第408話 「サプライズ」
魔法女子学園2年C組教室、月曜日午前9時……
週明けの月曜日のこの時間、2年C組の生徒達は1人も欠ける事無く授業に出ている。
全員出席の教室を見たフランは満足そうに朝の挨拶をし、ルウも追随する。
「皆さん、お早うございます!」
「お早う!」
「「「「「「「「「「お早う御座います!」」」」」」」」」」
もう6月も中旬を過ぎている。
7月10日で学期の上期は終了し、9月9日まで2ヶ月の夏季休暇に入るのである。
2年生ともなると各自の魔法の才能ありきで、どうしても専門科目の授業に目が向けられ、課題をこなして単位を取る事が重視される。
しかし、その前に生徒達はクラス毎の基本科目の課題もこなさなくてはならないのだ。
6月下旬には基本科目の課題の上期期末試験が行われるが、魔法の基礎知識である魔法学Ⅱを基にしたもので、これは筆記だから未だ良い。
問題は未だ2つの実技課題をクリアしていない生徒である。
2年生全体を見れば、対象の生徒は結構居た。
これは魔法使いとしては甚だ不味いとされている。
才能に左右される召喚魔法はともかく、攻撃・防御どちらかの魔法の課題はクリアしておかないと魔法使いへの道を諦める事にもなりかねないのだ。
但し、救済措置はいくつか設けられていた。
生徒には早熟、普通、晩成など成長速度に差があるので、11月までの猶予期間が設定されているのと、更なる特別措置として専門科目の成績が極めて優秀であれば基本科目の単位不足が考慮されるのである。
例えば基本課題の単位が足りなくても魔道具研究を学ぶ生徒が魔法鑑定士B級の資格を取得出来れば基本科目の実技は免除といった具合にだ。
魔法使いとは所詮、何かに秀でた専門職である事が1番に評価されるのだ。
上期終了後の学習予定だが、春の休暇の際に春期講習があったように、当然夏期講習もある。
更に夏季休暇中盤にはもう将来を見据えて教師による本格的な進路相談も始まるのだ。
フランとルウによって今後の予定と注意事項が詳しく説明されて行く。
両教師の説明に対して2年C組の仲良し3人組みは熱心にノートにメモを取っている。
説明が終わって生徒からの質問の時間に移った時、彼女達はそっと小声で話し始めた。
「ジョゼ、夏季休暇って結構、忙しくてあっと言う間よね」
「そうですわ、オレリー。去年は長いようで、結局短い夏季休暇となってしまって……今年は有意義に過ごさないといけないですわね」
オレリーとジョゼフィーヌの話を聞いてわくわくした嬉しそうな顔が隠せないのがリーリャである。
「ロドニアは夏が短くて必然的に夏季休暇も短いのです。ヴァレンタイン王国に来て初めての夏休みだから、リーリャは嬉しいですよ」
そんなリーリャを見てオレリーとジョゼフィーヌも嬉しくなったのであろう。
つい声が大きくなった。
「リーリャはロドニアへ里帰りするのでしょう?」
「私達も一緒に行くからね」
「わぁお! 心強いですよぉ!」
リーリャの可愛い声が教室に大きく響いた瞬間であった。
ぱんぱんぱん!
フランの手が短く打ち鳴らされる。
「こらぁ! 静かにしなさい!」
フランの雷が落ちて3人はぺろっと舌を出して亀の様に首を引っ込めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園研究棟2階ルウ・ブランデル研究室、午後12時過ぎ……
とんとんとん!
ドアがリズミカルにノックされた。
同時に特長のある声が響く。
それは先程、教室に響いた可愛い声である。
「だ! ……いいえっ、ルウ先生。リーリャですっ、お呼びでしょうか?」
お昼休みという事もあってりーリャはルウに呼ばれたらしい。
「ああ、入ってくれ」
「失礼します!」
何の用事であろうか?
逸る気持ちを抑えながらドアを開けるリーリャ。
彼女は素早く部屋に入るとドアを後ろ手で閉めて部屋の中を眺めたのである。
リーリャの視線の先にはルウが居た。
彼は両手を広げて彼女を受け止めるべく待っている。
リーリャは一瞬、躊躇する。
実はルウとは婚約者同士でも、その間柄を知る者は一部に限られている。
公の場である魔法女子学園では教師と生徒として、その一線を引いているからだ。
しかし、自分を見詰めているルウが大きく頷くとリーリャの目には涙が一杯溢れて来た。
今は構わないのだ、呼んでも……
愛する人を!
「旦那様~っ!」
リーリャは大きな声で叫ぶとルウの胸に飛び込んだのだ。
「旦那様~っ! 旦那様~っ!」
嗚咽しながら胸に顔を埋めるリーリャの背中をルウは優しく撫でてやる。
「あううううう……寂しかったです、リーリャは寂しかったんです」
リーリャは今朝ルウに会っても元気に挨拶したものの、僅かに微笑んだだけだ。
しかし本当はルウに会えない寂しさを必死に耐えていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私にバートランドのお土産……ですか? お姉様方は?」
ルウが硝子製のマグカップが入ったお土産の箱を収納の腕輪から取り出すと、リーリャはまず他の妻達の心配をした。
このような所も王族らしくないリーリャの奥ゆかしく優しい所だ。
ルウは穏やかな表情で口を開く。
「リーリャ……同じ事をジゼルも言っていたよ。リーリャが居ないから、私は選べないとな」
「え!? ジゼル姉が……私の事を?」
驚いて大きく目を見開いて問うリーリャに対して、ルウは肯定して大きく頷いた。
「ははっ、全員がリーリャと一緒に選びたかったようだぞ。でも大丈夫。とても多く買ったから、皆好きなものを選んだよ」
「う、嬉しいです! ……開けてみて良いですか?」
「おお、良いぞ。好きな物を1つ選んで、後はラウラ達へのお土産だ」
ルウの言葉を受けてリーリャは包み紙を外す。
彼女が箱の蓋を取ると先日他の妻達へお土産として渡した、美しい色とりどりのガラス製マグカップが綺羅星の如く、箱の中で並んでいる。
「わ! わあおおっ!」
リーリャはひと声叫ぶと視線が釘付けになった。
まるでガラス製のマグカップに魅入られたように動かない。
「リーリャ……話がある」
夢の世界から引き戻されたように訝しげな表情を見せるリーリャであったが、次のルウの言葉に耳を疑った。
「来月、お前の両親の所へ……お前を嫁として欲しいと頼みに行こうと思う」
「え!? 旦那様……今、何て?」
「お前を貰いに行くと言ったのさ」
「…………」
愛する夫の思いがけない言葉。
再度、聞き直したリーリャは吃驚して言葉を失い、ただただ唇を動かすのみであった。
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