第391話 「バートランド」
今、3人は雲ひとつない大空を飛んでいる。
ルウはフランを抱え、モーラルはその直ぐ後ろにぴったりと付いた形だ。
ヴァレンタイン王国の都セントヘレナから同国第2の都市バートランドまでは馬を1日通しで走らせて約1日半だが、飛翔魔法で行けば約3時間を超えるくらいで着いてしまう。
ルウにしてみれば、これでも飛行する速度を抑えている方である。
片やモーラルは飛翔魔法を発動して飛んでいるのではない。
正確に言うと彼女は身体を精神体に出来る為、その能力で天空や異界を自在に舞い、移動する事が出来るのだ。
こちらも速度は際限なく出せて魔力を使わない為に、ルウのとてつもない飛翔魔法にも楽々と付いて行く事が出来る。
「気持ち良い!」
愛するルウに確りと抱えられながら風を切って青い空を進むフランは思わず叫んだ。
飛翔魔法を習得して、いつかは自分の魔法の力で飛びたいと願うフランだが、ルウに抱かれながら大空を飛ぶのも同じくらい心地良いのである。
やがてバートランドに近づくにつれ、徐々に飛ぶ速度を落としながらルウが口を開いた。
「フラン、もう少しで着くぞ。街の少し手前で降りてさりげなく正門から、入るのだったよな」
「ええ、旦那様と初めてセントヘレナに着いた時と一緒ですよ」
「了解だ! モーラルも良いな!」
「はいっ! 旦那様」
今、ルウ達が飛んでいるのは地上から見て常人が人間とは識別出来ない高さである。
当然3人共、身体強化の魔法を発動しているのは言うまでもない。
逆にルウの目は遥か地上の様子が手に取るように分かるので人気の無い場所を探して降下するのは容易い。
魔法による魔力波の探知も含めて、3人は人から見咎められない場所にそっと降りて行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木曜日午後4時30分……
ルウ達はバートランドの正門から少し離れた街道沿いの雑木林に降り、身支度を整えると、いかにも街道を進んで旅をして来たかのようにバートランドの街の正門に向う。
正門には衛兵というよりも冒険者の戦士という出で立ちの門番が多数居て辺りを睥睨していた。
それとは別に、これもまた冒険者風の役人達が街へ入る為に行列を作って並ぶ人間をチェックしている。
王都セントヘレナとはまた違った趣だ。
ルウ達もその中のひとつに並び、暫し待つ。
そして、やがてルウ達の順番が来た。
ごついプレートアーマー姿の門番はルウ達を見ると、オッという表情をして思わず持っている槍を握り直す。
門番の視線は当然の事ながらフランとモーラルだけに注がれていた。
そこにこれも革鎧姿の役人がやって来る。
30歳くらいの人間族の男で中肉中背ながら、バランス良く筋肉がついていた。
なかなか『出来る』ようだ。
「冒険者の街、バートランドへようこそ! 歓迎するぜ、ハンサムに別嬪さん達!」
ルウ達は各自の身分証明書の提示を求められる。
頷いたルウ、そしてフランは魔法女子学園の職員証を出し、モーラルは王都セントヘレナの市民証を提示した。
役人は各自の身分証明書を預かると食い入るように見詰めた後、携帯している魔法水晶に順番に翳して行く。
これは街への来訪者の身元確認である。
このバートランドには身元不明の者も多く来訪する。
犯罪を犯して逃亡中の者を捕縛するのは勿論の事ではあるが、バートランドの街はそんな彼等の素性を確認して、問題が無ければ仮の市民証を発行して街へ入れる形を取っているのだ。
当然、市民証は有料であり、街にとっては結構な収入になっている。
役人の手の中の魔法水晶は眩く輝いた後に、淡い緑色に変わる。
この魔法水晶は魔道具の一種で身分証明証や本人の手を直に翳すだけで手配中かどうか判明する優れものだ。
全ての身分証明書が同じ色で反応したので役人は満足そうな表情を浮かべた。
これはルウ達が邪悪な存在では無い事。
身元がしっかりしていて、犯罪者ではないので街へ入っても問題無い証明がされたという事になる。
役人は各自の身分証明書を丁寧に返却した。
「ふふ、問題無しだ。どうやらその様子だと、この街は初めてみたいだな。せいぜい楽しんでくれよ」
役人に見送られたルウ達はバートランドに足を踏み入れた。
バートランド――この街はヴァレンタイン王国の祖、英雄バートクリード・ヴァレンタインが約1千年前に造った街であり、当初はこの国の王都であった。
しかしバートクリードと円卓の騎士と呼ばれる者達が身罷ると、残された子孫は徐々にこの街の荒々しい雰囲気を嫌うようになる。
その結果彼等は少し離れた場所に新たな王都セントヘレナを造り、そこへ移ってしまったのだ。
当時、街を治める為に唯一残ったのが円卓の騎士の1人であるクリストフ・ドゥメールであり、それは現在まで綿々と続くドゥメール公爵家の祖なのである。
真ん中に位置する中央広場を取り囲むように様々な街区がある街の造りはセントヘレナと変わらない。
というか『英雄の街を捨てた』という後ろめたさもあったのであろうか、セントヘレナを造った王族や貴族達は新たな王都の造りもほぼバートランドと同じにしたのである。
ルウやモーラルにとってこの街は初めてだ。
フランのみ父と母に連れられてこの街へ来た事はあるが、何分赤ん坊の時であり、記憶など、あろう筈が無い。
またルウにとっては感慨深い街である。
フランを助けていなければ、彼はこの街で冒険者になろうと思っていたのだから。
3人は街の風景を眺めながら、滑る様に歩いて行く。
やがて中央広場に差し掛かるとセントヘレナ同様、この時間なので早くも仕事を終えたらしい冒険者や職人達が居酒屋や露店で楽しそうに酒を飲んでいた。
王族や貴族が嫌った荒々しい雰囲気……
それは欲しい物は力で手に入れるという風潮だ。
街中で喧嘩やいざこざが多いのはそれに起因する。
騎士隊や衛兵の手が足りないのも王都以上であり、市民達は基本的に自分の身は自ら守るのが信条であった。
こうしてルウ達が歩いていると王都と同じ事は当然起こった。
もう『お約束』と言って良い。
「おい待て! そこのひょろっとしたの、良い女ぁ連れているなぁ」
5人の男達がルウ達の前に立ち塞がる。
年齢や装備も様々だが、どうやら冒険者の一団らしい。
「俺達はこれから飲みに行くんだが、『花』が居なくてな。ちょっとこっちに貸してくれよ」
リーダーらしい髭面の男がフラン達を寄越せと要求した。
傍らの小柄な男が即座に合いの手を入れる。
「ははは、その後も夜通し借りて、結局は永久に借りっ放しだがな」
2人の男の言葉を受けて残りの男達がどっと笑った。
しかしルウはそんな男達の言葉を無視するかのようにフランとモーラルに話をしている。
「もしお前達が1人の時、このような屑に絡まれたら、まずはあのリーダーを倒すんだ。当然力量を踏まえた上だが、今のお前達なら悪魔などのような人外ならいざ知らず、こんな程度の奴等には負けないだろう?」
「はい! 楽勝です、旦那様」とフラン。
「こんな馬鹿は相手にするだけ時間の無駄ですが、仕方がありませんからね」とモーラル。
3人の声は比較的大きかったので男達に聞こえたらしい。
男達は激高する。
「野郎! 男は袋にして女を引っ攫え!」
「「「「おう!」」」」
リーダーの男の合図と共に男達はルウ達に襲い掛かったのであった。
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