第406話 「幕間 悪魔達の思い」
ルウがバートランドへ出発して間もなくの事……
人の入り込めぬ異界において、見るからに怖ろしい異形の悪魔が2人、会話を交わしていた。
1人は梟の頭と狼の胴に前足、蛇の尾を持つ逞しい悪魔であり、もう1人は猛々しい竜に跨り、雄牛、人間、そして山羊計3つの頭を持つ巨大な悪魔だ。
この2人こそ今やルウの従士として付き従うアモンとアスモデウスである。
2人は何か相談事をしているようだ。
「ルウ様がこの約3日間は不在となる……この人間の街、セントヘレナの治安の維持は我々が担うのだ。心して守護するようにしろよ、アスモデウス」
「アモン! お前に言われんでも分かっておるわ! 我々を信じて任せてくれたルウ様の期待にしっかりと応えなくてはな」
当初、一緒に王都の守護を命じられた悪魔の1人、アンドラスがルウの指示で、エドモン・ドゥメール警護の為にバートランドに移動したので、若干こちらの面子が手薄となっている。
期待されているとみて、その分2人の気合は半端ないのだ。
反面、アスモデウスがルウの配下である他の悪魔を詰る。
「バルバトスとヴィネの奴は道楽でやっておる、あの妙な魔道具店にかかりっきりだし、オセの奴は人間界の俳優になりたいなどと我儘を言い出しやがって!」
「まあ良いじゃあないか。ルウ様は我々の行く末も考えてくれているからな。お前にもこれから何か指示がある筈だ」
不機嫌そうなアスモデウスを宥めるアモンだが、彼に対してルウが命じた仕事も根気が要るものだ。
アスモデウスはアモンの顔を見て嘆息する。
「アモンよ、お前もあのような半端な人間達の『お守り』を命じられて大変だな」
「ああ、鋼商会の奴等の事か?」
「そうだ、鉄だか、鋼だか……訳の分からぬ奴等の事だ」
「そう言うな……ルウ様は俺に人の子を良く知る機会を与えてくれたのだ」
「人の子を良く知る機会だと?」
「ああ、そうだ! 結構面白いぞ! 人の子とは我等と全く違い、最初は酷くひ弱で未熟なのだ。それが直ぐにとは行かないが、何度も失敗を繰り返しながら、確実に成長して行く」
「成長……か……我等、悪魔には無縁の言葉だな」
アスモデウスが少し俯き加減で呟く。
彼が騎乗した竜も寂しげに吼えた。
基本的に神の使徒及びかつてそうであった悪魔達は最初から高い能力と素晴らしい知識の数々を与えられている。
その為なのか、分からないが彼等が成長……更に『上の存在』になる事は殆ど無いのだ。
「だが俺は今回の事で『人の子』とは何かという事を初めて学んだぞ。これは今迄に無い感覚だ」
「な、何!?」
「これもルウ様の深謀遠慮だ。俺は改めてあの方について行こうと決めたぞ」
「…………」
「おい! また結界にいくつか反応がある! ……どうやら侵入者達の様だ。だが殺気は無い……という事は?」
「多分、あの本屋の親爺のような奴等……だろう」
本屋の親爺とはあの不思議な異界の書店『幻想』を王都の書店通りに隣接する異界で営む悪魔オロバスである。
だがオロバスのような無害な悪魔は未だ良い。
問題は人に害を為す存在だ。
王都のような人間の多い街には精霊や妖精、悪魔など、彼等が持つ特有の好奇心からちょっかいを出す事も多々ある。
その為に街の重要部分を守ったり、侵入者をチェックする結界や魔法障壁は必要不可欠なのだ。
ルウが張った結界及び魔法障壁もあり、それはブランデル邸とドゥメール邸、そして魔法女子学園に設置されている。
この結界は魔力波を登録された者しか基本は出入り出来ない。
生半可な人外が『悪意を持って無理に』入ろうとして触れたりすると、その防衛機能からあっさりと彼方に弾かれてしまうほど強力なものだ。
無論、侵入しようとした者達の『履歴』は残る。
ルウから王都の守護を任された、ルウの従士であるアモンとアスモデウスは悪魔達の中でも強大な力を誇る指折りの精鋭である。
彼等は上記以外の決められた王都の領域を分担して各自が結界を張っている。
彼等の結界はルウの結界の強靭さには及ばないが、同じ防衛とチェックの機能は併せ持っている。
街に入ろうとした人外は毎日数限り無い規模だ。
全てをルウに報告すると膨大な数となってしまう。
なので結界に触れても、その場に存在している――が、彼等がルウへ報告する基準になっているのである。
オロバスの場合がまさにそうであった。
彼は異界の入り口を書店通りに設置しようとしたが、結界に阻まれて設置出来ず、アスモデウス経由で念話を使い、ルウに面会を申し込んで来たのである。
果たして今回は……
アモンとアスモデウスは顔を見合わせて頷くと早速、反応があった箇所に向ったのであった。
