第41話 「春期講習⑤」
春期講習の、第2時限目が終わった……
呼吸法同様、集中力と想像力を高める訓練も、生徒達には好評である。
生徒達は、授業終了後楽しげに話していた。
これ迄フランが行って来た授業と比べれば明らかに様子が違っている。
各自、結果は様々のようだが、楽しんで訓練が出来たようだ。
次の第3時限目は、教室や図書室で自習となっていた。
その為、ルウはフランと別れて一旦職員室に戻った。
ルウがドアを開けて職員室に入ると、同じく新人教師のアドリーヌ・コレットが駆け寄って来る。
「ね、ねぇ、ルウ先生はどうだった?」
「どうって授業か? 何とか、なったぞ」
「そ、そう……何とか、なったのですか……」
「うん! 生徒が皆、楽しいって言ってくれた」
ルウが答えると、アドリーヌは彼をじっと見つめた。
そして「はぁ」と、大きな溜息をついたのである。
「私って、駄目だなぁ……」
アドリーヌは消え入りそうな声で呟いた。
なので、ルウは思わず尋ねる。
「おいおい、どうした? アドリーヌ、何かあったのか」
何と!
アドリーヌの目に、大粒の涙が溢れていた。
ルウが話を聞くと……
初めての授業という事で、とてもあがってしまったらしい。
盛大に噛んだり、焦ってしまったせいで、生徒達から『頼りない先生』だと言われてしまったようだ。
「アドリーヌ、お前と組んだ先生は?」
「ボードリエ先生よ」
「ええと……」
ルウは辺りを見回した。
しかし、アドリーヌと組んだ元神官の先輩教師であるクロティルド・ボードリエは席を外していた。
仕方なく、ルウはアドリーヌに向き直る。
アドリーヌは自分と同じく副担任という立場である。
指導役のボードリエは、アドリーヌへどのように指導したのであろうか?
「アドリーヌ、ボードリエ先生は、お前に何と言ったんだ?」
「う、うん……貴女も教師なら、自分で考えて何とかしなさいって……」
アドリーヌはそう言うと、手で顔を覆ってしまった。
泣き顔を、ルウに見られたくないのであろう。
「アドリーヌ、それって、意味がある言葉だぞ」
「い、意味ですか?」
アドリーヌはハッとして、顔を覆っていた手を外し、ルウを見た。
相変わらず、目は涙でいっぱいである。
ルウは微笑み、自分のハンカチを渡した。
アドリーヌは感情が高ぶって、涙を拭く事さえ忘れていたのだ。
「あ、ありがとう!」
渡されたハンカチを目にあて、アドリーヌは涙を拭いた。
ルウが見た所……
教師の中で、意地が悪いような、どす黒い負の魔力波を出す者は居なかった。
クロティルドも、元神官だけあって、穏やかな優しい魔力波を放出していた。
今回の件も、後輩のアドリーヌを思って、敢えて突き放したに違いない。
「アドリーヌ、まずは、何故失敗したかをじっくり考えよう。思い当たる事……あるよな?」
「ええ……」
「自分で考えるというのは、そういう事だと俺は思う」
いくら先輩でも、困った時に何でも助けてくれる便利屋ではない。
パニックに陥ったアドリーヌは、その場ですぐ、クロティルドに方法を聞いたのであろう。
それも、今にも死にそうな表情で……何度も……
「教壇に立った途端、頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなったの。上手くやろうと思っていたのに……とても、情けないです……」
「元気を出せ! アドリーヌ!」
肩を震わせ、嘆くアドリーヌに対し、ルウは肩を「ぽん」と叩く。
「開き直ってしまおう! 俺達は新人教師だ。下手で当たり前と勘違いしちゃいけないけど、かと言って最初から上手くやれるわけもない」
「ええっ!? 開き直るのですか?」
ルウの大胆な発言に、アドリーヌは驚いた。
「そうそう、間違いをしたら謝罪は必要さ。だけど、失敗をずっと引きずらずに、常に穏やかで堂々としていれば良い」
「穏やかで堂々と?」
「そうさ、アドリーヌは話す時、焦ってしまう癖があるだろう? 別に誰も文句なんか言わないから、ゆっくりと内容を確かめながら話せば良い」
