第416話 「戮力協心」
魔法女子学園屋内闘技場、木曜日午後4時30分……
本日の魔法女子学園屋内闘技場は午前10時から午後2時30分までは購買部主催の緊急出張販売の会場に、そして午後3時30分から午後4時30分までは魔法武道部の練習に使用された。
生徒や教師によっては本日の学園の滞在時間の半分以上をこの屋内闘技場で過ごした者も居たくらいだ。
魔法武道部の部員達もこの例に洩れない。
彼女達は日々、練習に明け暮れ、一般生徒のように買い物や食事、デートを楽しむ時間は限られている。
学生寮で生活している者は尚更だ。
加えて、王都の一般の店で購入するより今回の緊急出張販売は売値が安いとくれば彼女達には大歓迎の行事なのである。
ミシェル・エストレとオルガ・フラヴィニーもそんな生徒達の中の2人であった。
「今日は昼間、思い切り買い物が楽しめたし、良い日だったわ。部活の訓練も30分早く終わったけど……何かあるのかしら?」
「シンディ先生とルウ先生からお話がおありだと、ジゼル部長が仰っていたわ」
「お話って……一体!?」
「しっ! 両先生がいらっしゃったわ」
ミシェルとオルガが言う通りに一旦、闘技場を離れていたルウとシンディが姿を見せた。
ルウの指示でジゼルとシモーヌが全部員を整列させる。
「本日はロドニア王国との対抗戦での出場者に続いてサポートスタッフを発表する」
サポートスタッフ!?
ジゼルとシモーヌ以外の選抜メンバーは驚いた表情だ。
事前に何も知らなかったに違いない。
逆に今回選抜から洩れた部員達全員の表情は明るかった。
こちらは十分な説明を受けて納得している面持ちだ。
シンディがルウに目配せすると彼は部員の前に一歩出た。
「この魔法武道部のやり方を変えた時に俺が話した事を覚えているか?」
部員達は記憶の糸を手繰ると思い出したとばかりに頷く。
「俺はこのヴァレンタイン王国を打ち立てた英雄バートクリードの話をした筈だ。その真意は……難事を成し遂げる際には、いくら強力でも限られた『個』の力より、様々なタイプの力を結集した――集団の力の方が優れているという事を言いたかったのさ……このように全員で団結して任務にあたる事を、ある東方の国の言葉では戮力協心というらしいぞ」
生徒達はルウを食い入るように見詰めている。
「今回のロドニアとの対抗戦も同じ……その為には一体何が必要か? お前達には今、行っている魔法武道部の訓練の事も含めて、それを考えて欲しいのさ」
1年生のフルール・アズナヴールはルウの言葉を聞いて何かピンと来た様で納得したように頷いていた。
ミシェルとオルガは未だ答えが見付からず、必死に考えている。
ルウがこのように言うからには何か意味がある筈だ。
そうでなければ今回の選抜から洩れた部員達があのように晴れやかな表情をしている理由が無い。
「では役割分担を発表する。スコア班――」
ルウは次々と役割とそれを担当する部員を読み上げて行く。
生徒達は名を呼ばれると誇らしげに胸を張って返事をした。
連絡班、用具班、食事班――
そして最後の役割として救護班のメンバーが読み上げられた。
ルウから最後に呼ばれた生徒が大きな声で返事をした時にミシェルは、はたと手を叩く。
「分かったわ! 相手チームに勝利する事は大事だけど、ロドニアとの親睦を無理なく自然に深める事は単に勝つ事より遥かに難事で重要なのね。今回は対抗戦という依頼を無事に終了させ、相手にも満足して貰う事が最大の目的じゃあないかしら」
オルガは親友のいきなりの大声に吃驚している。
それに構わずミシェルの『独り言』は続く。
「クランに例えて言えば私達選抜メンバーが攻撃役や盾役なら、スタッフは強化役や回復役ね! サポートスタッフとはクランメンバー同様に今回の依頼には無くてはならぬ大事な役回りになるのよ」
ミシェルの言葉を聞いた同輩のオルガも「ああ!」と納得の表情で大きく頷いたのである。