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――アモンとアスモデウスは悪魔達と面会し、彼等の希望を聞くとルウへの取次ぎを承諾した。
今回もルウに仕えたいと言う者、アッピニアンの脅威から守って欲しいと言う者、自らの生きる道を探す手助けをして欲しいと言う者等様々である。
また訪れていたのは悪魔だけではなかった。
古の神の怒りに触れ、呪いで怪物に変えられて助けを求める元は人間であった者、かつて悪魔の姦計に落ちて捕らえられ、ルウに救出された妖精王オベロンがアヴァロンから寄越した使いの妖精も現れたのである。
そんな彼等を思い浮かべてアモンはふうと溜息を吐いた。
「しかし……皆、ルウ様を頼ろうとしているのだな……」
その呟きを聞いたアスモデウスはゆっくりと頷いた。
彼にはその気持ちが理解出来るようだ。
「ああ、俺も以前アッピニアンから救って貰った。今の境遇の上辺だけを見て、結局、人間に使われるのなら同じではないかと抜かす同胞も居るが……奴等は愚かだ、分かっておらん。今の俺は自分の意思でルウ様の従士となって満足しているのだから」
「人間ながらかつて我等を支配したルイ・サロモンとも、また違う……似てはいるが違う……な」
アモンは人間ながら自分を含めて強大な悪魔72柱を使いこなした人間の魔法王ルイ・サロモンとルウを比較した。
様々な魔法を行使し、悪魔を使役したルイ・サロモンは確かに今のルウと共通点はある。
だが……やはりルウはルイ・サロモンとは違うのだ。
根本的な違い……創世神から与えられた知恵と強力な魔道具を使い悪魔を支配したサロモンに比べ、ルウの求心力は魔法を含めた自らの実力、そしてルシフェルまでもが認めた愚直なまでの寛容さに裏づけされているからである。
その結果、人間に対しては嘘、偽りばかりを述べる悪魔が魂を開いて、自分の真意を洩らしてしまうのだ。
俺もあの小娘達と同じだな。
ルウの妻達の寂しそうな表情を思い出してアモンは思わず苦笑する。
数日見ないだけなのに、彼もあのルウの穏やかな笑顔を見たくて堪らなくなっていたからであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『高貴なる4界王』の異界、ルウが帰宅した土曜日深夜……
ルウは正面に立ち、左右を既存の従士達が固めている。
その対面にはバートランドで従士となった悪魔フォラスと面会を求めた悪魔達が並び、跪いていた。
フォラス共々、ルウが不在の際、新たに面会を求めた悪魔達も既にルウから従士として認められたのだ。
フォラスに加えて新たに従士となった悪魔はシメイスとストラスの2人である。
シメイスは冥界の侯爵だ。
フォラス同様、屈強な戦士であるが、倫理学と修辞学及び文法に関しての深い知識を有している。
隠された財宝や失われたものを見つける能力にも長けている優れた悪魔なのだ。
今回彼がルウに協力を申し出たのはアモンが鋼商会の指導をしている事からであった。
未熟な男を1人前に育てる事を喜びとする――そのような性癖を持つシメイスにとって、自分達、悪魔には無い成長する可能性を持った発展途上の人間を育ててみたい、これがシメイスの望みであり、ルウは快く承知したのである。
一方ストラスはルウがルシフェルの使徒である事を理由に従属を申し出たのだ。
冥界の公爵であり、ルシフェルの忠実な部下であった彼は当初、ルウに対してとても懐疑的であった。
ストラスにとって主はあくまでもルシフェル1人……
主人の事を全て知り尽くしているつもりだったストラスにとって何故ルシフェルが使徒としてルウと契約し、……それも対等とも言えるやりとりを認めたのか全く不可解なのである。
その謎は現在も、解明されてはいない。
ルウとの間に何があったのか、ルシフェルは腹心と呼ばれる悪魔にも決して明かさないのである。
ストラスは仕方なく両者をそっと見守る事にした。
だが、人の域を遥かに超えた様々な力や悪魔達を救った寛容さをルウが何度も見せるにつれてストラスは ルウの身近でそれを確認したくなったのだ。
当然、ストラスは自分の本音を語ってはいない。
彼は自分の持つ天文学や薬学、占星術、鉱物学の知識をもってルウに貢献したいと伝えたのみなのだ。
かつて古の魔法王ルイ・サロモンが率いた悪魔は総勢72柱……
ヴィネ、アンドラス、バルバトス、パイモン、アスモデウス、オセ、アモン、ヴァッサゴ、オロバス、フォラス、シメイス、ストラス……これでルウの従士として、そのうち12柱もが彼の下に集まったのである。
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