第403話 「歩み寄り」
男はルウをじっと見ると会話を念話に切り替えて来た。
『我が名はフォラス! 冥界の頭領である。ルウ・ブランデル、貴方に仕える為にここでお待ちしていた次第!』
悪魔フォラスが人化した者、それが目の前に居る屈強な男の正体であった。
魔力波に殺気は全く無いが、モーラルはルウと悪魔の念話を聞き、フランとミンミを庇って、やや後ろに下がらせる。
悪魔フォラス……
格闘戦を得意とし、隠れ身や長命の術にも長けた悪魔である。
論理学、倫理学にも通じ、宝石や薬草の効能の知識を極めているという。
ルウに浮かんだフォラスのイメージを相手の魂へ流してやると相手は喜んだようだ。
『ははは! 我を良く理解して頂いているようだ。それにブエルほどではないが、医術もそこそこ使えるぞ』
フォラスは自分の力を誇るように言う。
自分を売り込む為には必要な事であるが、ルウはそんなフォラスに改めて問い質す。
『ひとつ聞こう。俺に仕えるのは無条件か? それとも条件付きか?』
『条件など無い! 今、悪魔達は仕えるべき主を求めて動き出している。貴方の存在、そして大魔王バエルの出現に影響されてな……多分、貴方がお住まいの街にも結構な数の悪魔達が現れている筈だ』
フォラスはルウの問いに即答すると巷の悪魔達の動きについて語ったのである。
確かに様々な悪魔達が頻繁にルウへ会いに来ていた。
高貴なる4界王の1人である西界王パイモンからも、そのような悪魔達を取り纏めるのが大事だと暗に言われたのである。
そこでルウは気になる事を聞いてみた。
『バエルの背後には彼を使役するイクリップスと呼ばれるアッピニアンが居る。お前の真名を記したアッピンの紙片の所在は?』
『残念ながら……不明です』
フォラス自身もとても気にしていたのであろう。
痛い点を衝かれて、がっくりと項垂れてしまったのである。
今までの高圧的な口調も一気に変わってしまう。
それを見たルウは悪戯っぽく笑った。
『ははっ! お前を雇うのに、無条件どころか、しっかり条件があるじゃないか?』
『……は! 恐縮です』
『安心しろ、お前の心労を取り除いてやるよ。魔法でお前の真名を変えるが……良いな?』
『もしや!? それは!? あ、ありがとうございます! ありがとうございます!』
フォラスは創世神以外には、ルシフェルのみが行使出来るという『真名変更の秘術』を思い出したようだ。
ルウへ、ただただ感謝の言葉を発して来たのである。
その数日後……ルウの依頼によりルシフェルの秘術は行使され、フォラスは晴れてルウの従士となったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの人は悪魔だったのですね……」
ミンミが不安そうに聞いて来た。
ルウとの念話を交わした後、フォラスは笑顔で一礼し、姿を消している。
「ルウ様は彼を信じて従士として使われるという……だけど悪魔とは本当に信用出来るのでしょうか?」
そんなミンミの問い掛けをフランもモーラルも黙って聞いていた。
対してルウはいつもの穏やかな表情である。
「確かに彼等は天から地に堕ち、悪逆な存在となり人に災いをもたらすとも言われている……しかし、先程の彼の魔力波からは『真っ直ぐな誠意』が伝わって来たのさ」
「真っ直ぐな……誠意……」
「その誠意を受け取ろうと思う。そして俺の従士となり、人の子の革新と可能性を見届けたいという彼の志を信じるよ」
「…………」
ルウの言葉にミンミは返す言葉を失ってしまう。
彼は悪魔でさえ、自分達と同様に見ているからだ。
そんなミンミにルウはもっと身近な例を告げて来たのである。
「俺達と同じだよ、ミンミ。爺ちゃんが俺に歩み寄ってくれたから、今の俺があり、人間が大の苦手だったミンミとこうして楽しく歩いていられる……そう思わないか?」
「あううう……」
ルウに言われて蒼くなるミンミ。
意外なミンミの過去を聞いたフランは吃驚し、モーラルは笑いを必死に噛み殺した。
ミンミはかつて人間族や魔族を大いに嫌っており、ルウが来た時は即座に彼を放逐するよう、一族の長であるシュルヴェステルに直訴したくらいなのである。
それが今や、この変わりようだからだ。
「ははっ! 確かに誰にでもおいそれと出来る事じゃあない。何か問題が起きた時に責任を取れる立場じゃあないと、このような試みが出来ないのは認めるよ。だから爺ちゃんであり、俺なのさ」
「わ、分かりました! ルウ様は確かにミンミを変えてくれました。で、でもちゃんとその責任は取ってくださいよ」
「責任?」
「もう! ルウ様は意地悪です!」
聞き直すルウに対し、ミンミは大きく頬を膨らませ、口を思い切り尖らせて対抗したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こちらです!」
ミンミがルウの手を引っ張り、連れて行ったのは何とキングスレー商会の本店であった。
こちらは王都セントヘレナの支店に比べて店構えが3倍ほど大きい。
更に目立つのは王都以上に雑多な種族の客が支店の倍以上押し寄せている事だ。
「ここの商会の会頭はエドモン様の旧友ですから、冒険者ギルド所属の冒険者って言えば値段に結構融通が利くのです」
誇らしげに胸を張るミンミにルウは王都の支店には『行きつけ』だと告げる。
「ははっ! そうか? 実はこの店の支店には世話になっているよ。特に支店長のマルコにはね」
「ええっ!? ルウ様ってマルコさんをご存知なのですか?」
マルコの話をするとミンミの反応が少し過剰である。
「ああ、良い奴だろう?」
「……ええ、確かに良い人なんですけど……良い人止まりなんですよ、あの人」
ミンミによるとギルドマスターのクライヴにどうしてもと頼まれて、たった1回だけマルコとデートをしたそうである。
優しくて気配りは利く男性だったそうだが……会話の間が持たず、お互いに無言がずっと続いたらしい。
ルウ達は悲しげなマルコの顔を思い浮かべて全員が苦笑いしたのであった。
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