第421話 「闇のオークション②」
ルウとモーラルは正門を出ると中央広場に歩いて行った。
今夜は英雄亭ではない居酒屋でアモン達と待ち合わせである。
実のところ、この店はリベルト・アルディーニ が会頭を務める鋼商会直営の店であった。
ルウとアモンの指導によって料金も接客も以前とは全く違う優良店に生まれ変わったのである。
店名も変更され、軒先に愚か者という看板が掲げられていた。
これはリベルトが自らを皮肉った物であり、逆に気取らなく親しみ易い店として評判になったのだ。
「いらっしゃい! ああ、これはルウの兄貴にモーラルの姐さん。アーモン相談役達はもういらっしゃっていますよ」
店内に入ると、ルウに顔馴染みで威勢の良い若い店員がアモン達の座っている席まで案内してくれた。
事前に頼んである通り、奥まった席であり周囲に客はおらず話の内容を聞かれる心配は一切無い。
「ああ、ルウ様。こちらです」
「いらっしゃるのが、魔力波で分かりましたので冷えたエールを2人分頼んでおきましたよ」
2人揃っていかつい顔付きのアモンとアスモデウスが珍しく破顔する。
両名ともルウと共にひと暴れ出来るのではという期待に溢れているのが見え見えだ。
「ルウ様、お久しゅうですな」
冷えたエールをちびりと飲みながらにやりと笑ったのはメフィストフェレスである。
ルウは例のグリゴーリィ・アッシュから邪悪な魔法の知識を取り上げ、忘却の魔法で記憶を封じた後に元々のザハール・ヴァロフという通り名で真っ当な商人としてロドニアに戻した。
嘘も方便と言うが、リーリャの父であるボリス王にも忘却の魔法を掛けて、例の修羅場の記憶を修正した後、以前のように王家御用達商人としてザハールに商いをさせているのだ。
そのザハールの忠実な番頭役としてフィストという偽名を名乗ってサポートしているのが悪魔メフィストフェレスなのである。
エールで乾杯した後、5人は早速今夜のの打ち合せに入った。
「仲間うちでこのようなオークションを行っているとは一切聞えて来ないようだ」
とアモン。
仲間とはかつてのルイ・サロモンが使役した悪魔72柱であろう。
「確かに我々のような悪魔が背後で1枚か2枚噛んでいる可能性がありますが、少なくとも表面には出て来ていないですな」
アモンの言葉を聞いたメフィストフェレスは相変わらず皮肉っぽい笑みを浮かべながらぽつりと呟いた。
短気なアスモデウスは先程からテーブルを小刻みに人差し指で叩いている。
「一気に叩き潰せば良いのだ、そのようなオークションなど! 小賢しいわ」
「駄目よ! 私達は未だどのようなオークションか、見てもいないのだから」
痺れを切らしたようなアスモデウスに対してモーラルの鋭い声が飛んだ。
モーラルの叱責を受けたアスモデウスは叱られた子供のような顔付きになった。
しかし、そのような従士達の会話を聞いてもルウの表情は変わらない。
「まあ……とりあえず今夜は闇のオークションに参加する事と情報収集が目的だ。それよりアスモデウス、頼んだ通りにお前の方でお宝は用意したのか? バルバトスの物は俺が預かっているが……」
「当然、用意しましたぞ。ルウ様にきっとお褒め頂ける凄い奴をな。少なくともバルバトスのしょぼい魔道具などには負けません!」
どうやらルウはアスモデウスとバルバトスの用意した『お宝』で『闇のオークション』に臨むようだ。
その瞬間であった。
アスモデウスの魂にバルバトスの念話が響いたのだ。
その口調には僅かに怒りの感情が篭もっている。
『俺が居ないのを良い事にして、しょぼい魔道具とは良く言ってくれた。……では後先で勝負だな』
『後先……だと!?』
馴染みの無い言葉にアスモデウスは怪訝な表情だ。
ピンと来ないらしい同輩にバルバトスは分かり易く解説してやった。
『そう、後先だ。何、ルールは簡単だ。出品する魔道具に高値がついた方を勝ちとするのさ』
『おう! 望むところだ、やろう!』
そんなアスモデウスとバルバトスの諍いもご愛嬌である。
誰も本気で喧嘩をするなど心配していないようだ。
その証拠に誰も止めようとしてはいない。
アモンは黙ってエールを飲んでいたし、メフィストフェレスはザハール・ヴァロフの働きとロドニア王国の近況をルウとモーラルに報告していた。
そんな一行の夜は静かに更けていったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王都セントヘレナ中央広場横路地裏……午後11時55分
ルウ達は人気の無い道に立っていた。
まもなく午前12時……この現世から『闇のオークション』開催の異界へ
通路が繋がる時間である。
5分後――7月1日午前0時。
「邪悪!」
ルウの口から言霊が短く唱えられた。
その瞬間、一行の身体は浮き上がり、歪んだ空間に紛れ込むように消えたのである。
ルウ達が向った先――ここは『闇のオークション』オーナーが創り出したらしい異界。
大気には濃厚な瘴気が満ちていた。
これは冥界にある禍々しい瘴気とほぼ同じもので、この場所自体が常世である冥界の一部と言って良いくらいに闇の気配を漂わせている。
空は複雑な深い紫色をして雲は勿論、太陽や星々も無い。
この異界は1つの大きな街と言っても良い規模だ。
正面には大きな闘技場がそびえ立ち、ここがオークションの会場らしかった。
その前は大きな広場で周囲にはいくつかの商店や露店があり、客も多く盛況だ。
オークションでなくとも何か掘り出し物があるのに違いない。
法衣を着た人間族の男女の魔法使いやドヴェルグの職人らしい小柄な者、かと思えば怖ろしげな外見をした鎧姿の異形の人外など種族も多士済々だ。
共通しているのは皆、ギラギラとした物欲に憑かれた鋭い目で周囲を見渡している事であろう。
広場に魔法陣がいくつか描かれた一画がある。
どうやらここが現世への扉となっているらしい。
まもなくすると空間が歪み、ルウ達が現れた。
亜空間を経由して現世から一気に異界へ到達したのである。
現れたルウ達は全く平気な表情だ。
瘴気を受け付けないルウと魔族であるモーラルに後は悪魔達なのだから至極当然である。
生者が瘴気に満ちた冥界をそのまま歩けないのは勿論、闇に属する者でも、もし対策を講じていなければ、直ぐに生身の身体は破壊されてしまうであろう。
モーラルが苦笑して溜息を吐く。
「やはりフラン姉達をいきなり連れて来ないでよかったですよ」
「ああ……この瘴気は酷い。俺達は平気だが、フラン達まともな人間には到底無理だな」
ルウ達は事前に変身の魔法を使って顔立ちを若干変えてある。
モーラルが普段、人間にとっては怖ろしい魔族の素顔を隠している魔法だ。
また発する魔力波も擬態させている。
変身の魔法に長けた相手によっては見破られてしまう可能性もあるが、オークション会場に居る全ての者達に対して素顔と素性を明かす必要は無い。
「ふむ……結構な規模の異界だな。広さは王都の1/4くらいもある。冥界の一部では無いとしたら、この異界を維持するだけでも結構な魔力が必要だ」
ルウが呟くと全員が僅かに頷いた。
「ここの主は桁外れの魔力を持つ上級悪魔が何人か……それとも堕ちた神々かもしれないな」
「相手にとって不足はありません。叩き潰してやりましょう」
あくまで好戦的なアスモデウスに対して苦笑した後、ルウは厳しい目で闘技場を見詰めたのであった。
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