第401話 「クライヴの思い」
フランがギルドマスターであるクライヴ・バルバーニーに対して、妹分であるモーラルとの組み手を申し出たのには相応の理由があった。
フランは、彼等の反応から自分達との実力差を見抜いて気を利かせたのだ。
もしクライヴが模擬試合でルウ達と戦っても、サブマスターの1人であるブリアック・カルヴェが指摘したようにあっさりと負けるであろう。
フランはクライヴという人間の人柄や性格までは分からない。
しかし仮にも冒険者ギルドの、それもこのバートランドのギルドマスターならば、誇りを重んじない訳が無い。
ここでフランとモーラルの組み手を行い、魔法の実演と同様に、彼等に審査員として2人の評価を見て貰う形を取ればギルドの面目は一応保たれるのだ。
「むう……しかし……」
クライヴは口篭る。
未だ彼はフランの考えを理解してはいない。
そして自分の身をもってルウ達の力を判断したいと言う、彼なりの矜持も働いているのであろう。
ここで何か考えがあるのか、口を挟んだのはルウである。
「クライヴさん、今迄のパフォーマンスで俺達のランクをつけるとしたら、どうなる?」
「そりゃ、勿論全員Sランクか? ……いや、それは不味いな、エドモン様からも言われている」
「エドモン様から?」
ルウが思わず聞き直した。
どうやらエドモンの『意思』がクライヴには伝えられているらしい。
ルウにはきっとそれは自分達への好意から来るものであろうと容易に想像出来たのである。
「ああ、ルウ達をいきなりトップランクにして目立たせるなよ、と……その時は珍しく冗談を仰るなと思ったが……こういう事か……」
ここでルウはクライヴに提案をした。
エドモンの意向も加味してのものに違いない。
「ではどうだろう? フランは現時点で剣をあまり使えないし、これからやる組み手を見て貰い判断してくれないか? おこがましいが、ギルドに迷惑が掛かるならランクには拘らない。俺達に関してはクライヴさんの納得のいくランクで認定して貰えばOKだ」
ルウの提案とはフランとモーラルの組み手を、あくまでも特例の審査としてお願いする形だ。
ルウの言葉も丁寧で控えめであり、このやり方なら無理に模擬試合を行う必要も無い。
「…………分かった、ルウ、お前の言う通りにしよう」
ここまで来ると、さすがにルウ達が冒険者ギルドに対して気を遣っている事がクライヴにも理解出来た。
いや……ギルドと言うより、自分達幹部の立場を気遣ってくれたのだと。
クライヴはそう考えると拘りの気持ちがすっかり、ふっきれたのである。
だが、ある意味けじめをつけたくなったクライヴはルウにそっと囁いた。
「俺は慢心していた所があった。これから改めて修行をして自分を鍛え直す。その上で人払いをした場所にて、ルウ、お前と試合がしたい。頼めるか?」
「ははっ、喜んで……ではフラン、モーラル!」
「「はいっ!」」
それから30分後――今、フランとモーラルの組み手が終わった。
な、何なんだ!?
これは一体、何なんだ?
