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第392話 「果すべき職務」

 ルウ達の姿が男達から見えなくなる。

 実際には消えてはいないが、余りに速い身のこなしの為、彼等にはそう見えたのだ。


「がっ!」「ぎゃう!」「げっ!」


 間を置かず男達の悲鳴が響く。

 ルウ達があっという間に襲い掛かって来た5人の男達を戦闘不能にしたのである。


 先程までルウの事を舐めきって、せせら笑っていたリーダーの男は長身のルウに片手で頭を掴まれてぶらさがっていた。

 がっしりと掴まれた指の力は強く、男の頭蓋はめきめきと不気味な音をたてる。


「ぐぎゃあああ! た、た、た、助けてくれぇ!」


 全身を襲う激痛に悲鳴を上げながら、男は信じられないといった表情でルウを見詰めた。

 残りの4人をあっという間に地に伏せたフランとモーラルが涼しい顔をしてルウに報告する。


「旦那様、あらかた片付きました。まぁ、準備運動にもなりませんが……」


「ふふふ、フラン姉もこれなら1次テストは合格です。ジゼル姉同様、次の段階に進めますよ」


 美しい2人の女が息も乱さず、事も無げにルウに話すのを聞いたリーダーの男は目を見開き、頭を掴まれた痛みも忘れたのか、呆然としている。


 ルウは男へ厳しい視線を見据えたまま、妻2人に言う。


「今回は相手を全員倒したが、こちらが劣勢でどうしても1人を倒す時は出来るだけリーダーを狙うんだ。そうすれば敵の士気は一気に下がり、逃げ去って雲散霧消する場合も多い。これはこのような小規模な戦いから始まって、国の軍同士の戦いも同じだ」


「「はい!」」


 フランとモーラルはルウの言葉を聞き逃すまいと真剣な表情で聞いていた。

 そんな2人を見たルウは徐々にいつもの穏やかな表情に戻って行く。


「ただ、あくまでもひとつの目安だ。戦いは千変万化、常に注意しながら戦う事だ」


「「はい!」」


 妻達の元気な返事が再び響いた時、漸く衛兵が数人駆けつけて来た。

 派手な立ち回りをした為に多くの野次馬が興味半分、怖さ半分でルウ達を遠巻きにして見ていた。

 ルウが男達を衛兵達に渡すと、衛兵の長らしい男は怪訝な表情で経緯いきさつを尋ねて来た。


「宜しければ事情を話して貰えるかな?」


「いきなり街中で俺達へ難癖をつけて彼等は俺の妻達を攫おうとした。仕方なく身を守る為に戦った、正当防衛……だな」


「う、嘘だ! こ、こいつらが一方的に俺達を捕まえて、いたぶったんだ」


 衛兵に引き立てられたリーダーの男が罪を逃れようと騒ぎ出した。

 それを見たフランとモーラルはうんざりしたような表情で顔を見合すとお互いに肩を竦める。


 衛兵は男の顔を見てから、もう1度ルウの顔を見た。


「両者の言い分を聞く為に取調べをさせて貰おう。衛兵の詰め所まで同行を願いたいが……」


 衛兵の言葉に対してルウは興味深そうな顔をする。

 何か聞きたい事があるようだ。


「何だ?」


「ああ、この街ではこういった場合に嘘をついた者はどうなるのかと思ってな」


「それは当然重罪となる、この街の統治者エドモン様の意向でな。彼は基本的に嘘が嫌いだから。逆に少々の喧嘩なら理由次第だがあまり大きな罪には問われない」


 ルウの言葉に衛兵は躊躇なく答えた。

 重罪とはいかほどの事か不明だが、入牢以上の裁きのようである。

 衛兵の言葉を聞いたルウは目尻を下げ、僅かに口角を上げた。


「ほう! それは面白い。爺ちゃんらしい」


「爺ちゃん?」


 衛兵が怪訝な顔をするのを制して、ルウはリーダーの男に向き直る。


「ははっ、何でもない。それより、お前! こうなったらとことん決着をつけるか? 見苦しい嘘をついてまで罪を逃れたいならお前はその報いを受けるだろうから」


 ルウはリーダーの男に対してきっぱりと言い放った。

 厳しいルウの言葉に男は動揺する。


「ななな、何っ!? む、報い!?」


「おい! 貴様、相手を脅すなよ」


 動揺する男を見た衛兵はルウを止めようとしたが、ルウはゆっくりと首を横に振った。


「ははっ、本当の事を言っているだけさ。それに衛兵さんも職務として周囲の者に経緯いきさつを聞かないのか? 取調べはここでも出来るだろう? これから詰所で取調べとなると手間がかかるし、周りに証人は結構居る筈だがな」


 今度はルウの指摘に衛兵が動揺する。


「だ、黙れ! 規定により取調べは詰所で行う!」


「そこまで言うなら良いが……だったら衛兵さん、頼みがある」


「た、頼みだと!?」


「ああ、俺達はこれからエドモン様の屋敷に行く所だったが、これで少し遅れる事になった。ルウが遅れると使いを出してくれないか、ああ、理由もしっかりと説明してくれよ」


「ななな、何!? お前達がエドモン様の!?」


 ルウの言葉に止めを刺された衛兵は絶句して言葉も止まってしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 30分後――ルウ達は夕暮れ迫るバートランドの街を歩いている。


「ははっ、出来れば爺ちゃんの名を出すのは避けたかったがなぁ……」


「仕方がありませんわ。あの衛兵も少しは反省してくれれば良いのですが」


 3人の意見は一致していた。

 衛兵の言う通り取調べは確かに必要である。

 ただ手順と方法が問題なのだ。


 結局、あの場での取調べの結果、ルウ達が一方的に絡まれたことを証言する者が続出し、嘘を言った男もこれ以上罪を重ねる事を怖れて正直に白状したのであった。


 ルウ達はその後、衛兵にエドモンの屋敷の所在を改めて確認してこうして歩いている。

 衛兵達はルウがその質問をした時、間違いなくこの者達は、街の統治者であるエドモン大公の関係者だと確信したようだ。


 衛兵達は公僕として形ばかりの護衛を申し出たが、ルウが断ると下手に係わる事を怖れてか、襲って来た男達を連れて即座に去ってしまった。

 またルウ達があっと言う間に男達を倒した事から他に絡んで来る者も居なくなったのは幸いである。


 更に歩くと、貴族の住宅街区らしい地区に入り、様相ががらりと変わった。

 少し先にはセントヘレナで普段ルウ達が起居している屋敷の3倍はあろうかという広大な屋敷が見えており、全員が足を止めた。


 あの屋敷がエドモンの屋敷であろう。

 ルウ達は大きく頷くと、改めて歩き出したのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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