第424話 「闇のオークション⑤」
本日の出品商品を見ながらルウ達の打ち合せは続いていた。
中でもルウが気になったのは魔法の船である。
かつて北の地で悪名を轟かせた半神が古のドヴェルグ達に造らせた魔法の船がスキーズブラズニルだ。
『船の中で1番優れた物』と称えられ、数多の神々を余裕で乗せられたくらい巨大な帆船であったという。
帆を上げれば常に魔法風を受け、望む場所に進む事が出来る一方、折りたたむと袋に入るほどの大きさになり、気軽に携帯出来る優れものなのだ。
まあレプリカと謳っている通り、さすがにオリジナルではないのだろう。
しかし数ある出品物のトリに持って来ているくらいだから、レプリカとはいえそれなりの能力を持っているとルウはみている。
金額次第では落札しても良いと思ったのだ。
「モルガーヌはどうだ?」
「落札するとしたらルンデル様のお選びになった船以外では、やはり素材系や賢者の石ですね」
モルガーヌ=モーラルはにっこりと笑った。
「お前達はどうだ?」
ルウは今回、同行した悪魔達に尋ねてみた。
しかしアモンとメフィストフェレスは首を横に振った。
2人には特に気になる商品が無いという意思表示である。
ただ1人、アスモデウスだけは答えない。
「ははっ、お前の出品した商品がダントツという事だな」
ルウが笑顔で同意を求めるとアスモデウスは珍しく真顔のまま、黙って頷いたのである。
――それから暫し時間が経った。
後、20分程でオークションの開場である。
その時であった。
「お~い、ルンデル!」
遠くからルウの偽名を呼ぶ声がした。
唸るようなこの低い独特の声はルウ達を案内したフェリクスである。
彼は大股の独特な歩きであっと言う間にルウに近付いた。
ルウを見詰めるフェリクスの表情に少なくとも邪気は無い。
「俺の親爺がよぉ、話がしたいんだと! 時間は取らせないと言っているぜ。何か大事な話らしいぞ」
「フェリクスの親爺さん?」
「ああ、ここの経営者さ。今後の事もあるし、会っておいて損は無いぜ」
フェリクスの誘いはルウにとっては渡りに船であった。
今回の目的のひとつに主催者に接触するという目的がある。
しかもオークションの開場時間も迫っていた。
危険な罠の可能性もあるが、迷う理由は無い。
「おう、頼むよ!」
ルウは腕組みをしているフェリクスへ笑顔で案内を頼んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
闘技場の奥へと続く薄暗い通路。
規格外の巨漢、フェリクスが先頭に立ち、彼についてルウ達は歩いて行く。
アモンやアスモデウスも2m近い堂々たる体格を誇っているが、フェリクスは彼等より、ふたまわりも大きいのだ。
やがてルウ達はフェリクスに案内されて1番奥の突き当たりの古ぼけた扉の前に着いた。
フェリクスが扉の向こうに居る人物に大きな声で叫ぶ。
「さあ、ここだ……中で親爺が待っているぜ。 ……おい、親爺! お客人を連れて来たぜ」
すると大人と子供が同時に喋っているような甲高い独特の声が答えた。
「ああ、フェリクスよ、ご苦労。鍵は開いているぞ。客人と一緒に中へ入ってくれ」
「おう、じゃあ入るぜ!」
フェリクスが押すと軋んだ音をたてて両開きの扉は徐々に開いて行く。
部屋の中は中々の広さである。
先程のサロン程ではないが、通常の王宮の大広間くらいはあるだろうか。
通路と違って部屋の中は明るい。
天井から大型の魔導ランプが下がっていた。
煌々と照らされた室内の床には緻密な織りの絨毯が敷き詰められ、重厚な造りの調度品がいくつか置かれていた。
ルウ達の正面には豪奢な机があり、机に両肘をつけてこちらを眺めている人物が居る。
彼がフェリクスの父親である、この闇のオークション『執着』のオーナーらしい。
オーナーの年齢は、30代半ばに見えるフェリクスの父親にしては未だ壮年にしか見えない。
美しく長い金髪を持ち、女性っぽい整った顔立ちであったが、口元を歪めた品の無い笑みが全てを台無しにしていた。
があああああ!
ルウ達が部屋に入った瞬間、室内に怖ろしい咆哮が響く。
声の主はオーナーらしい人物の前に鎮座した2匹の犬であった。
ルウ達を見て唸り声をあげる犬達の体長は3mをゆうに超えており、獰猛な顔付きは犬と言うよりもむしろ狼に近い。
胸元には血糊の様なものがべったりとついていた。
ルウは黙って犬達を見詰めるとふうと息を吐いた。
するとルウ達を睨みつけていた彼等は何故だか怯えたような素振りをする。
いつの間にか唸り声も収まっていた。
それを見てにこやかに微笑んだのはフェリクスの父であるオーナーである。
「ほう! 我が番犬を黙らせるとは、これは、これは」
逆に苦笑したのはフェリクスだ。
「親爺、あまり度の過ぎた冗談は不味いぜ。俺は席を外す、じゃあな」
フェリクスは手をひらひら左右に振ると扉を閉めて外に出たのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フェリクスの言う通り、余り良い歓迎の仕方じゃあないぜ」
ルウは穏やかな表情を変えずに犬を追い払うように手を動かした。
部屋の奥に行けと合図をしたのである。
犬達はまるでルウが飼い主であるかのように素直に従う。
「ほう、これではどちらが飼い主か分かりませんな」
「時間が無い。早速話とやらに入ろう、分かっているだろうが、俺はルンデル、魔法使いだ。残りの者は俺の従士で彼女はモルガーヌ。そしてアーモン、アスモス、フィストだ」
「ほほほ、これはご丁寧に。私はリキャルド、この闇のオークション『執着』のオーナーですよ」
「それで話とは何だ?」
「簡単な――お話ですよ。お持ちの『アッピンの赤い本』を出品して頂きたい。貴方が今、お連れになっている従士さんくらいの一流の悪魔を使役出来るとなれば高値で買う客はいくらでも居るのでね」
ルウの従士達を悪魔だと見抜き、ずばりと直球を投げ込んだリキャルドの言葉に対して当のアモン達が殺気の篭もった目で彼を睨みつける。
しかしリキャルドは動ずる事無く飄々としていた。
彼の目にはルウしか映っていないらしい。
「ほほほほほ、私と組みましょう。大儲け出来ますよ」
『執着』のオーナーであるリキャルドの持ち掛けにルウは苦笑した。
ようはアモン達を奴隷として売り、金儲けをしようというのだ。
普通は本人達を目の前にしてこんな話はしない。
「ははっ、あんたは面白い男だし、その儲け話自体も面白いが、……断る事にしよう」
そんなルウの返事にもリキャルドは表情を変えずににやにやとしていたのであった。
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