第43話 「転移魔法」
ドゥメール伯爵邸内アデライドの書斎……
「それでね、すご~く気になるんだけど……」
アデライドは目を輝かせ、ルウに尋ねる。
「ルウは、どのような魔法で『狩場の森』まで行くの?」
目を輝かせ、身を乗り出して来るアデライドは、興味津々といった様子だ。
やっぱり、聞いて来た!
お母様らしい……
魔法オタクの好奇心全開ね。
フランは苦笑し、ルウに目配せし、彼も笑顔で頷いた。
「ああ、転移魔法で、さっと行って来るぞ」
「へ!?」
転移魔法?
アデライドは、一瞬きょとんとした。
ルウの言った事が、すぐには理解出来なかった様子である。
「ええっと! ルウは今、何て言ったのかしら?」
驚きのあまり、聞き直すアデライドはやけに真剣な表情だ。
「転移魔法さ」
ルウがアデライドに答えを返すと、同時にフランの緊迫した声が放たれた。
「ルウ、急いで! 沈黙の魔法を! 早くお母様にっ!」
すかさずルウから、神速&無詠唱で、沈黙の魔法が発動された。
『魔法封じ』とも呼ばれる沈黙の魔法は、普通、アデライドのような上級魔法使いには掛かりにくい。
しかしルウが使うとなると、全く別である。
驚きの余り、大声を出そうとしたアデライドは言葉が出ず、酸素不足の金魚のように、口をぱくぱくと動かすだけであった。
すまし顔のフランが、
「お母様、どう? もう、落ち着いた?」
と、聞けば……
いきなり『魔法が使用不可』という、とんでもない状況に置かれ、アデライドは呆然としていたのである。
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ルウが魔法を解除すると、アデライドは拗ねて口を尖らせる。
「全く……あなた達はいい加減にしなさい、私に沈黙の魔法を掛けるなんて」
だが、フランは笑顔で言う。
「でも、お母様は絶対凄い声で叫んでいたから、何事かと、速攻でジーモンが飛んで来たわ」
「むむ、まあ……吃驚して、ちょっとだけ、大声は出していたかも……」
「ちょっとだけ? 全然違うと思うわ」
「いいえ、ちょっとだけよ。きゃあって言うくらいかな?」
「きゃあ? 絶対に、違うでしょ?」
「うふふ」
「お母様の叫ぶ声を聞いたら、ジーモンが問答無用で、ドアを打ち壊していたかもしれないじゃない。私達に感謝して欲しいくらいよ」
きっぱり言い返すフランに、アデライドも仕方なく同意する。
「分かったわ……でも、フランも言うようになったわね」
「ええと……どこかの誰かさんに、とっても似てきたのよ」
「まあ! フランったら、お父様に似たのかしら?」
「ええっ!? そんな事を仰ったら、お父様がとても、お可哀想よ」
ルウは母娘の会話を、微笑ましく聞いていた。
自分には全く経験がない、温かな会話だったからだ。
「ねぇ、フラン、私も同行したいけど……」
呟くアデライドに対し、フランは首を横に振った。
「駄目! 私達が居ないのは何故? とジーモンから聞かれた時、説明役のお母様まで居なかったら、それこそ彼が半狂乱になるわ」
フランの言葉は、筋が通っていた。
アデライドは残念そうに項垂れる。
そんなアデライドへ、ルウは笑顔で告げる。
「ははっ、アデライドさん。今度、機会があればお連れしますよ」
「え? 本当?」
ルウが、約束してくれたので……
アデライドは「今泣いた烏がもう笑った」とばかりに機嫌を直したのである。
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「へぇ~、地の精霊の力を借りた転移魔法ねぇ」
ルウから、簡単な転移魔法の説明を受け、アデライドはやはり興味津々のようだ。
「私、やっぱり一緒に行ってみたいわ。ねぇ……駄目かしら」
すまし顔で頼むアデライドを見て、ルウとフランは苦笑した。
「もう! お母様、諦めが悪いわ」
フランに叱られ、小さく舌を出すアデライド。
まるで少女のような雰囲気である。
そういえばお母様ったら……
