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第407話 「思いやり」

 ルウ・ブランデル邸、日曜日午前8時少し前……


 今日は以前の約束通り、ルウとジョゼフィーヌの2人きりのデートの日である。

 この日の事をジョゼフィーヌは指折り数えて楽しみに待っていたのは言うまでもない。


 ジョゼフィーヌのたっての希望で朝食後に直ぐ支度をして出掛ける事になっているのだ。

 限られた時間の中でルウと少しでも一緒に居たいという彼女の気持ちの表れである。


 デートの服装も2人で相談して決めた。

 もう6月も中旬を過ぎ、だいぶ暑くなって来たので暑苦しくなく気軽な服装で行く事で一致している。

 ルウは萌黄色のブリオーに薄香色のズボンを穿き、明るい緑色のフェルト帽を被った。

 ジョゼフィーヌはというと水色のリンネルのチュニックに、羊毛で織られた淡い緑色のカートルを着て、頭髪は簡単に纏め、ギンプという薄紫色の帽子を被ったのである。

 ルウもジョゼフィーヌもヴァレンタイン王国一般市民の普段着のような恰好であった。

 準備が出来たと見て、ジョゼフィーヌがルウに声を掛ける。


「そろそろ出かけましょうか、旦那様」


「おう!」


 今日はバルバトスの魔道具店『記憶メモリア』の手伝いも妻達のうち、数人が行く事になっているが、午前11時開店なので、この時間に屋敷を出るのはさすがに早過ぎるのだ。

 というわけで現在屋敷に居るフラン以下5人の妻達と使用人達がルウとジョゼフィーヌを見送る。


「「「「行ってらっしゃ~い!」」」」


「「行って来ます」」


 妻達はルウに等しく愛されていると分かっているので、ジョゼフィーヌに対する嫉妬や、やっかみは全く無い。

 それどころか、かつてのジョゼフィーヌを知る者にとって今の彼女の変わりようは驚くべき事だ。

 日々、この屋敷で暮らせる事に感謝し、家事や雑務にも率先的に働くジョゼフィーヌに対する賞賛の声は大きいのである。


 いつものように正門脇に寝そべるケルベロスはルウとジョゼフィーヌにぴくりとも反応しない。

 その脇を2人は手を繋いで歩いて行ったのである。


「うふふ……旦那様と2人きりで出かけるなんて、ジョゼは初めてです。本当に嬉しいですわ」


「ははっ、俺も楽しいよ。それにこれからはどんどん増えると思うぞ」


 ルウの言葉を聞いたジョゼフィーヌは満面の笑みを浮かべると繋いだ手にきゅっと力を入れて握り直したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウとジョゼフィーヌは貴族街区を抜けて中央広場を歩いている。

 いつもは混雑する中央広場も日曜日でまだ朝8時30分を過ぎたばかりのせいか、人通りは少ない。

 露店も数多いのだが、ジョゼフィーヌが左右を見渡しても、殆どが未だ準備中であった。


「今回のデートにあたっては皆に話を聞きましたの。リーリャとはこちらの露店で食事をされたそうですわね」


 確かにリーリャとはヴァレンタイン王国に来た当初、お忍びデートをして露店での食事を楽しんでいる。

 ルウにその時の料理の記憶が甦る。


「ああ、色々食べて美味かったぞ。ジョゼも好きなものをどんどん食べてくれ」


「ありがとうございます! 食事をする前に旦那様……お話がありますの。もし差し出がましいということであれば、お叱りくださいませ」


 ルウが遠慮しないようにと勧めて一旦は礼を言ったジョゼフィーヌであったが他に大事な話があるようだ。

 それがどのような事か、ルウには分かっていたようだ。


「……リーリャの事だな」


「はい! このままでは彼女が本当に可哀想ですわ。休暇に入ったら出来るだけ早くロドニアの国王陛下へ結婚のお許しを頂きに……何卒!」


 両手を合わせてルウに頼み込むジョゼフィーヌの姿は必死そのものである。


「分かった、その件は俺も前々から考えていたんだ。夏季休暇に入ったら間をおかずにロドニアへ行くように調整しよう」


 ルウが了解するとジョゼフィーヌはやっとホッとした表情を見せた。


「よかったですわ! 本当によかったですわ!」


 リーリャの事を自分の事のように喜ぶジョゼフィーヌに、ルウは胸が熱くなる。


「おいで、ジョゼ! お前へのプレゼントはもう決めてあるんだ!」


「本当ですか? 嬉しいですわ、旦那様!」


 にっこりと笑いかける愛しい妻の顔が眩しい。


 さっきのお返しとばかりにジョゼフィーヌの手を改めて確りと握り、ルウはゆっくりと歩き出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウがジョゼフィーヌを連れて行ったのは1軒の小さな洋服店である。

 コクトォ洋服店と地味な看板を掲げている、渋い趣の店だ。

 何となく、自分が週に数回、手伝いに行くバルバトスの魔道具の店『記憶メモリア』に雰囲気が似ているなと、ジョゼフィーヌは思う。


「ここ……ですか? 旦那様」


「ああ、そうだ」


 2人が頑丈なドアを開けて店内に入ると、派手ではないがシックな商品がトルソに着せられて数体並べられている。

 正面の作業台には仕事を行っていた店主らしき老齢の婦人が居たが、客であるルウとジョゼフィーヌに気が付くとにっこりと笑いかけた。


「あら、ルウ様! これはこれは……奥様もご一緒ですね。ようこそいらっしゃいました」


 彼女はマルエル・コクトォ……この店の女主人であり、キングスレー商会専属の仕立て職人のエルダ・カファロの師匠である。


 ルウはそもそもキングスレー商会でジョゼフィーヌへのプレゼントを作って貰おうと考えていた。

 自分の考えていた商品の相談をしたところ、商品の内容をじっくりと聞いていたエルダは、辺りを見回して支店長のマルコが居ない事を確かめると、それなら自分よりマルエルが良いと推薦してくれたのである。


「それって……本当は私が作りたいのですが、現状では得意、不得意もありますし……私の師匠の方がずっと宜しいかと」


 ルウに対して「いずれ私もご期待に沿えるようになります」と悪戯っぽく笑ったエルダ。

 本来ならキングスレー商会の売上げを考えれば受けるべき注文であるが、エルダはルウとジョゼフィーヌの事を第一に考えてくれたのである。


 彼女の折角の好意に応える為にルウはその後、直ぐに紹介された店に行ったのだ。

 ルウと会った店主のマルエルは彼の要望を聞くと目を輝かせて、注文を快諾したのであった。


「ルウ様からお話は伺っております。さあ奥様、採寸しましょうか」


「は、はい! でも一体旦那様……どのようなお洋服を、私に?」


 ジョゼフィーヌも年頃の娘であり、貴族令嬢という環境から今迄、服や化粧の仕方には拘って来た方だ。

 ルウの妻となってから華美な暮らしはやめているが、やはり気になってしまうのであろう。


「大丈夫ですよ、きっと、とてもお似合いになりますよ」


 少し不安げに採寸されるジョゼフィーヌに対してマルエルはにっこりと自信たっぷりに笑ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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