第422話 「闇のオークション③」
そもそもオークションとは、闇のオークションに限らず一般的なものも含めて、出品者が販売目的で出した商品を、最も良い購入条件を提示した買い手へ売却するものだ。
希望入札者が少なく、更にお互いに競り合わなければ最低入札価格からの変動は余りない。
しかし人気がある商品だと各々の買い手が自分の物欲をあからさまに表に出すから購入価格はどんどん上昇する事になる。
そうなれば出品者としてはありがたいという事だ。
売る方としては高値で売れるのに越した事は無いからである。
オークション主催者も同様だ。
この闇のオークションでは、まず入場者から入場料が入り、出品者からも物品につき出品料が支払われる。
加えて売れた商品の落札価格から規定の手数料が引かれるからである。
ルウ達は雑踏の中、広場を突っ切って闘技場の入り口へ向う。
家令のアルフレッドが情報元の嘆きの妖精から聞いた話では入場受付を行った後、出品する物品がある場合、更に中の事務所で手続きをするというのだ。
ルウは歩きながらふうと息を吐く。
「事務所なら少なくとも主催者に接触出来そうだな」
そんなルウに胸を叩いて任せろと言って来たのはアスモデウスである。
彼は出品する商品に相当自信を持っているようだ。
「ははは、ルウ様。俺の出品する物を知ったら驚きますぞ」
「ははっ、楽しみにしてるよ。ところで全員の名前は偽名で行く、ちなみに俺はルンデルだ」
ルウはアスモデウスに笑顔で言葉を返してから、注意事項を徹底する。
他の悪魔達もいつも名乗っている偽名を復唱した。
魔法で顔付きは変えたが、当然名前も氏素性も明かさない。
猿芝居になる可能性もあるが、最初から堂々と名乗る必要は無いのだ。
「私は一応モルガーヌですね、うふふ」
闘技場の入り口には長身の女性3人が居て受付をこなしている。
金髪、銀髪、栗色の長い髪を持つ整った顔立ちをしているが、肌の色が全員死人のように蒼ざめていた。
ルウ達の担当をしたのは一番彫の深い、目立つ顔立ちである金髪の女性だ。
「闇のオークション『執着』へようこそ! 皆様、こちらへは初めてですか?」
「ああ、そうだ。俺は魔法使いのルンデル、後は俺の従士で彼女はモルガーヌ。そしてアーモン、アスモス、フィストだ」
「5名様ですね。承りました、私はホディルと申します。まず入場料と致しまして、おひとり様金貨10枚、計50枚を頂きます」
※金貨1枚=1万円です。
「ふうん……結構、取るのね」
ルウから貰った収納の腕輪はモーラル愛用の品だ。
そこから何気に金貨50枚を出したモーラルは皮肉ともとれる笑みを浮かべた。
しかしホディルも負けてはいない。
「いえいえモルガーヌ様。……『執着』にいらっしゃるお客様には納得してこの金額を頂いております。何分これだけお支払い頂きますと『冷やかし』のお客様が来ませんので……」
「成る程……確かに冷やかしは困るわね」
「はい、ご理解頂いて幸いです。ところでお客様方は売却用の商品を出品されますか? もしそうであればこの奥の事務所までご案内致しますが」
「ルンデル様……」
モーラルがルウの偽名を呼んで出品の話を伝えるように促す。
「ああ、俺達はオークションに出品する為にいくつか売却用の商品を持って来ている。事務所に案内して貰いたい」
「かしこまりました。こちらへどうぞ!」
ホディルは妖艶な笑みを浮かべると深くお辞儀をしてルウ達を事務所に誘ったのであった。
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ルウ達が案内された事務所は結構広い場所である。
雰囲気としてはルウが魔法鑑定士の試験を受けた王都の商業ギルドの一室に酷似していた。
あちこちにテーブルがあり、鑑定人らしき男女が出品者らしい客と打合せをしているのだ。
どうやら闇のオークション専属の鑑定人が客の出品する商品の実勢価格に基づいた最低入札価格を決めているらしい。
