第423話 「闇のオークション④」
「さあさ、ルンデル様。こちらでございます」
テュコに案内されたのはどこかの王宮の大広間の何倍もあるような豪奢な部屋である。
ヨルゲンが『サロン』と呼んだこの部屋はオークションに来た大勢の客で溢れかえっていた。
客は皆酔い、歌まで唄う者も居る。
どうやらオークションが開始されるまでの待ち時間を潰す為の趣旨らしい。
多くの女達が用意された酒と料理で客達を持て成している。
「ではガスパル様、後は宜しく」
「おう!」
テュコが引継ぎを頼んだのは部屋の入り口に居た獰猛な犬のような顔付きをしたガスパルという男であった。
「こっちだ! お前等、愚図愚図せず来いっ!」
ルウ達を案内する方向を人差し指で示すガスパルは態度も傲慢だ。
「こらぁ、ガスパル!」
その瞬間であった。
一喝する男の低い声があがり、肉を打つような音が鈍く響く。
すると190cmをゆうに超えるガスパルが吹っ飛んだのだ。
ルウ達の前にはガスパルを軽く凌駕する2mを遥かに超えた大柄な戦士が立っていたのである。
無骨な顔立ちながら柔和な笑みを浮かべた男は純白の金属鎧を着込み、背にはひと振りの大剣を背負っていた。
「失礼したぜ、ルンデルさんよぉ。無作法な従業員には後で厳しく躾をしておくからなぁ」
ルウは軽く頷くと、男の名を聞く。
「あんたは?」
「俺はフェリクス。この異界の警護を担う者だ」
「フェリクス……さんか」
ルウが呟くとフェリクスは手を左右に軽く振った。
堅苦しくするなという意味らしい。
「がはは、『さん』は要らねぇ。ただのフェリクスで良いぜ」
「分かった、じゃあ俺もルンデルで良い。フェリクス、悪いが案内を頼めるかい?」
「おう! こっちだ、ゆるりとしてくれ。 女共、この方々をしっかりと持て成すんだ」
「「「「「「「は~い」」」」」」」
フェリクスの呼んだ声に部屋の女達が駆け寄って来た。
皆、顔立ちは整っているが、やはり顔色は悪く死人のようだ。
この女達は多分、まともな人間では無いだろう。
だが女達の可愛い嬌声にルウは穏やかに微笑んだ。
魔族のモーラルに対して偏見が無いようにルウには見た目で彼女達を嫌う理由が無い。
モーラルはそんなルウに苦笑して僅かに眉を顰めると、付き従う悪魔達を見た。
彼等も三者三様である。
剛毅なアモンは無表情、豪放磊落でも女性には弱いアスモデウスは惚けた様な笑顔をし、天邪鬼なメフィストフェレスは相変わらず皮肉な笑みを浮かべていたのであった。
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「相手も俺達をどう扱うか、未だ判断しかねているようだ。とりあえずは客として持て成す積もりだろう。ここにあるのは単に美味しい料理と酒のようだぞ」
ルウは魔法と『鼻』、そして『舌』で僅かに確かめて料理と酒に毒物が入っていない事を確認した。
「じゃあ乾杯だ!」
アスモデウスが満面の笑みを浮かべて大きな杯を回そうとするとアモンが肩を竦める。
「アスモデウス……乾杯も良いが、オークションの開催までもう1時間を切った。今日の出方を考えておこう」
「分かっておるわ、アモン。乾杯が済んだら直ぐ取り掛かろう」
アスモデウスが了解済みだという表情をした。
ルウが黙って頷き、アスモデウスのやり方を肯定したので、モーラルもとりあえず杯を各自に配るのを積極的に手伝ったのだ。
杯が行き渡ると、これは俺の役目とばかりに野太い声でアスモデウスが乾杯の音頭を取った。
「乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
喧騒の中、ルウは何気なく周囲を見渡す。
大勢の客は様々な人種から構成されていたが、まともに見える者はごくごく限られている。
それもこれもこの濃厚な瘴気が原因なのは間違いが無かった。
闇に魂を堕とした人間族の魔法使い――漆黒の法衣を身に纏った通称『黒の魔法使い』と呼ばれるが、この部屋の客では彼等が最も多かった。
同じく黒色の地色に白色で髑髏が染め抜かれた独特の法衣を纏った死霊術師もちらほらと見られた。
楓村襲撃の犯人らしいアッピニアン、イクリップスも人間族の『黒の魔法使い』か、死霊術師らしいが、彼の魔力波は今の所、感じられない。
もし居たとしても巧く身を隠している可能性もある。
他にも魔族らしい目付きの鋭い商人、頑固そうな黒ドヴェルグの職人風の3人連れ、呪われたアールヴと呼ばれる地の奥に棲むラックアールヴの魔法剣士、人化した邪竜、狼を始めとして様々な獣人や半獣人など、これまた一筋縄ではいかない連中ばかりであった。
ある意味、冒険者の街バートランドに匹敵する混沌さと言っても良いであろう。
「ルンデル様、これが出品商品の一覧です。どうやら今、確定したようです」
モーラルが偽名で呼び掛け、ルウへ魔法の水晶板を渡す。
これは透明な水晶を板状にしたもので、ルウ達が出品した物も含めて文字が魔法の力で浮かび上がるようになっていたのである。
「ああ……ありがとう、モルガーヌ」
ルウもモーラルの偽名を呼んでから片目を瞑ると、水晶板の表面に視線を移した。
本日の出品商品は下記の通りである。
オリハルコンインゴッド10kg
ミスリルインゴッド5kg
エリクサー瓶10本
賢者の石3kg
ユニコーンの角10本
栄光の手5個
反魂香5包
人間の魂の残滓瓶詰め30個
骸骨戦士10体※各個体武器一式付き
活きミノタウロス1体※大斧、腰巻付き
鋼鉄の処女※不死者仕様
コカトリスの盾
竜殺しの剣
自動人形※ガルドルド帝国製メイド仕様
魔法の船
※個数表記無しは1つとなります。
この一覧を見る限り、今夜の出品商品に『アッピンの赤い本』は無い。
幸いと言うべきなのか……
ルウはふうと息を吐いた。
貴重な商品も多々あるので強引な行動に出ないとは限らないが、とりあえずアッピニアン暗躍の可能性は少しでも低くなった筈だ。
「ははははは! やはりあいつの出して来た商品などしょぼいわ!」
ホッとしたルウの耳にアスモデウスの勝ち誇った声がやけに大きく響いていた。
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