そんな2人の下へ傍らに居たジゼルとシモーヌが満面の笑みを浮かべて話し掛けた。
「ははは! ミシェル、気付いたようだな。だが、大きな声だ、私達の所まで聞えたぞ」
ジゼルが笑顔を見せると、シモーヌも慈愛の篭もった目でミシェルを見詰める。
「我々は先生方から事前に説明をして頂いている。それに比べて自力で気付くとは大したものだ」
部長と副部長に褒められて、さすがにミシェルも照れたが、暫くすると一転して厳しい顔付きとなった。
「先日のジゼル部長のお言葉、そして今のルウ先生のお言葉……私はおふたりの言葉の本当の意味をもっと早く気付かねばならなかった……反省しております」
俯くミシェルを今度はジゼルが励ました。
「ミシェル、お前は熟考して結論を出すタイプだ。物事を直ぐ理解出来る努力をするのに越した事は無いが、折角、部員と言うタイプの違う仲間がたくさん居るのだ。お前はまず自分の持ち味を存分に出す事を考えた方が良い」
「……分かりました! 私は努力しつつも自分の持ち味を活かして行きます。ところで先輩方は、もういつ引退されても大丈夫ですよ。今年は1年生達も素晴らしいですしね。安心して我々、下級生にお任せ下さい」
「ははは! そう来るか! 頼もしいと奴だと褒めたいが……舐めるなよ、9月まではびしびし行くからな!」
笑顔で返すジゼルに対してミシェルはさすがに言い過ぎたかと苦笑いして頭を掻く。
確かにミシェルは成長しつつあるようだ。
日々の訓練から得た強さが少しずつ自信に変わり、当初クラスに溶け込めなかったオレリーを始めとした同級生や、部の規則に不慣れな後輩の世話をして来た面倒見の良さは彼女を慕う声という人望になりつつある。
かといって春先にルウとフランの後を尾行したお茶目な好奇心も失われてはいない。
ここまで来ると残りの選抜メンバーも『スタッフ』の意味を理解した。
魔法女子学園魔法武道部は教師以下、全部員が一致団結してロドニア王国との対抗戦に臨む事になったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
練習終了後……
闘技場から更衣室へ引き上げるルウと顧問のシンディ・ライアンは笑顔で歩いていた。
彼女の笑顔はルウへ感謝の気持ちから来るものだ。
「ルウ君、全員がやる気になったのは貴方の話のお陰よ。でもこの部のやり方を変えたクラン方式って全ての事に繋がるのね」
「ああ、シンディ先生。俺達が生活しているこの王都もそうだし、全てが同じさ。人は各自が助け合って生きるのが自然な事で、自分1人だけで生きて行く事は難しい。例え出来たとしても大抵が上辺だけのもので、それも味気ない人生になってしまうのさ」
ルウの言葉は司祭や僧侶も説くものではあるが、実際に現実として目の当たりにすると抵抗無く納得してしまうものだ。
「そうだ、夏季休暇に入ったら英雄亭でジョナサンとエミリーの婚約祝いのパーティをしましょうか。店主のダレンさんとも話していたのですよ」
「ああ、エミリーの大伯父様のお店ね……お料理とお酒がとても美味しいんですって?」
シンディはルウからの提案に快く頷いた。
英雄亭は本来、上級貴族であるライアン伯爵家が普段行くような店ではなかったが、エミリーは勿論、最近はジゼルからも話を聞いてシンディは興味を持っていたのである。
「ああ、最高の店ですよ。気のおけないメンバーのみでやりましょう」
「ありがとう! 嬉しいわ!」
人間には年齢や立場における相応の幸せというものがあるらしい。
シンディは、魔法武道部の顧問、そして愛する息子を持つ母親として今、それを存分に味わっていたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
※体調は未だ万全とは行きませんが頑張りますので何卒宜しくお願いします。




