第419話 「納得」
「マリアナ……」
膝を突いたロドニア騎士団副団長マリアナ・ドレジェルへルウはそっと手を差し伸べた。
俯いた顔をそっと上げたマリアナ。
一瞬の躊躇があったが、ルウの差し伸べた手を掴んだマリアナは確りと地に立った。
その表情は憑き物が落ちたように晴れやかである。
両者は少し離れて礼をした。
お互いの健闘を称えたのである。
「勝負ありました! 勝者はルウ・ブランデルです! 礼!」
そこへシンディ・ライアンの凜とした声が響き渡った。
マリアナは初めてルウの実力に触れ、あの従士達が付き従っている理由が分かったのである。
彼女は今、心からそう思うという顔付きで言う。
「ルウ殿、そなたのその人間離れした動きと素晴らしい武技に感服した。貴方なら――」
リーリャ様をお任せ出来る……とマリアナは後の言葉を飲み込みながら、ルウをじっと見詰めたのである。
踵を返してロドニア側に戻ったマリアナ。
彼女を部下の女性騎士達が一斉に取り囲んだ。
その中でも怒りの余り、鬼のような形相なのがマリアナの腹心である巨漢の騎士ペトラ・エスコラである。
「ふ、副団長! 貴女は未だ戦えた筈です! どうして戦いを放棄したのです!?」
2m近い筋肉質の身体を震わせて憤るペトラに対してマリアナの表情は穏やかだ。
マリアナはじっとペトラを見るとゆっくりと彼女を問い質した。
「ひとつ聞きたい……ペトラ、お前には見えなかったのか?」
「私に見えなかったと? 何がです!」
「やはりか……最初の立会いで私が彼の攻撃で腹に致命傷を入れられていた事がだ」
「ち、致命傷!? ば、馬鹿な!?」
マリアナの告白にペトラは驚いた。
最初のやりとりでルウは剣を抜いていない筈なのだ。
少なくとも自分にはそう見えていた。
「嘘だと思うなら……魔法女子学園のライアン教諭の下に行って魔道具を確認するが良い」
「魔道具!?」
マリアナの言っているのは試合をする際に使用した判定の為の魔道具である。
剣の刀身に魔道具を取り付け、相手に触れたらヒットの魔力波を送る物だ。
今回は判定が出る前にマリアナが降参したので内容が公表されていなかったが、もし相手にヒットしているとすればちゃんとカウントされている筈である。
「よおし! では行って来ます!」
ペトラは憤懣遣る方無いといった様子でその大柄な身体をのっしのっしと動かしてシンディの方へ向ったのであった。
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暫くして戻って来たペトラの表情は唖然としたという状態がぴったりのものであった。
「ふふふ……副団長! あ、貴女の仰った通りに腹に軽く相手の一撃が入っておりました……で、でもあくまでも『軽く』ですよ!」
ルウの一撃はマリアナの腹を僅かに触ったぐらいの程度だったらしい。
ペトラには到底、致命傷だとは思えなかった。
「ペトラ、その後の事を良く考えてみろ。私はあっさりと剣を奪われたのだ……つまりその一撃も相当手加減されていたのだよ」
「…………」
ペトラの脳裏にはルウがマリアナの剣を巻き上げて遠くに飛ばす光景が目に浮かんだようでさすがに黙り込んでしまった。
「マリアナ殿、貴女には彼の意図がしっかり伝わったようですね」
それまで黙っていたラウラ・ハンゼルカが悠然と微笑む。
「ああ、良く分かった……」
ラウラは詳しい話はしていなかったが、ルウから圧倒的な実力を見せられたとマリアナには話していたのだ。
自分の行使する魔法など及びもつかぬ圧倒的な力を――である。
マリアナはラウラがあっさりと弟子になった気持ちが改めて分かったのだ。
自分だって事情が許せば、あの剣技を学んでみたいと思う程である。
それにしても不思議なのはルウの気持ち――いわゆる男としての出世欲=野心であった。
ロドニアの王宮魔法使いを凌駕する圧倒的な魔法と自分を容易く退けた凄まじい武技……そしてリーリャとロドニア王国の危機を救った功績。
加えてリーリャに深い好意を持たれている事実。
これだけの条件が揃えば、リーリャを連れてロドニアへ行き、王のボリスに取り入るなど造作も無いことだろう。
普通の男ならそれくらいの行動はする筈だ。
この世界で地位の低い平民の男ならば『成り上がり』を夢見て行う当然の行為であろう。
このように物思いに耽るマリアナの思いの中身をラウラがずばりと指摘した。
「マリアナ殿……貴女が何を考えているか分かりますよ。ルウ・ブランデルという男が理解不能なのでしょう?」
「…………」
「うふふふふ」
2人のやり取りを聞いていたリーリャは、我が意を得たりとばかりに面白そうに笑ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
シンディとルウの発案でその後、授業が終わって練習に出て来た魔法武道部部員とロドニア王国の顔合わせも行われた。
双方は少なくとも表面上は淑女として、お互いフェアに健闘する事を誓い合ったのである。
――魔法武道部はその後も練習があるのでルウ達は学園に残り、ロドニア側のみホテルに帰還する事となった。
「ルウ!」
「おう! マリアナ」
対戦中はつい相手の事を呼び捨てで呼んでいたが、終わってもそのままのやりとりである。
これはお互いに気の置けない仲になりつつある証拠でもあった。
「ちょっと……」
近付いて来たマリアナは声を潜めており、周囲に内緒でルウに話があるといった雰囲気である。
その様子を見たジゼルが僅かに眉を顰めたが、遠くからリーリャが笑顔で手を横に振っていた。
マリアナの用事が男女云々と言う事ではない意味であろう。
「貴方が『私の腹を貫いた』技だが……多分東方の国の剣士サムライの技である『居合い』……だな」
「ははっ、その通りさ。お前の技は同じくサムライマスターの奥義のひとつ『無明の剣3段突き』の応用だな」
「うん、東方から伝わった古文書を数十冊読み解いて独学で会得したよ。リシン流サムライマスター、オキタの剣だ……貴方に応用と言われると恥ずかしいがな。未熟な私には2段突きが精一杯だから……」
マリアナの言葉を聞いたルウの目に慈愛の感情が篭もる。
ちゃんとした師匠に学ばず独学で2段突きを会得した彼女への親愛の気持ちが生じたのだ。
「お前は大したものだ……今後ともお互いに頑張ろうな」
称えるルウに対してマリアナも大きく頷く。
「改めて分かったよ……貴方は、倒した者に対しても尊敬の念を持つ男なのだな。今迄申し訳なかった。これで貴方が私達ロドニア人を救ってくれた事を信じて、素直に感謝する事が出来る。こちらこそ宜しく頼みたい!」
もう1度頭を深く下げてから、またルウを見詰めるマリアナの表情は晴々とした爽やかさに満ちていたのであった。
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