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第39話 「春期講習③」

「ルウ! 特別に許可するから、しっかりと教えなさい」


 ジョゼフィーヌは、ルウを見据え、きっぱりと言い放つ。

 貴族令嬢特有の、上から目線、炸裂の物言いであった。

 

 しかし、ルウは苦笑すると、ゆっくり首を横に振る。


「ジョゼフィーヌ……ここは学校だ。俺は別に偉ぶろうとは思わない。だが、その頼み方では駄目だな」


「何、言っているの! 卑しい平民でしょう? 貴方」


 ルウの答えを聞いたジョゼフィーヌの目が、怒りによって吊り上がり、吐き捨てるよう侮蔑の言葉が投げ掛けられた。

 完全に、ルウを見下した口調だ。


 片やルウは、相変わらず穏やかな表情である。


「この国が身分制度で成り立っている事は本を読んで分かった。しかし今、俺は先生、いわば師匠でお前は生徒、つまり弟子だ。口の利き方は考えて欲しい」


「ななな、何よぉ! 弟子? 私が貴方の弟子ですって!? じょ、冗談じゃないですわっ! 貴方こそ、たかが平民の癖に、貴族の私に向かって、その口の利き方はぁ! って、え?」


 ルウの言葉にまたもや激高するジョゼフィーヌであったが……

 「ぎょっ!」として固まってしまう。

 再び、ルウが指を鳴らそうとするとポーズをとっていたからだ。

 

 ジョゼフィーヌは言葉を「ごくり」と飲み込み、黙り込んでしまった。

 またも沈黙の魔法を、掛けられると思ったのであろう。


「くう! ひ、卑怯よ、その魔法……」


 恨めしげにルウを睨み、可愛く頬を膨らませるジョゼフィーヌ。

 彼女を見て、ルウは微笑む。


「まあ、良い。時間は限られているからな。行こうか? ジョゼフィーヌ」

 

「ま、まあ、貴方がそこまで仰るのなら! し、仕方なく、ついて行ってあげても良くってよ」


 何と!

 ジョゼフィーヌの口調が、変わった。

 怒り心頭であったジョゼフィーヌも、優しいルウの笑顔でクールダウンしたようだ。

 そんなルウの誘いに対して、ジョゼフィーヌは……右手を差し出したのである。


「私のような淑女を、しっかりエスコートするのが、紳士の嗜みでしょう?」


 ルウは苦笑して頷くと、ジョゼフィーヌの手を優しく握った。

 そして、生徒達が寝転んでいる場所へ、連れて行ったのである。

 

 ルウに手を引かれ、大人しく歩くジョゼフィーヌの姿は……

 まるで、憧れの男性に守られ、恥らう少女のようである。


 ジョゼフィーヌのあまりの変貌……

 

 対して、驚き、口をあんぐりと開けた取り巻きの生徒3人。

 彼女達は魂が抜けたようにふらふらと、ふたりの後に続いたのであった。 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こうして……

 フランのクラス2年C組全員が、キャンパスの芝生の上に、思い思いに寝転がっている。

 

 生徒達の表情は、皆穏やかであり、満ち足りていた。

 

 呼吸法を行いながら、春の風に包まれていると……

 自分達も、この大いなる自然の一部なのだと実感するのだ。

 

 あんなに煩かったジョゼフィーヌも……

 目を閉じてゆっくりと、自分に合った呼吸法を見つけようとしていた。

 

 と、その時!

 何者かが……ジョゼフィーヌの頬を触っている。


 え? 誰?


 1年生時の魔法属性テストにおいて、ジョゼフィーヌには、風の属性があるのは分かっていたが……

 どうやら彼女の才能は、自分で思う以上に高かったらしい。

 

 ジョゼフィーヌの頬を触って遊んでいたのは……

 何と!

 風を司る精霊シルフであった。

 

 シルフのような精霊は、相性の良い人間を見つけると、自分の存在を何らかの形で報せようとする。

 しかし精霊は、具体的に言葉を発する事は無い。

 それ故、意思確認は、魂の交歓によって可能となるのだ。

 

 当然、ジョゼフィーヌはまだマスターレベルには達していない。

 

 仕方なく意思交歓をあきらめた精霊シルフではあったが……

 ジョゼフィーヌの行なう、呼吸法に興味を示しているらしい。

 

 やがて……

 ジョゼフィーヌの呼吸法と精霊シルフの吐息が一体となり、彼女は軽い高揚感に襲われた。


 あああ! 私! 私!