クライヴは改めて驚愕していた。
彼女達の組み手を軽んじていた訳ではないが、自分達の想像したレベルを遥かに超越していたからである。
見るからに華奢で美しい女達が行った組み手の人間離れした速度、切れ、そして見た事もない怖ろしい技の数々。
ブリアックもクライヴと同様に、口をあんぐりと開けた状態であり、この場で驚いていないのはアールヴであるミンミだけである。
クライヴの方に向き直って終了の礼をする2人。
「あ、ああ……お疲れ様……ではギルドマスター室へ……い、行きましょうか」
今のクライヴはそう言うのがやっとであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バートランド冒険者ギルドに隣接した応接室でルウ達は待っている。
隣室ではクライヴ達がルウ達のランクを決める為の打合せをしていた。
クライヴから呼び出しが来るのは、それからそんなには時間がかからなかった。
ギルドマスター室でランク決定の告知が為される。
「ではランクの認定を行います。ルウ・ブランデルさんはAランク。フラン・ブランデルさんはBランク、モーラル・ブランデルさんもBランクとなりました」
確かにルウ達の実力を考えたら、クライヴが言う通り全員がSランクでもおかしくはない。
しかし、それは全く前例がないのといかにも『目立ち過ぎる』のだ。
今度はルウが言う。
「クライヴさん、この『対応』でも充分に目立ち過ぎると思うのだが……良いのか?」
「いや、その点に関しても充分に議論は尽くした。それで着地点としては妥当だと言う結論になったのさ」
そう言われるとルウもそれ以上とやかく言うつもりはない。
「ただ、こうなると我々から極秘の指名依頼を行う可能性が無くはない。貴方がたは全員が実質Sランク以上なのだから」
ルウ達はランクには拘らないが、ここで実はランク別による大きな違いがある。
それははっきり言って報酬の違いだ。
指名依頼などをする場合、特にその差が顕著となるのである。
ここでクライヴが真剣な表情で話を切り出した。
「悪いが俺はルウに話がある……他の皆さんは冒険者ギルドの登録証の発行等もあるから、隣室で待機していてくれないか……ああ、ミンミとブリアックもだ」
それを聞いたフランとモーラルがクライヴに会釈して部屋を出ると、ミンミとブリアックも後に続いた。
「うむ……ルウ、実はお前とだけ話したい事がいくつかある」
ルウと2人きりになってクライヴは部屋に残って貰った用件を切り出した。
お互いに腹を割って話がしたいらしい。
クライヴの言葉に対してルウは黙って頷いた。
どうやらルウの様子だと、これから話す内容もある程度、予想しているようだ。
そんなルウにクライヴは人懐っこそうな笑顔で返す。
「まずは先程の礼を言う。お前は冒険者ギルドの尊厳をまず考えてくれた。本当の強者とはこのようなものと実感したよ。ただお前と交わした先程の試合の約束はしっかりと履行して貰うがな」
「ははっ、了解だ」
ルウの返事を聞いたクライヴは「ふう」と息を吐いて話を続ける。
「話は全く変わるが……俺はエドモン様を尊敬している。いや敬愛と言って良いかもしれない…偉大すぎる御方だが俺にとっては祖父のような存在だ……多分、お前も同じだろう」
ここでクライヴの口調が懸念の色に染まる。
「このヴァレンタイン王国は様々な強国に囲まれている。ロドニアとの間柄はひとまず落ち着いたらしいが、王都より価値の高いこのバートランドを狙う国々や組織はいくらでもあるという」
確かにヴァレンタイン王国の中心であるセントヘレナより、世界に通じる冒険者ギルドの総本部がある、この街を押える方が戦力的にはより価値が高いと考えてもおかしくはない。
「そのような状況を打破すべく、陰でいろいろと手を打って自国民のみならず他国民や多種族が滞りなく幸せに暮らせるようにしているのはエドモン様のお力なのにそれを分からない輩が結構居る。あまつさえ奴等はエドモン様さえ居なくなればという短絡的な考えに陥っているのだ」
ここでクライヴは今迄にない真剣な眼差しでルウを見詰めた。
「カルパンティエ公爵やナタンには悪いが、はっきり言って我が国の騎士隊は舐められている。残念ながら様々な危ない輩がこの国や街へ既に入り込んでいるのだ」
ロドニアの騎士達の態度もそうであったが、ヴァレンタイン騎士隊に対する評価は総じて低い。
しかし本来それを言うべきではない、冒険者ギルドの長であるクライヴの口からは過激とも思えるコメントであった。
「この世に満ち溢れた様々な悪意からぜひエドモン様を……騎士隊は元より、我々冒険者ギルドもエドモン様を全力をあげて、お守りせねばならぬのだ! お前にもぜひ力を貸して欲しい!」
クライヴはルウに向って右手を差し出した。
差し出された手は節くれだっており、ごつい。
ルウはそんなクライブの手を確りと力強く握っていたのであった。
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