第427話 「闇のオークション⑧」
続いて迷宮にてはお約束である生きた『ミノタウロス』1体、大斧、腰巻付きも先程骸骨戦士を落札した者とは違うが、『黒の魔法使い』達が落札した。
彼等が瘴気に満ちた闇の迷宮を造りあげた暁には今回、落札した『商品』をどこぞに配置するのであろう。
骸骨戦士とミノタウロスの落札が終わると、続いては今回エントリーされた商品のうち、問題……いや話題となっている商品のひとつがいよいよ出品される。
「皆様、お待たせ致しました。さあ、次の商品はエントリーナンバー11番、鋼鉄の処女不死者仕様です! そもそも鉄の処女とはご存知、皆様の嗜虐的趣味をくすぐる拷問道具の名品です」
ベルタが悪戯っぽく嬉しそうに笑う。
嗜虐的趣味……
多分、彼女もそのような……趣味なのだ。
「怯える捕虜を中に追い込む! 縋るような相手の眼差しを冷たく撥ね返して無情にもガチャンと扉を閉め切る! そして閉め切った瞬間に響く哀れな断末魔の悲鳴! ああ、堪らない!」
巨大な魔導ランプに怪しく照らされたベルタは長い舌で唇を舐めながら恍惚の表情で身悶える。
その姿は異常なまでに妖艶さを感じさせた。
おおおおおおお!
会場の客達も叫び、中には涎さえ垂らしている者も居る。
「悪趣味な事だ……」
ベルタの言葉を聞いたアモンが無表情でぽつりと呟いた。
「抵抗出来ない者をいたぶってそんなに楽しいのか? 強大な相手を正面から堂々と倒してこそ、俺は喜びを感じるがな……」
そんなアモンの独り言が聞えたのか、ベルタは軽く睨むような視線をアモンへ投げ掛ける。
「ふう! 失礼致しました。というわけでこの商品はこの私、ベルタが個人的に欲しいくらいの逸品です。じゃあ説明に戻りましょう。この鋼鉄の処女不死者仕様は鉄の処女を更に頑丈な鋼鉄で強化し、尚且つ対物理魔法を付呪しましたのでどのような頑健で力のある相手でも……」
ごくり!
一瞬、静まり返った会場に誰かが唾を飲み込む音が響いた。
「絶対に逃げられません! そして中に仕込まれた鋭い棘が相手の全身を容赦なく刺し貫くのです! 加えてここからがこの商品が優れている点です!」
ベルタは目の前の机を拳でドン!と叩いた。
「相手が絶命した瞬間にある禁呪を詠唱すれば、は~い、貴方に忠実な不死者にだいへんし~ん! ほほほほほ!」
凄絶な表情で笑みを浮かべるベルタの視線は完全にアモンへ向けられている。
「さあ、いかがです? こちらの最低入札金額は※金貨5,000枚からとさせていただきます。またアップに関しては金貨500枚単位でお願いします。では入札開始!」
※金貨5,000枚=約5,000万円ですね。
「金貨5,000枚!」
すかさず大きな声でパドルを掲げたのは黒色の地色に白色で髑髏が染め抜かれた独特の法衣を纏った死霊術師達であった。
邪悪な魔法を駆使して、命の理を弄び、その結果大量の不死者を従える彼等には最適な商品であろう。
それに彼等は購入した、この商品を試作品として同じ物を大量に作ろうとするのに違いなかった。
「待った! 金貨6,000枚だ!」
大声をあげてパドルを掲げたのは、先程オリハルコン入札の際に競り合った魔族の商人である。
「金貨6,500枚!」
更に骸骨戦士とミノタウロスを落札した『黒の魔法使い』達からも入札が入る。
「金貨7,000枚!」
「金貨8,000枚!」
「金貨10,000枚!」
入札者が多くて、出品商品に執着が大きいとこのように入札価格が直ぐ上昇して行く。
「うふふ、アスモス。ルンデル様に入札の許可を貰わないの?」
しらけた様に見詰めているアスモデウスにモーラルは彼の偽名で問う。
「モーラル様、冗談では無い! 美しい女をわざわざ串刺しにした上に、醜い不死者にして何が楽しい。『花』とは美しいまま優しく愛でるものだ」
アモンの見方とは違うが、アスモデウスも鋼鉄の処女に全く興味が無いようである。
興奮の余り、モーラルを本名で呼ぶのは困ったものだが……
ただ残った従士の中でメフィストフェレスの意見は違うようである。
「商売だけでいえば、私は興味が無いとは言えませんな。転売すれば結構儲かる筈ですよ」
確かにメフィストフェレスの言う通りだ。
これだけの入札者があれば大きな需要があるという証明といえる。
参加している魔族の商人はそれを見越して十中八九、転売目的であろうから。
そんな従士達の中でルウは会場を見渡して出品者を捉えようとしていた。
落札者はどうでも良いとは思わないが、この商品の出品者の方が大いに気になったのだ。
それにこのような商品を作れる者は限られている。
果たして……奴は居た。
魔力波に強固な偽装を掛けていたが、やはり出品者の性である。
これだけ入札価格が上昇すると僅かに喜びの波動が出たのだ。
「やはり……な」
ルウはモーラルへ、この商品の出品者を見付けた事とその正体が誰かをすかさず念話で囁いたのである。
一方、鋼鉄の処女不死者仕様に対する熱い戦いは続いていた。
まるで天井知らずという感がある。
「金貨13,000枚!」
「金貨15,000枚!」
「金貨17,000枚!」
しかしベルタから決着はこれからという禍々しい魔力波が強力に放出されており、その余りの欲望の強さにルウは思わず苦笑した。
「さあ、この商品の価格には未だ物足りません! 滅多に手に入らない逸品ですよ!」
「金貨18,000枚!」
「金貨19,000枚!」
ベルタの思惑通り、入札を告げる声は止まらない。
しかしここで膠着状態から脱しようと死霊術師が勝負を掛けたのだ。
「金貨30,000枚!」
金額を聞いた魔族の商人は溜息を吐いて肩を竦めた。
付き合っていられないという呆れた表情だ。
同時に『黒の魔法使い』達も黙り込んでしまう。
静まり返った会場をベルタが見回す。
「さあ、入札は!? もう、ありませんか? 宜しいのですね?」
ガイーン!
一瞬の間を置いて、ベルタがハンマーを打ち鳴らすと同時に叫ぶ。
「パドルナンバー98番、ダエモン様、金貨30,000枚にて落札!」
こうして鋼鉄の処女不死者仕様はダエモンと呼ばれる死霊術師が落札したのである。
その様子を見てほくそ笑む者が居た。
見た目は70歳くらいの老人である。
地味な法衣を着込み、目立たないように会場の片隅に座っていたのだ。
「あれは理論さえ分かれば容易に複製出来るようになっておる。これで不死者がどんどん増えれば、この地も儂の思惑通りにますます腐って行くだろうて……ひひひ」
しわがれた声で不気味に笑う謎の男。
しかし、その邪悪な呟きを中断する者が居た。
「ははっ、そう上手く行くかな? ネビロスよ」
「な、き、貴様……」
驚きの余り、立ち上がろうとしたネビロスの身体は強張り、声が出せなくなっている。
それが背後から声を掛けた者の仕業だと知った瞬間、いいようのない恐怖がネビロスの背筋を貫いたのであった。
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