 今、大いなる存在から……力を!

 力を、授かったわ!


 ジョゼフィーヌは高揚感の中、全身で喜びを感じていたのだ。

 

 彼女ほどではないが、他の生徒達にも精霊の加護により、自身に最適な呼吸法を見つけた者も出て来ていた。

 またフランを含め、それ以外の生徒達にも、今までにない精神の安定が著しく得られていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時限目終了後の休憩時間、2年C組……


 教室に戻った生徒達の間では、先ほど受けた授業の話題で持ち切りとなっていた。

 「貴女、おしとやかになって」などと、楽しそうにからかい合っている生徒もいた。

 皆、笑顔で、次の講習を心待ちにしている様子である。


 一方……校長室。


「こんなに講習が上手く行くなんて! ルウ、ありがとう。やっぱりルウは凄いわ!」


 フランは講習が終った直後、ルウと共に、生徒達から次々とお礼を言われて感激していたのである。

 

 今迄、やりがいがなかった教師の仕事がこんなに楽しい!

 全て、ルウのおかげだ。

 感謝してもしきれない。


「俺じゃなくて、凄いのは爺ちゃんさ。俺の修行方法は、全て爺ちゃんの教えてくれたものだから。でも今度は……フランが仕切る番だ」


 今のままだと……

 副担任の自分が目立ってしまうと、ルウは言っている。


「大丈夫、フランなら上手くやれるよ」


 ルウは相変わらず穏やかに笑っていたが、


「でも……さっきあの娘の……ジョゼフィーヌの手を握って、楽しそうにしていたわね?」


 フランが拗ねたように言うとルウは少し困った顔をした。


「冗談よ、生徒だから仕方ないものね」


 そう言いながらフランは……

 自分が嫉妬している事を、認めざるを得ない。

 

 ルウが先生として、ジョゼフィーヌという生徒に接しているだけとは重々承知しながらも……

 やはり、その優しさを、自分だけに向けて欲しいのだ。


 しかしフランも女性として、自分の長所を認めて貰い、ルウに愛して貰いたいという願いがある。

 

 ここは……耐えよう。

 そしてルウの言う通り、次の講習で私は一生懸命やってみよう。

 

 フランはそう決意して、精一杯の笑顔をルウに向けたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 春期講習2時限目、2年C組教室……


「先ほどはお疲れ様。みんな、気分はどうかしら?」


「え?」「何?」「どうしたの?」


 生徒達を労わるフランに対し、教室の方々から、戸惑いと驚きの声が沸きあがった。

 今迄のぶっきらぼうなフランとは、まるで雰囲気が違うからである。

 そして……


「先生、凄かったわ」


「何か、魔力が満ちてくる感じです!」


「気分が、とても良いですわ!」


 という、称賛の声が次々にあがった。

 フランの呼び掛けに、当初は驚いたものの……

 生徒達の表情は、とてもにこやかである。

 彼女達は、一生懸命手ほどきしてくれたフランとルウに、大きな親しみを感じていたのである。

 

 中でも、著しく変わったのがジョゼフィーヌといえよう。

 今まで授業を受ける際、投げやりだった態度がまるで違うのだ。

 何故、ここまで変わるのか? ……という激変ぶりである。


「さあ、『魔法学Ⅰ』を開いて! この時間は集中力と想像力を高める事を復習するわ」


 フランが口を開き、講習の2時限目が始まった。


 魔法というものは非現実な現象である。

 その非現実な現象を実現する為、術者が意識を集中、その結果を脳裏に思い浮かべられる想像力が不可欠だ。

 

 想像力を鍛えるのは、物事を深く深く読み込んで行く行為が必要である。

 深く読み込むというのは、当然集中力を必要とし、様々な角度から物事を見極めるとも言える。


 ちなみに、『魔法学Ⅰ』によると……

 集中力と想像力を高める初歩トレーニングとして、自分の好きな物をひとつ選んで徹底的に想像する事が推奨されている。

 何故好きな物かというと、興味のある物は考え易いという優位性があるからだ。


「何か自分の興味のある、好きな物を選んで考えてみて。何でも良いわ」


 フランがそう言うと、すかさずジョゼフィーヌが立ち上がり、ルウを指差した。


「ルウ先生、こちらに来て下さいます?  先生の事を、いろいろと考えてみたいんです」


 フランはもとより、隣席のセリアを含めた取り巻き生徒達も吃驚している。

 そんな中……

 ジョゼフィーヌは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ルウを見つめていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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