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第387話 「優しく強く⑧」

「う、うわっ! これってなかなか魔力の制御コントロールが利きませんわ。む、難しいですのね!」


 空中に浮かんだジョゼフィーヌが小さな悲鳴を発し、姿勢を崩してふらついた。

 

 ここではジョゼフィーヌとその従士プラティナのコンビが飛翔魔法フライトの訓練をしている最中である。

 ちなみにプラティナはグリフォンである本来の姿から、長身でほっそりとした人間族の妙齢の女性に人化していた。

 物腰はたおやかであり、元の外見通り、人間離れした肌の白さが目立つ。


「ジョゼフィーヌ様、落ち着いて。焦ってはいけません、まだまだこれからです」


「え、ええ! 分かったわ、プラティナ。ありがとう、助言してくれて。お前が居てくれるお陰で私はしっかりと修行が出来ますわ。……ん?」


 ジョゼフィーヌが何か気付いたようである。

 そして懸念と疑問の声は直ぐに歓喜の叫びに変わった。


「ああっ、だ、旦那様ですわっ! こちらに来ます! ええっと、あれ!? この魔力波は? あれっ? ……ナディア姉も一緒ですわっ! 彼女ったら、いきなり飛翔魔法フライトをモノにしたのですのね!」


 ジョゼフィーヌの言葉にプラティナも笑顔で頷く。


「はい、ルウ様は規格外と致しましてもナディア様はジョゼフィーヌ様と同じく素晴らしい才能をお持ちの風の魔法使いですからね」


 そう2人が話しているうちにルウとナディアがその場に到着した。

 ルウは無論の事ではあるが、ナディアは魔力を完全に制御しており、ジョゼフィーヌのように空中での姿勢が崩れたりはしない。


 それを見たジョゼフィーヌは切なげに「ふう」と溜息を吐いた。

 普段仲が良いとはいえ、彼女達の間にも競争心はある。

 皮肉な事に今の状況は、以前ジョゼフィーヌが風の精霊に邂逅した際の出来事に似ていた。

 あの時、同じ風の魔法使いとしてナディアが羨望の感情に縛られたのを、ジョゼフィーヌは知らない。


「あ、あれ!? あれって?」


 ジョゼフィーヌの視線はナディアが大事そうに携えている杖に目が留まり、釘付けになった。

 強力な魔力波オーラを放出している魔法杖は、ナディアがとても大切にしているが、普段は平凡で地味なハシバミ製の物である。

 その為、ジョゼフィーヌは特に気にも留めていなかったのだ。


「ナディア姉……そ、それは?」


「ああ、ボクが初めて旦那様とデートした時に買って貰ったんだけど……」


 口篭るナディアは重い口を開いて顛末をジョゼフィーヌに話したのである。

 その瞬間、勘の良いナディアは、ルウがジョゼフィーヌに未だ『特別な物』を贈っていない事を直ぐに悟ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウ達は一旦、飛翔魔法の訓練を中断して異界の地に降り立っている。

 ナディアがジョゼフィーヌに話がしたいと言って2人は今、向き合っているのだ。


「ジョゼ、今回ボクは『これ』を使って飛翔魔法を行使したけど、もう当分使わないよ。今迄通りにね」


「今迄通り?」


 ナディアの言葉にジョゼフィーヌは不思議そうな顔をした。

 こんな強力な魔導具を持っていたら、風属性の魔法はさぞ発動が容易くなるというのに!


「ボクの言っている事は不可解だろうね。だけどね、ジョゼ。君が素晴らしい才能を発揮して先に風の精霊シルフと邂逅した事がボクにとってはとても悔しかった。しかし人を幾らうらやんでも結局、最後は自分なのさ。だからボクは誓いを立てて、この万能とも言える風の魔法杖を、敢えて使わないで来た」


「…………」


「そして今回の訓練でボクはこの杖に頼らないでも風の精霊シルフと邂逅出来たんだ。その自信は今後ボクの魂の支えのひとつとなって行くくらい大きい。旦那様の愛情がボクを支えているのと同じくらいね」


「ナディア姉……」


「羨んだりしたけれど風の魔法使いとして君の存在は、ボクの良きライバルとして本当に刺激になっているのさ。ありがとう、ジョゼ!」


「そんな! こちらこそですわ! あ、あううう……今度、一緒に訓練して貰えますか? ナディア姉」


 ナディアの優しい言葉に思わず涙ぐむジョゼフィーヌは一緒に訓練をしたいと申し出た。

 当然、ナディアに異存は無い。


「ああ、ボクは喜んで付き合うよ! ……それから、ねぇ旦那様、ここに来てくれるかな!」


 ナディアはジョゼフィーヌの気持ちを静めると共にルウのフォローを行ったのである。

 ここでナディアはジョゼフィーヌの申し出を了解すると同時にルウをジョゼフィーヌの目の前に押し出した。

 先程ナディアが気付いたのはルウの不器用さから発生したミスである。

 妻達にプレゼントをした経緯を考えれば、ルウはやはりジョゼフィーヌには機会を作ってプレゼントをしておけばよかったのだ。

 ここでルウはジョゼフィーヌに約束しなければならない。


「ジョゼ!」


「は、はい!? 旦那様……!?」


 いきなりこのような展開になり、名前を呼ばれたジョゼフィーヌは少し吃驚する。

 しかし彼女にもルウが一体何を言いたいのかが、はっきりと分かっていた。


「今度……2人で遊びに行こう」


「はいっ! 楽しみにしていますわ!」


 ルウとジョゼフィーヌの2人の会話に具体的なプレゼント云々という言葉は無かった。

 だが2人は確りと意思疎通が出来ていたのである。


 このようになった場合、ルウと出会う前のジョゼフィーヌなら柳眉を逆立てて怒り、ルウの『失策』をなじって、一方的に別れを告げていたかもしれない。

 以前のジョゼフィーヌは誇り高い貴族の娘でこのように『恥』をかかされるのを1番嫌ったからだ。

 

 しかし彼女はルウと知り合って変わった。

 人の気持ちを思いやり、大事にするようになったジョゼフィーヌは価値観全てが変わってしまったのである。


「旦那様……」


「うん……」


 バツが悪そうに頭を掻くルウにジョゼフィーヌは慈しみの篭もった眼差しを投げ掛けている。

 そして花が咲くようにそっと微笑んだのだ。


「私には旦那様が居れば良いのですわ。そして、こんなに優しくして頂くと涙が出るくらい嬉しいのですよ。ありがとう、旦那様」


 その様子を見たナディアも微笑みながらゆっくりと頷き、3人に呼び掛ける。


「旦那様、ジョゼ、プラティナ。ボク達もう1回、飛翔魔法フライトを発動してリーリャ達の所に行こうよ!」


「賛成ですわ! もう少しでコツを掴めそうですのよ」


「私も当然、お供致します」


 すかさず賛成したジョゼフィーヌに続いて、従士のプラティナも一礼をする。


「ははっ! じゃあ皆で行こう!」


「「「はいっ!」」」


 すかさず全員の口から飛翔魔法の言霊が朗々と言い放たれた。


「「「「飛翔フライト!」」」」


 その瞬間、全員の身体は怖ろしい速度で上昇し、あっという間に異界の大空の彼方へ飛び去り、見えなくなっていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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