「……そうか! ゆっくり話しても、別に誰も文句なんか言わないですよね?」
ルウのアドバイスで、やっとアドリーヌにも笑顔が戻って来たようだ。
「ルウ先生、いいえ、ルウさん! 本当にありがとう! ああ、もう時間です!」
「おお、胸を張って堂々と、授業へ行って来い! 頑張れよ! また何かあったらどんどん俺に言って構わないぞ!」
「はいっ!」
ルウのハンカチを握り締めながら手を振り、自分の担当クラスに向かうアドリーヌ。
それを見送るルウの表情はいつも通り穏やかなものだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
講習の、3時限目は自習である。
生徒達は『魔法学Ⅰ』を開いて読み込んだり、呼吸法や集中力を高める訓練をしていたり……
思い思いに過ごしていた。
フランは既に教室に戻っており、ルウが教室に入ると、晴れやかな笑顔を向けて来る。
そして、ルウが教室に入るやいなや、
学級委員長であるエステル・ルジュヌを先頭に何人かの生徒がこちらに向かって来た。
ルウは教壇の脇に設けられた、副担任用のやや小さな教壇に立って、彼女達を迎える。
「ルウ先生! ご相談があります」
まず声を掛けて来たのは、そのエステルだ。
「ここに居るのは、もう将来への目標を定めて、具体的な進路や方法を考えている者達です。私達を個別に、相談に乗って頂く事は出来ますか?」
エステルは、教師としてのフランに、見切りをつけていた節がある。
はっきり言って……舐めているのだ。
「ああ、任せろ。フランシスカ先生共々、相談に乗ろう」
いつもの穏やかな笑みを浮かべながら、ルウは言った。
ルウの言葉を聞き、エステルはハッとした。
元々聡明な彼女は、ルウの意図をすぐに気付いた。
とても、罰が悪そうな顔をすると……
すぐにフランの下へ行き、同じ事をお願いしたのである。
エステル達が自分の席に戻ると、今度はジョゼフィーヌがルウの下へやって来た。
「おお、ジョゼフィーヌ! 良かったな、お前」
目の前に立つジョゼフィーヌに対し、ルウはいきなり声を掛ける。
実のところ、ジョゼフィーヌはルウへ特別に個人授業を頼もうとしていた。
だが、いきなりそう言われて、彼女の気勢は殺がれてしまった。
「な、な、な、何がですか?」
「ジョゼフィーヌ、お前さっきの呼吸法を行なった際、精霊の加護を受けたようだな」
「え?」
「おめでとう! お前には、素晴らしい風属性の才能がある」
「えええええ!!!」
ルウの言葉を聞き、満足な声も出ないジョゼフィーヌ。
自分に、素晴らしい才能がある。
そんな事を言われたのは、初めてだったから……
「わわわ、私に素晴らしい、才能!?」
「ああ、精霊を信じて真面目に頑張れば、相当の腕を持つ、上級魔法使いになれる筈さ。但し、慢心しちゃ駄目だぞ」
ジョゼフィーヌは大きく目を見開いて、ルウをじっと見つめた。
穏やかに笑う、ルウの顔が涙で霞んで行く……
母を幼い時に亡くしたジョゼフィーヌは、ひとり娘という事で、父の伯爵からは溺愛されていた。
人より少し魔力があったせいで、父の口利きもあり、この魔法女子学園に入学したのだ。
入学後……
言う事を何でも聞く、『取り巻き』も出来た。
そして、残り少ない自由な青春を、思う存分謳歌しようとしたのだ。
何故ならば、卒業したら、家格に合った相応の相手を見つけ、結婚させようというのが父の方針だった。
ジョゼフィーヌ自身、それが貴族家に生まれた、人生の規定路線だと思っていたからである。
それが……何という事だろう。
自分の前に、急に道が開けてしまった。
上級魔法使いへの道が……
「あああ、あのルウが! い、いえ! ル、ルウ先生が、いろいろ教えてくれるのですよね?」
「ああ、任せろ!」
「任せろ! ですって? そう仰ったからには……絶対に責任を取って頂きますわよ! 宜しくて?」
ジョゼフィーヌの、言質を取るような言葉を聞いたルウ。
苦笑し、「大丈夫だ」と答えたのである。
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