「ヨルゲン様、新規のお客様をお連れしました」
ホディルはこの事務所の責任者らしいヨルゲンという男に呼び掛けた。
「ほう! これは……興味深い!」
ルウ達を凝視したヨルゲンは長身で痩身。
細面の冷たい雰囲気を持つ壮年の男だ。
彼のその感情を全く表さない細い切れ長の瞳を動物に例えれば絶対に『蛇』であろう。
ルウが挨拶したのを見届けてから受付担当のホディルは引き下がって行った。
「魔法使いのルンデルだ」
「ふふふ、これはご挨拶が遅れましたな。私はヨルゲン、こちら闇のオークション『執着』の支配人です」
「ここに居るのは俺の従士で彼女はモルガーヌ。そしてアーモン、アスモス、フィストだ」
「ほうほう! これは皆様素晴らしい方ばかりですな。では私が直接、接客致しましょう」
ヨルゲンはルウ達一行が只者では無い事をひとめで見抜いたようである。
だがヨルゲンがルウ達の正体をどこまで見極めたかは不明であった。
彼が出す感情を示す魔力波もわざとノイズを入れているようで、さすがのルウにも読み切れなかったのだ。
「早速ですが、出品の説明をさせて頂きましょう。まず出品料ですが、保証金を兼ねて一律金貨100枚です。最低入札価格は商品の鑑定価格によって変わります。設定しない場合はこちらの鑑定価格から入札をスタートさせて頂きます」
「…………」
ヨルゲンは淡々と説明を続けて行く。
ルウ達は腕組みをしながらじっと聞いている。
「落札手数料は落札金額の30%となります……なお入札が無い場合は主取りとなり、出品者に商品が戻りますが、保証金の50%をこちらへ徴収させて頂きます。あなた方は出品する物品がおありなので、未だお渡ししていませんでしたが、これからお渡しするのが参加者の証である『パドル』です。オークションに入札する際はこの札を挙げて金額を大きな声で競売人にお伝え下さい」
※以上、実際のオークションルールと違いがある場合はご容赦頂きます。
ヨルゲンは顎をしゃくると部下らしい男に『パドル』を人数分の5枚持って来させた。
ルウ達は各自が『パドル』を受け取る。
パドルの札には数字と炎を模した紋章が入っており、炎はこのオークションのオーナーの家紋か組織のマークのようであった。
「オークションの説明は以上です。さあ商品を見せて頂きましょうか」
ヨルゲンは唇を舌でぺろりと舐めるとルウ達に催促したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ヨルゲンは今、ルウ達との事務手続きを終わらせた。
ルウ達が出品する商品に彼はいたく満足したようだ。
「ほうほう……皆様の出品商品は皆、素晴らしい。これで今回のオークションも大成功間違い無しですな」
ヨルゲンは嫌味なまでに慇懃にルウ達を褒め称えた。
しかし誰もがこの闇のオークション支配人であるヨルゲンの本性が分かりつつある。
口先と本音が全く違う人物であろうということを……
どうやらルウ達の正体は、ばれていないらしいが、各自が持つ巨大な魔力はどんなに隠そうとしても隠し通せるわけもない。
彼からすれば得体の知れない不気味な一行として認識している筈なのだ。
ルウはヨルゲンに鎌を掛ける。
「主催者のあんた達は結構儲かりそうだな」
「いえいえ、とんでもない。会場費、人件費、商品管理費等々、コストも凄く掛かりますからね。供給と需要を橋渡しする慈善行為に近いのではないでしょうか……ああ、もうお時間のようですね」
ヨルゲンは冷たい笑みを浮かべながらルウの問いに答えると、オークションの開始まで異界の時間であと1時間であると告げて来た。
「テュコ! ルンデル様ご一行をサロンへご案内しろ」
ヨルゲンの乾いた声が響き、テュコと呼ばれた男が迎えに来るのを見て、ルウ達はスッと立ち上がったのであった。
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