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第40話 「春期講習④」

 ジョゼフィーヌは集中力と想像力を高める為に……

 何と!

 ルウを指名して来たのだ。

 

 はっきり言って、ジョゼフィーヌの容姿は美しい。

 腰まで伸びた、さらさらのストロベリーブロンド。

 一見冷たい雰囲気ながら、鼻筋が通っている端麗な顔立ち。

 微笑むと、男好きのする表情にもなる。

 スタイルは抜群であり、『牝牛』のリリアーヌ先生に負けない胸も相当なものだ。

 本人も自分の美しさをしっかり自覚している。

 絶対、ルウが言われた通りにすると思い込んでいる。

 なので滅茶苦茶、どや顔である。

 

 しかし、ルウの反応は素っ気無いものであった。


「ははっ、選んで貰って光栄だけど断るよ」


 ルウの言葉を聞き、ジョゼフィーヌは傍から見ていて気の毒なほど、動揺する。

 今まで、全てが思い通りになっていた彼女にとって、ルウと話すとペースが狂いっぱなしなのだ。


「ど、どうしてよっ! わ、私が頼んでいるのよ! 名門ギャロワ伯爵家の娘の、このジョゼフィーヌ・ギャロワがっ!」


「いや、俺はフランシスカ先生と共に、この2年C組全員の先生だ。いくら貴族の娘といえ、お前だけ特別扱いは出来ない」


 きっぱり断られ、がっくりと項垂れるジョセフィーヌだったが……

 ルウは彼女の前に立つと、ポンと優しく肩を叩いた。


「あ!」


 手から温かさを感じ、ジョゼフィーヌは、思わずルウを見上げた。

 ルウは、ジョゼフィーヌに向かって微笑んでいる。


「ジョゼフィーヌ、お前の事も、しっかり見ていてやる」


「え?」


「お前も、俺の大事な生徒だ」


「…………」


 ルウから、『大事な生徒』と言われ、ジョゼフィーヌは無言であった。

 素直に嬉しく思った反面、とても物足りなさを感じてしまったのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなこんなで……

 各自が教科書の内容を、再び読み直した上で、実習が始まった。


 すぐ雑念に囚われ、飽きっぽい人は、魔法使いには向いていない。

 また「心を無にする」ような無念無想で物を見るというわけでもない。


 生徒全員が自分の机上に、様々な物を置き、見つめている。

 

 肌身離さずつけているアクセサリーがある。

 愛用の魔法杖がある。

 

 しかし、ジョゼフィーヌの机上には何もない。


 ルウはどんな親から生まれ、どこでどのように育ったのか? 

 現在、何歳で、好きな食べ物や趣味は何なのか?

 フランシスカとはどういう関係なのか?

 誰か深い間柄の女性、いわゆる恋人は居るのか?

 そして、自分の事をどう思っているのか?


 もしもジョゼフィーヌが、フランのように、純粋且つ一心不乱にルウの事を考えたい……

 としたら、こうなるだろう。

 

 しかしジョゼフィーヌが、当初ルウに興味を持ったきっかけはそれらではない。

 最初の講習が終了後、彼女の取り巻きのひとりであるモニクが言うには……

 ルウはこの学校の教師であると同時に 校長代理フランシスカの従者であるというのだ。

 

 熱し易く醒め易い子供のように……

 ジョゼフィーヌは人の物、すなわちフランの従者であるルウに対し、ほんのちょっとだけ興味を引かれたのである。

 

 どうせ大した男ではないし、この私の魅力にかかれば……ちょろい。

 と、考えて……

 

 ルウにちょっかいを出し、あの偉そうな、鼻持ちなら無い校長代理をからかおうとしただけ……なのだ。

 しかしルウは、ジョゼフィーヌの誘いをあっさり断り、彼女は巧くあしらわれてしまった

 

 こうなるとジョゼフィーヌも性格的に意地になる。

 何故か今は、ルウがフランの従者だという事実が悔しい。

 人の物だと余計に欲しくなる……

 彼女に限らずよくある事であり、人間の悲しいさがであった。


 ジョゼフィーヌはやはり、ルウを教材とし、目で追っていたのである。

 

 そのルウは今、学級委員長のエステル・ルジュヌへ指導を行っていた。


 ルウが講習の事前打合せの際に、フランから聞いている。

 このひと癖もふた癖もある、2年C組のまとめ役、それがエステルである。

 

 貴族が幅を利かせるこの学園で例に洩れず、ジョゼフィーヌ達が暴走気味になりそうな際、歯止めをしてくれるのもエステルなのだ。

 

 成績は優秀で、学年でも成績が常にトップ5以内に入っている。

 ルジュヌ男爵家という生まれながら、身分に拘らず、クラスの全員に対し、平等に接していた。

 なので、全員に人望がある。

 

