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第397話 「頼りにされる男」

 木曜日夜、エドモン私室……


 ルウとエドモンはかつて王都で話した時のように2人だけで話し込んでいた。

周囲5部屋ずつ、念の為に人払いをさせ、余計な諍いの原因を生まぬように配慮しての事である。

 エドモンが懐かしそうに目を細める。 


「お前とこうして話すのも久々だな」


「はい、ご無沙汰しています」


 エドモンに「久々」と言われてルウは軽く頭を下げた。

 確かに以前、エドモンとじっくりと話をしてから結構な時間が経っている。

 何せ、リーリャがヴァレンタイン王国に来る前の事だからだ。


「まず冒険者登録をこのバートランドで行うという約束を守ってくれて礼を言う」


 エドモンの表情が益々柔和になる。

 普段の彼を見ている者は「信じられない!」と叫ぶに違いない。

 ルウの義理堅さを喜ぶ姿は孫が可愛くて堪らないという雰囲気の1人の好々爺であるからだ。 


「あれから色々とあったようだな、儂のもとにも一応報告は入っておる。まあ、お前と話さなくとも儂には儂の耳があるからな」


 エドモンはルウと話してからの出来事をある程度知っているようだ。

 フィリップ殿下からは勿論、冒険者ギルドなど多数の情報網を持っているのであろう。


「お前の大きな働きにより、このヴァレンタインのみならず、ロドニアまで救われた事は聞いておる、本当に良くやったぞ」


「大した事はしておりません」


 エドモンがいたわるとルウは穏やかな表情でゆっくりと首を横に振った。


「謙遜するな……お前は儂の知らぬ事も知っている筈……差し支えなければ、改めて儂に話してはくれまいか」


 エドモンは自分が知らされている事が氷山の一角である事を分かっているようだ。

 ルウはエドモンへある程度、事実を話す事について全く異存は無いので、ざっくりと事件発生から解決までの経緯を説明した。

 その上で触れておかねばならない事をルウは切り出したのだ。 


「お聞きになっているかもしれませんが、今回はアッピニアンという者共が暗躍したのが真の原因でした」


「アッピニアン? ふうむ、それは『アッピンの赤い魔導書』に関係があるのか?」


「ご存知でしたか」


「ははは、詳しくはないがな。アッピンの赤い魔導書とは大魔王バエルがかつて所持したものだ。それがいつの間にかバラバラに分散し、いずこかへ失われてしまったと聞く」


 かつて超一流の冒険者として名を馳せたエドモンは当然、アッピンの赤い魔導書の事は知っている。

 ただその断片を集めている者が暗躍していたとは知らなかったようだ。


「仰る通りですね。今回、現れた悪魔もアッピンの魔力で無理矢理に操られた者共でした」


「むう! アッピンの赤い魔導書を手に入れて悪魔を思うように使役し、自らの欲望を満たす輩がアッピニアンか……」


 ルウの話を聞いてアッピニアンが危険な存在になり得る事をエドモンも認識したようである。


「はい、アッピンの赤い魔導書には悪魔達の真名が記されています。その真名を知られれば、悪魔達は術者のいいなりになるしかないのです」


「……成る程、言い伝えの通りだ。それは手に入れたがる筈だな。しかし……お前はどうやったのだ? アッピンの書の断片をアッピニアンから奪って従えたのか?」


 いかにルウが優れた魔法使いでも所詮は人間である。

 強大且つ凶悪な悪魔に敵うなどさすがのエドモンも考えていなかった。

 ただ何となくルウなら悪魔とも、まともに戦えるのではと淡い期待を持っているくらいだ。

 しかしルウの返事はそんなエドモンの予想を覆す、シンプルながら恐るべきものであった。


「爺ちゃん、俺は……彼等を倒し、その上で召喚者として従える事が出来る、それだけだ」


「ははは、倒して従えるか……分かった……それ以上は聞くなという事だな?」


 エドモンは驚きを抑えて、何とか平然と見せて言葉を返す。

 それに、このような時のエドモンは場の流れを読むことに長けている。

 ルウが遠回しに告げたくない事を理解してそれ以上追及しなかったのだ。

 そんなエドモンに感謝してルウは礼を言う。


「ありがとう、爺ちゃん……実は俺からも話があるのです」


「ほう、お前からか。話してみろ」


 ルウからは未だ話があるようだ。

 エドモンは頭を切り替えて聞く事にした。


「はい! 話は2つ……まずはロドニアの王女リーリャを俺の嫁にします。俺と彼女のたっての希望です。ロドニア国王の許可はこれから取りますが、これはもう決めた事……爺ちゃんにも事後報告で申し訳ないが……」


