


 目を閉じているアスモデウスにルウは問う。


「ガルドルドの自動人形オートマタ……名は確かソフィアだったか? お前にとってとても大事な物、いや相棒だった筈だ」


 ルウの問いに唇を噛み締めていたアスモデウスは、口を開くとしみじみと答えた。


「ルウ様……これからルウ様に仕える俺はもう過去を捨てないといけません。……新参者は目立たないと貴方に使って貰えませんし、こんな事でもバルバトスに勝つのは立派なアピールになるのですよ。まあ、ソフィアは永年俺の愚痴聞き役ばかりでしたし、こんなやさぐれ悪魔なんかより良い主人が見つかる気がしましてね」


 ルウとアスモデウスが会話をしていると、いよいよベルタの商品説明の口上が終わりに差し掛かる。


「家事手伝い、愚痴聞き役、デート役、そして夜のうふふなお相手……用途は色々です。さあ、いかがですか? こちらの最低入札金額は金貨20,000枚からとさせていただきます。またアップに関しては、こちらも金貨1,000枚単位でお願いします。では入札開始!」


 おおおおおおおおお!


 ベルタの合図で入札が始まり、大きな喚声と共にあっという間に金額が跳ね上がって行く。


「金貨20,000枚!」


「金貨22,000枚!」


「金貨26,000枚!」


「ははは、見てくれ、ルウ様! あっという間にバルバトスの商品の最終価格を超えたな……勝負は俺の勝ちさ! ざまあみろ!」


 アスモデウスは胸を張るが、その表情は何故か寂しそうだ。


「金貨27,000枚!」


「金貨28,000枚!」


 金額は更に上昇して行ったが、その時であった。


「金貨50,000枚!」


 何とルウが大きな声で金額を言い放つとパドルを高く掲げたのである。


「え!? ル、ルウ様! な、何故!?」


 ルウの突然の入札にアスモデウスは驚き、アモンも閉じていた眼を開けて大きく見開いた。

 しかしルウは飄々とした様子である。


「確か、入札は出品者本人は出来ないのがこのオークションの規則ルールだ。ははっ、俺も古のガルドルド魔法帝国の話を聞いてみたくなったからな。それにお前の愚痴は今後、俺もソフィアと一緒に聞いてやるよ」


「…………」


 ルウはいきなり金貨50,000枚で入札した。

 通常は自分で出した商品を自分で落札しにかかるなど有り得ない。

 単純に考えて、運営側の30%の手数料を考えると既に金貨15,000枚の赤字となるからだ。

 

 ただ会場内は一気に静まり返った。

 ルウが大幅に入札金額を吊り上げたからである。

 暫し沈黙を続ける会場内にベルタの声が響く。


「さあ、入札は!? もう、ありませんか? 宜しいのですね?」


 ガイーン!


 いつもの通りに一瞬の間を置いて、ベルタがハンマーを打ち鳴らすと同時に叫ぶ。


「パドルナンバー888番、ルンデル様、金貨50,000枚にて落札!」


 ルウはアスモデウスに親指を立てて突き出し、にっこりと笑った。

 こうしてガルドルド魔法帝国製の自動人形オートマタ、ソフィアはまたアスモデウスの愚痴話を聞く事になったのである。


 最後に――ルウが気になっていた入札商品、魔法の船スキーズブラズニルレプリカであるが、ルウがガルドルド魔法帝国製の自動人形オートマタに金貨50,000枚をつけた反動からか、いきなり価格が跳ね上がった。


 ベルタが告げた最低入札金額は金貨100,000枚であったが、会場の各所から入札が入る。


「金貨150,000枚!」


「金貨200,000枚!」


「金貨300,000枚!」


「金貨500,000枚!」


 金貨500,000枚の声を聞いた時にルウは苦笑して首を左右に振った。

 魔法の船スキーズブラズニルレプリカは欲しい商品ではあるが、財産の全てを投げ打って追いかける程でもない。


 これで闇のオークションはひと通り終了した。

 満面の笑みを浮かべるアスモデウスの肩をこれまた笑顔のアモンが叩く。

 2人ともルウの優しさに触れ、改めてあるじを誇らしく思っているようだ。

 

 闇のオークションに参加して、結局目に見える商品を落札は出来なかったが、目に見えない絆を新たに得た事を皆が実感していたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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