 しかし、ルウからエステルを見た所、フランに対し、全面的に協力しているかというと決してそうではなかった。


「先ほどは、ありがとうございました」


「いや、俺もまだまだ未熟さ。宜しくな、エステル」


 エステルの魔法属性は地属性であり、準属性は水属性。

 話を聞けば、彼女は将来、王家管轄の工務省に務めたいと考えていた。

 自分の属性魔法を活かし、建設や開拓、灌漑関係を仕事にしたいようだ。


 自分の夢を、聞いて貰った事で、エステルはルウに好感を持ったらしい。

 嬉しそうに、笑顔を浮かべている。


「ルウ先生が未熟なんて、そんな事はありません、ここだけの話ですが……」


 と、エステルは周囲を見て、フランが離れた場所に居るのを確かめると……

 声のトーンを落として話し始める。


「フランシスカ先生は、教科書通りの授業ばっかりでしたし、凄く新鮮でした」


「そうなのか?」


「はい! 私……さっきの実習で何か、きっかけが掴めそうな気がするのです」


 エステルに風属性の適性は無い。

 だが、間違いなく風の精霊シルフの加護が働いたようだ。

 

 集中力と想像力を高めるという訓練を始めるにあたり、エステルの前にはふたつの品物があった。

 どちらを教材に使うか、ルウからアドバイスが欲しいと言う。

 

 ひとつは彼女が祖母から受け継いだ魔法の指輪……

 もうひとつは何の変哲も無い、普通のペンダントである。


「俺は、お前が祖母から受け継いだ指輪の方が、今回の課題には適していると思う」


 ルウがそう言うと、エステルは僅かに頬を赤らめ、そして俯いた。


「このペンダント、彼からのプレゼントなんです」


「おお、そうなのか?」

 

「こ、声が大きいです、先生。な、内緒ですよ」


 エステルは人差し指をそっと唇にあてた。

 微笑んだルウは、改めてふたつの品物を見て、アドバイスを行う。


「指輪は過去への憧憬と自分のルーツに対する感謝が呼び起こされ、一定の効果が得られる」


「成る程……」


「……もし、そのペンダントを使うならば、不確定な未来への期待、挫折を含んだ覚悟、両方をしっかりイメージしないと効果が無い」


「で、でも! 上手くイメージ出来れば、大きな効果が見込めるのですね?」


 どうやらエステルは、『幸せ一杯』状態であるようだ

 何とか、ペンダントの方を教材に使いたいのが見え見えである。

 本当は既に自分では決めていて、ルウに後押しして貰いたいと、顔に書いてあった。


 ちなみにペンダントを使用した場合、違うイメージ方法もある。

 それは……

 エステルが『彼』の事では無く、製作した職人をイメージする事だ。

 

 しかし、エステルは首を横に振った。

 そんなイメージなど、持ちたくないと。


 ルウは、そんなエステルを見て、思うところがあるらしい。 


「お前は一見、芯が強く、打たれ強い子のように見える。だが、本当は違うと思う」


「…………」


「とても繊細で……気配りの出来る優しい子だ」


「…………」


「教師として、俺を信じてくれるのであれば、まずは指輪から教材として使って欲しい」


「…………」


「どうだろう? 俺からのアドバイスは以上。後は自分で決める事だ」


 エステルは、驚いたようにルウの顔を見ていたが……

 すぐに笑顔で頷く。


「は、はいっ! 分かりました! 先生を信じて指輪を使います。ありがとうございました」


 そう言うと、目の前に祖母の指輪を置いて、早速訓練に取り掛かったのである。


 ルウはそれからも生徒達にアドバイスしながら、訓練を進めて行く。

 教室をひと廻りしてからひと息つくと、フランも生徒達と同じく、この訓練をやると言う。


「教材は?」


 ルウが聞くと、フランがおずおずと、品物を見せて来た

 それは、魔力が込められた小さな水晶球である。


「子供の頃、お父様に買って頂いた物なの……形見かな……」


「そうか、綺麗なものだな」


「ええ……他には何も、お父様を感じるものが無いから」


「それは違うぞ、フラン」


「え?」


「今、ここに居るフランの存在自体、フランのお父上の生きたあかしさ」


「お父様の生きた証……この私が……」


「ああ、そうさ。父と母が居て、更にその父と母、更には、それ以前に生きて来た人達、そんな彼等や彼女達が存在して今、ここにフランが居る」


 自分という『存在』を生み出したルーツ。

 そのような思いを馳せ、この修行をしてみるのも、ひとつのやり方だ……

 とルウは勧めてくれたのだ。


「ご先祖様達か……今迄、考えた事もなかったけど……私、やってみるね!」


 にっこりと笑うフランは、ルウに言われた通り……

 悠久の時へ、思いを馳せて行った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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