いまだにおじ様達に『ファン』が多いのよねぇ。
フランはふと、アデライドが『舞姫』と呼ばれていた事を思い出した。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
ルウが出発を宣言し、フランも彼に寄り添った。
「気をつけるのよ」
念を押すアデライドに対し、ルウとフランは手を振った。
「ヴィヴィ!」
ルウが呼びかけると、何も無い空間から、地の女精霊が姿を現した。
「くるり」と、空中で一回転して、床に降り立つ。
ヴィヴィと呼ばれた地の女精霊は、小柄な少女の姿をしていた。
召喚者のルウを見て、微笑み、親指を立てる。
初めて見る地の女精霊の姿に、アデライドとフランは驚きのあまり大きな溜息を吐く。
「す、凄いわね!」
「はぁ……」
息を整えたアデライドとフランが、改めて見やれば……
ヴィヴィは、複雑な刺繍が施された、茶色の革鎧をまとう、愛くるしい顔立ちであった。
「フラン、目を閉じてくれ。頼むぞ、ヴィヴィ!」
ルウは、フランに促した後、ヴィヴィへ短く命じた。
応えたヴィヴィは、軽やかな音で、「ぱちっ!」と指を鳴らす。
すると、ルウとフランの足元の感覚が急に消え失せる。
アデライドが叫ぶ間も無く、ルウとフランは、たちまち姿が見えなくなった。
ルウ達が消えた後、ひとり人残されたアデライドは……
「良いなあ」と名残惜しげに小さく、何度も呟いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フランは……一瞬、戸惑った。
自分の身体が、経験した事のない、不思議な感覚に包まれている事に。
しかし、ルウに抱きかかえられていると思うと、安心して身を任せる事が出来る。
『フラン、もう目を開けても大丈夫だ』
え、ええっ! ルウの、ルウの声が何か変だ。
私の心で、静かに響いている……
ここは!?
フランが目を開くと……
今、ルウとふたりで居るのは、まるで昼間のように明るい洞窟である。
周囲を見れば、どこからか差し込む光に反射して、壁面は美しく煌いている。
……良く見れば、洞窟の壁面から覗いている、色とりどりの宝石や露出した金銀であった。
そして、自分達の姿はといえば……
ぼんやりとした実体を持たない、影のような頼りなさで宙に浮いていたのだ。
目の前にはあの精霊の少女、ヴィヴィが居た。
ふたりを見て、にっこり笑い、親指を立てる。
『ここは普段、地の精霊達が暮らしている異界だ。実際はどんな世界なのか、誰にも分からない。フランが今、見ているイメージは、俺の持っている異界のイメージなんだ』
ルウは重ねて言う。
『生身の人間は通常、この異界には存在出来ない。ヴィヴィが俺達の身体を一時的にこの異界に適合出来るように変え、しっかり目的地まで運んでくれるのさ』
『で、でも? こ、この会話は?』
『これは念話だ。俺とフランは、お互いに魂通しの会話をしているんだ』
『ええっ!? 魂通し?』
『そう、心と心を繋いだ、直接の会話さ』
そんな!
心と心の会話なんて!?
私の気持ちが……
ルウに全て分かってしまうの?
フランは僅かに顔を赤らめ、ルウの胸に顔を埋めた。
甘えるフランの髪を優しく撫でたルウ。
再び、フランに目を閉じるように告げた後、傍らに控えたヴィヴィへ命じる。
『ヴィヴィ!』
転移魔法の発動の際もそうだったが……
ルウはヴィヴィへ、一切、具体的な指示をしていない。
今も名を呼んだだけだ。
確か、火の精霊もそうだった……
やはりルウは、祝福された精霊達と、一心同体なのだ……
そんな事を、フランがつらつらと考えた瞬間!
凄い速度で、身体が持ち上がった。
次にフランが気が付いた時には……
もう『狩場の森』を目前にした場所であった。
何度か見た事のある巨大な外壁が、彼女の目前にそびえていたのである。
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