第395話 「無謀なスカウト」
エドモン・ドゥメールの三男にして大学教授であるケヴィン・ドゥメール……
ルウ達は暫く、彼と話し込む。
意外にもルウとケヴィンの話は弾んだ。
いや……弾むどころか、弾み過ぎた。
何故ならばルウは師であったシュルヴェステル・エイルトヴァーラが生きた約7千年の記憶を受け継ぐ者だからである。
禁忌の部分もあるので、さすがに全てをケヴィンへ明かすわけにはいかない。
ある程度、断片的にそれも若干事実を変えて小出しに話してもケヴィンの学者としての好奇心の炎は凄まじい勢いで燃え上がったのだ。
結果的にケヴィンはルウが持っている古代史への造詣の深さにすっかり参ってしまったのである。
こうなるとケヴィンがルウと一緒に古代史の研究をしたいという欲求は止められない。
「おいおいおい! ルウ君、君さ、直ぐ、ウチの大学に講師として入ってくれないかな? 俺からバートランド大学の学長に推薦するからさ。給料も魔法女子学園の倍、いや3倍は出す」
ケヴィンによるとバートランド大学の学長も古代史が専門であり、ケヴィン自身は副学長だという。
もしルウが学長に会えば、気に入られる事は間違いないとケヴィンは太鼓判を押す。
学長と副学長であるケヴィンの推薦ともなれば文句無しでルウは即講師になり、1年後には准教授か、上手く行けば教授にもなれると大学入りを熱心に勧めるのだ。
このケヴィン・ドゥメールという男……
どちらかというとアデライドに似たタイプであり、自分の好む学問の事となると他の物に一切目が行かなくなってしまう。
大学でも授業の時以外は、与えられた研究室に篭もりっ放しで、数日くらいは平気で研究を続けてしまうような性癖だそうだ。
しかし!
今、ケヴィンの目の前には魔法女子学園の校長代理であるフランが居る。
彼女の前で職員であるルウを引き抜くとは、ある意味、人として壊れているといえよう。
このような性格も彼が『変わり者』と呼ばれる所以である。
「ちょっと! ケヴィン様! この私が居るのに良くそのような事が出来ますね」
「あ、ああ、そうか! フランちゃんは魔法女子学園の校長だったっけ」
フランが怒りの篭もった視線を投げ掛けても彼女の気持ちなど、全然理解していない。
思わず顔を顰めたフランは相手の間違いを正した後にきっぱりと要求を突っぱねたのである。
「もう! 正確には校長代理です。ルウは……私の旦那様は魔法女子学園の大事な人材であり、他に代え難い戦力です。バートランド大学になんか渡すわけがないでしょう!」
「いや! でもさ、フランちゃん! よ~く考えてごらんよ。王都の魔法女子学園なんかで女子生徒の相手をさせるよりずっと有意義だと思うんだけど……」
「何が女子生徒の相手なんかですか! 駄目! 無理! 不可能!」
言葉の弾みとはいえ、『女生徒の相手』とはとんだ失言である。
フランの断りの言葉も断定的になり、一気にきつくなった。
暫し、フランとケヴィンの言い争いは続き、簡単に収まりがつきそうにない。
自分が原因でもあるので仕方なくルウが割って入った。
「ケヴィン様」
「おお、ルウ君か! 様なんか付けずにケヴィンと呼んで良いぞ! じゃあ早速面接の手続きを!」
「待て、このっ!」
フランの意向をさっきから全く無視するケヴィンの横暴に、さすがのフランも怒り心頭だ。
ここでルウがあっさりとケヴィンへ断りを入れる。
「じゃあケヴィン。悪いけど、お断りするよ、俺」
「ななななな、何故だぁ~!!!! これはヴァレンタイン王国の大いなる損失だぁ~!」
まさかルウが断るとは思っていなかったのであろう。
今度はケヴィンが大声で泣き叫び、益々収拾がつかなくなってしまったのであった。
10分後――
「ははは、じゃあね! ルウ君、ばはは~い!」
ケヴィンはさっきの醜態が嘘のように晴れやかな笑顔で手を振っている。
結局、ルウがたまには屋敷に遊びに来る事と、大学にもいずれ1回は顔を出すと申し出た事で、ケヴィンの機嫌が漸く直ったのである。
「もう! あの人は40歳にもなって全く子供なんだから!」
フランは未だ憤慨していた。
そして一生懸命念を押すように繰り返す。
「旦那様! 絶対に絶対に駄目ですからね!」
フランはとても心配なのであろう。
とても切なそうな表情をルウに向けている。
傍から見たらそんなフランもケヴィンと同じ様に大きな子供のようだ。
フランを見守るモーラルは表情も慈愛に満ち溢れている。
2人の妻を優しく見詰めたルウが穏やかな表情で囁いた。
「ははっ、大丈夫さ。お前達を置いて行かないよ。さあ、今度は騎士団長やギルドマスター達の所へ挨拶に行こう」
ルウは心配顔のフランや微笑するモーラルに片目を瞑ると、次の挨拶へそっと2人を促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
3人はバートランド騎士団団長ナタン・アルベリクに挨拶を行う。
2m近い体格を誇り、鋼とも言える筋肉の鎧を全身に纏った金髪の騎士である。
ナタンは今夜ルウが来ると決まってからエドモンに声を掛けられていた。
無論、彼は直ぐにエドモンへ出席の返事をしている。
「おう! 元気にしていたか? 何かケヴィン様に絡まれていたらしいがどうした?」
「ははっ、まあね。それよりナタンさんも元気そうで何よりだ」
まさか自分が引き抜かれそうになっていたとは言えない。
ルウは曖昧な返事をしておく。
ナタンもそれ以上は追及せず話題を変えて来た。
「ははは、おい、この前王都へ出張した時にジェロームから聞いたぞ。あいつ、お前の事を全て認めて兄と言うより友と呼べと、のたまったらしいな」
「ああ、ジゼルも俺の事を擁護してくれたから、何とか分かって貰えた」
「相変わらず奥ゆかしい奴だ。ジェロームが言っていたぞ、俺は全くルウには敵わないって」
そう言えば今回の旅の出発の際にジェロームが言っていたのをルウは思い出した。
『彼の腕は俺が保証する。俺みたいな下手な騎士の10人分は働ける男さ』
確か衛兵達に、このようにはっきり言っていたとルウは苦笑いをする。
「そう言えばお前もジェロームと同じで甘党なんだってな?」
「ははっ、お前もって事は……」
「ああ、実は俺もお前達の上を行く『大の甘党』なんだ。騎士団内では秘密にしているからな、絶対に言うなよ!」
後ろでフランとモーラルが口に手を当てながら身体を震わせていた。
顔が俯いているから良く分からないが、どうやら必死に笑いを堪えているようだ。
それを見たナタンは大慌てだ。
「おいおい、奥様達よ! そんなに笑う事は無いだろう?」
「くくく! だってそんなに強くて、ごつくて、怖そうなナタン様が超甘党? ……合わない、イメージが合わない」
「…………」
無情なフランの言葉に、ナタンはカミングアウトとした事を心底後悔したのであった。
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