「ははは、……お前、王女に惚れられたな?」


「はい! 2つめは爺ちゃん、貴方へ護衛を派遣します、俺の従士であり悪魔です」


「ほう! 俺の両腕のあの2人では不足か?」


 エドモンの言う両腕とは冒険者ギルドのマスターであるクライヴと騎士団長のナタンの2人だ。

 両名ともエドモンの見込んだこのバートランドの、いやヴァレンタイン王国きっての猛者の筈である。

 しかしルウはきっぱりと言い放った。


「はい! 彼等では悪魔に勝てません」


「はっきり言うわ……まあ、儂が命を狙われるのはしょっちゅうだがな」


 エドモンは苦笑して、自分が命を狙われる事が多いと告白する。

 しかしルウは先程の穏やかな表情が一変して真剣だ。


「ロドニア王の時は幸い間に合いましたが……今、爺ちゃんに死んで貰っては困りますから」


「この老い先短い老い耄れの命がそんなに大切か?」


「はい、ヴァレンタイン王国は未だお若いフィリップ様お1人では荷が重い。それに、このバートランドはアッピニアンにとって黄金の山です。特に彼等が冒険者ギルドを抑えればこの世界は危機に陥るでしょうから」


 ルウはエドモン達家族や様々な事件の解決を経て、この国の内情まで理解するようになっていたのである。


「ほう! 冒険者ギルドの存在価値さえも分かっておるようだな。 ふむ、そうか……お前の師はバートクリード様からギルドの理念を直接聞いたのであったな」


「はい!」


「分かった! お前の言う通り、護衛を受け入れよう、今、ここに居るのか?」


「ええ…… アンドラス、参れ!」


「はっ! ルウ様」


 いきなり部屋の空間が割れると、猛禽類のような顔をした逞しい男が現れた。

 身長は2m近くあり、簡素な革鎧を纏っている。

 鍛えられた肉体は鎧の上から分かるように筋骨隆々だ。

 彼こそルウの従士であり、人化した悪魔アンドラスである。

 どうやら現世の直ぐ傍に存在する異界で待機していたらしい。


「爺ちゃん、彼がアンドラスだ。普段、精神体アストラルの状態で、このバートランドの貴方の警護にあたる。不逞な輩……人間だけでなく魔族や魔物も排除してくれる……ちなみに少し前に楓村では魔物と戦ってくれた」


「アンドラスだ……ルウ様の命で貴公の護衛にあたる、今後とも宜しく」


 ルウの言葉を聞きながら、エドモンは驚きを隠せない。

 話に聞く悪魔とは余りに風貌が違うからである。


「ほう! これが悪魔か? 人にしか見えぬな」


「……」


 アンドラスは名乗った後は、エドモンと目を合わせない。

 明後日の方向を見て、ひと言も発しないのだ。

 大公であるエドモンの前でも全く臆しておらず、無表情なのである。


 そんなアンドラスを見たエドモンは苦笑したが、元々彼はアンドラスのような寡黙な男が嫌いではない。

 むしろぺらぺらと雄弁に語って何も行動しない男より、黙ってもやるべき事を完遂する不言実行タイプが好きなのだ。


 エドモンはルウを見て満足したような表情で黙って頷く。

 ルウは再びアンドラスに護衛確定の指示を出した。


「アンドラス、頼むぞ」


「はっ! 失礼します」


 アンドラスはたったそれだけを言い放つと煙のように消えてしまう。

 再び、彼の棲む異界に戻ったのである。


「ルウ、はっきり言っておこう」


 アンドラスが去ってから、エドモンが居住まいを正した。


「フランシスカやアデライドだけでなく、リシャール陛下やフィリップ、そしてこの儂にとっても、お前はもう無くてはならぬ男なのだ、今後とも宜しくな」


 ヴァレンタイン王国に必要な……無くてはならぬ男。


 エドモンはそう言いながら、彼の瞳に映る異相の青年を頼もしげに見詰めていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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