第429話 「闇のオークション⑩」
その禍々しい盾を前にして闇の競売人であるベルタの口調は益々熱を帯びた。
「さあ、次の商品はエントリーナンバー12番、コカトリスの盾です! 古の英雄が討ち取った怪物の頭部をはめこんだ盾は聖なる女神が使用した破邪の盾と呼ばれました。怪物の顔を見たら、敵は石となってしまうのですから、ほぼ無敵の盾と言えますね、うふふ」
含み笑いをしたベルタは熱い視線でアモンを見た。
しかしアモンは相変わらずベルタと視線を合わせようとせず、目を閉じたまま腕組みをしている。
それを見たベルタの口元が悔しそうに歪むが、彼女の口上自体は何事も無いように続いて行く。
「当然、本物ではありませんが、ある魔法使いが言葉の元々の意味でもある山羊革で盾を作り、そこに石化能力のあるコカトリスの頭部を不死者化し、埋め込んだ複製品です」
コカトリスはバジリスクの仲間で、その姿を見たり触ったりしたり者や、口から吹きかける毒息を浴びせた相手を石化させる能力を持つ。
怪物程、強力ではないが、コカトリスも同じ能力を持つ事に目をつけた魔道具の製作者が洒落っ気を込めて作ったものらしい。
「さあ、いかがですか? こちらの最低入札金額は金貨7,000枚からとさせていただきます。またアップに関しては金貨1,000枚単位でお願いします。では入札開始!」
ベルタの口上が終わると早速入札が入り始めた。
「金貨7,000枚!」
コカトリスの盾を入札したのは今迄の客層とは違う獣人の男性戦士である。
ルウが見る所、彼は人狼であり、それも王族らしい。
その傍らで入札されるのを仏頂面で見守るアスモデウスへモーラルが話し掛けた。
「私、最初に教えて貰わなければ、これがアスモス殿の出品商品だと思ったわ」
モーラルにそう言われたアスモデウスは苦笑した。
その表情は柔らかであり、少なくともバルバトスと競ってむきになった時の顔付きではない。
「まあ……確かに面白い商品だ。少なくともバルバトスの商品などより、洒落ていてずっと面白いが……」
「面白いけど……何?」
モーラルが重ねて聞くとアスモデウスは子供のように拗ねたような顔で断言した。
「例の怪物ならともかく、コカトリスでは美しくない! 絶対に美しくない!」
きっぱりと言い放つアスモデウスに対してモーラルは慈愛の篭もった表情を見せた。
「美しく……ふふふ、成る程ね」
含み笑いをして頷くモーラルを見たアスモデウスは意外だという表情をする。
「モーラル、いやモルガーヌ様には分かって貰えるのか?」
「分かるわよ。さっきの鋼鉄の処女の時といい、貴方って意外にロマンチストだったのね」
「ロマンチスト!? そう言われた事は今迄になかったがな」
モーラルに褒められた?アスモデウスは照れながらも嬉しそうだ。
「私、今日は貴方の味方をしてあげる。バルバ殿との後先の勝負、頑張ってね」
そんな2人の会話を他所にコカトリスの盾の入札金額は上がり続けた。
何と最後には倍の金貨14,000枚になったのである。
落札したのはやはり人狼の王族の男であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今迄のオークションが順調に行っているせいか、ベルタのルビー色をした瞳がぎらぎらと輝いている。
「さあ、今夜のオークションも残り3品です! 次の商品はエントリーナンバー13番、竜殺しの剣です! こちらもヴァレンタイン王国を建国した古の大英雄バートクリードが凶悪な邪竜を倒した際に使用した愛用の剣を再現したものです。あくまでも本物を忠実にという事から、このように幅広で、黄金の柄には蒼き魔法の宝玉が埋め込まれて所有者に勇気と対物理防御の加護を与え、鞘は眩い金色の打紐で巻き上げられています」
「ちっ!」
ベルタの口上の最中にアスモデウスが眉を顰めて舌打ちをした。
実はこれがバルバトス出品の商品である。
王道とも言える古の英雄の剣、そんな当り前の商品を当り前に出す事をアスモデウスは嫌ったのだ。
アスモデウス同様に、邪竜が人化した男も怖ろしい目付きで前に置かれている剣を見詰めていた。
何せ複製品とはいえ、同族を殺したという自分達にとって天敵ともいえる大変な剣なのだ。
怨みに思わない筈はない。
他にも邪竜同様『力』こそが掟であり絶対的な価値だと信奉する獣人や半獣人達が食い入るように見ている。
商品と自分に視線が集中し、頃合と見てベルタが金額を提示した。
「さあ、いかがですか? こちらの最低入札金額は金貨10,000枚からとさせていただきます。またアップに関しては盾同様に、こちらも金貨1,000枚単位でお願いします。では入札開始!」
「金貨10,000枚!」
ルウが見ていると、いきなり入札の大声を出してパドルを掲げたのは意外にも邪竜が人化した男であった。
多分、男には腹積もりがあるのだろう。
邪竜の男からは魔力波による感情と意思がルウへ伝わって来た。
こんな糞のような剣!
見るのも寒気がする最悪の剣だ!
我が領地の中で冥界の奈落のように深い谷に落とすか、同胞の海竜さえ潜れない深海に沈めてやる!
……いや、待てよ?
こいつに高い金を出すのだ……この剣を餌にして騎士や冒険者を誘き寄せて奴等を貪り食らうのも悪くない。
その上で、戦力的に手薄になった、あの大きな人間の街をまた狙ってやる!
10年前のように配下の二足竜と共に一気に襲えば、今度はきっと上手く行く。
何とこの邪竜は10年前に王都セントヘレナで起こった大破壊に関わっていたようである。
これは重要な情報だ。
ルウの口元に、またも笑みが浮かぶ。
もし、バルバトスがここまでの展開を読んで出品していたとしたら、さすがというしかない。
「金貨12,000枚!」
「金貨13,000枚!」
しかし邪竜の入札に対して獣人達も負けずとばかりに入札する。
当然、考えの決まった邪竜も引かなかった。
「金貨15,000枚!」
「金貨16,000枚!」
「金貨17,000枚!」
獣人達も邪竜に対抗して入札し、落札価格はどんどん上昇する。
その瞬間であった。
「金貨25,000枚!」
「…………」
争いを断ち切るようにいきなり価格をあげたのは、やはり邪竜である。
獣人達はこれ以上の入札合戦にもうついて行けないようだ。
暫しの沈黙が会場を支配するとベルタが今迄競っていた獣人達を煽る。
「さあ、入札は!? もう、ありませんか? 宜しいのですね?」
ガイーン!
いつもの通りに一瞬の間を置いて、ベルタがハンマーを打ち鳴らすと同時に叫ぶ。
「パドルナンバー50番、フーヴァル様、金貨25,000枚にて落札!」
邪竜が競り落とした瞬間、ルウはモーラルに目配せした。
モーラルも委細承知とばかりに頷く。
「むう、金貨25,000枚か! フーヴァルとかいったな、あいつ。無駄に価格を吊り上げよって!」
その傍らでアスモデウスは恨めしげに邪竜を睨んでいたのであった。
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