第377話 「祝福と効用」
結局、ルウが召喚した風の精霊はフランとジョゼフィーヌの絆に後押しされ、生徒達に何らかの『祝福』を与える結果となった。
祝福の内容は様々である。
風の精霊の姿が朧げながら見えるようになったマノン・カルリエを筆頭に、少なくとも全員が適正な呼吸法のヒントを掴んだのだ。
生徒達にとってこれは大きな成果であった。
しかし中には……受けた『祝福』の内容に満足出来ない生徒や嘆く生徒も出て来る。
2年C組の中で筆頭はリーリャであった。
彼女は風の属性を持ちながら、風の精霊と邂逅することなく、ただ存在を感じるに留まったのだ。
そのような理由で悔しがる事しきりである。
水の魔法使いであるオレリーも風の精霊とは邂逅できていないが、こちらは夫に向けての一途な愛同様に水の精霊ひと筋であるので特に不満は無かった。
「しまった」という表情でルウの顔を見上げて涙ぐんでいるのは2年C組のモニク・アゼマである。
「……ルウ先生、私は駄目な子です。呼吸法を実践するどころか、つい気持ち良くて授業中、ずっと寝ちゃいました」
かつてモニクはジョゼフィーヌの取り巻きの1人であった。
最近はジョゼフィーヌが自分と同じルウの妻であるオレリーと居る事が多くなった事もあり、同じ取り巻きであったセリア・ビゴー、メラニー・バラボーの3人で行動している事が多いのだ。
「ははっ、別に寝ても良いのさ。そこまでモニクの魂が解放されてリラックスした証拠だから文句なしだ」
ルウが励ますとモニクは捨てられそうになった子猫のような眼差しで彼に問い掛ける。
「本当……ですか?」
「ああ、そうさ。今から他の生徒にも説明するから良く聞いておけよ」
「は、はい! あう!」
ジゼルやジョゼフィーヌが見たらやきもきしそうだが、ルウはモニクの頭を優しくポンと叩き、にっこりと笑った。
「皆、聞いてくれ! どうだ? リラックス出来て呼吸法の糸口くらいは掴めたか?」
「「「「「はい!」」」」」
ルウの問いに対して生徒達は大きな声で満足そうに返事をする。
殆どの生徒達が今、この場のただならぬ雰囲気を感じていたせいである。
ただならぬといってもそれは決して邪悪な気配ではなく清々しい爽やかな風の気配を感じていたのだ。
「先生! な、何か降臨していましたよね!」
「先生! 誰かが私に触れて来ました!」
「凄く呼吸が楽になって魔力が漲ってきます!」
様々な感想を口にする生徒達。
ルウはそれらをひと通り聞いた後に手を挙げて制するとおもむろに口を開いた。
「皆、よかったな。各自が今迄にない『何か』を掴んでくれたかと思う。だが俺などはつい気持良過ぎて少し寝てしまったくらいだ」
ルウの言葉を聞いて生徒達はどっと笑うが、モニクだけはホッとした顔をしている。
そんなモニクに片目を瞑りながらルウは話を続ける。
「俺とフランシスカ先生が説明したように、適正な呼吸法の効用で1番大事なのは、魂を解放して安定と集中を図り、体内の魔力を高める事だ。それが魔法を発動し易くし魔力効率や威力もあげる事に繋がるからな。ただ今回出来なくても焦る事は無いぞ。ただ願わくば地道に継続だけはして欲しい」
ここでルウは生徒達を見回して生徒達の反応を見た。
彼女達は皆、理解し納得しているようだ。
「この訓練は自宅や学生寮でも簡単に出来るから、普段少しずつでも欠かさずやっておくと良い。ちなみに俺やフランシスカ先生は今でも続けているぞ」
それを聞いた生徒達は驚いた。
まさかルウやフランのような上級魔法使いが今更? という感覚だったのであろう。
ここでフランが指を横に振った。
「皆、聞いて! 私も改めて呼吸法は基礎中の基礎だって理解したの。驚く事に私は始めて暫くしてから、ほんの少しだけど魔力量が上がったわ」
「「「「「えええっ!?」」」」」
フランがそう言うと生徒達からおおきなどよめきが起きる。
魔法使いの魔力量は通常12歳から13歳で確定すると言われており、フランのような大人の魔法使いの魔力量が増えるなど常識外だからだ。
「正直、私も今更感が強かったけど……こうなると今は違うわ。もしかしたら、この先ももっと増える予感もする。まあ個人差はあるから絶対に魔力が増えるという保証は出来ないけど絶対に無駄にはならないと思うわ」
そこで今度はルウが補足説明をする。
「フランシスカ先生が言うように個人差があるから、一概には言えないが訓練を継続するデメリットが全く見当たらないし、少なくとも魂の方には大幅なプラスの効用となる。魂の解放から安定と集中が図れるからな。だからこれを行って結果、寝ても何の問題も無い」
ルウがここまで言うとモニクがにっこりと笑い、ぺこりと頭を下げるのが見えた。
「ここまでは良いか? 次の授業はいよいよ3班に分れる。それぞれの課題と目的、そして方法を記載したものを配布するから良く読んで授業に臨んでくれ」
こうして生徒達に次回の授業への課題が書いたか紙が配布される。
それは下記のように記されていた。
A班:習得済みの攻撃魔法の熟練度を上げる
魔法式の詠唱速度のアップ、言霊の短縮化を目指す
その上での使用魔力量の軽減化
⇒魔力を篭めない魔法式の詠唱訓練を行い、徐々に言霊の量を減らして詠唱する。
B班:魔法適性のある属性魔法を習得する
各自の属性の『弾』の魔法式の習得。
⇒魔力を篭めない魔法式の詠唱訓練
C班:基礎力の鍛錬
適正な呼吸法の習得による魂の解放
⇒魔力の安定と集中を図り、属性攻撃魔法の基礎知識を再確認する。
生徒達は各自が既にどの班に所属かは知らされているので、該当箇所を食い入るように読み込んでいた。
「もし所属の班ではなくとも自分には必要な課題だと思ったらそちらの課題も自主的に行う事を心掛けてくれ。訓練方法に関してはまずは自分で考えて探すんだ。次回の授業の際にはその辺りをやりとりした上で実際に訓練に入る」
ルウが説明を終わるとフランが次回の授業予定を告げる。
「今週の魔法攻撃術B組の授業はこれで終了です。次回の授業は来週月曜日の第2時限目になります。教室は未定ですので確定次第、校内の掲示板に貼り出します。以上、宜しいですね?」
「「「「「はい!」」」」」
フランの凛とした声に生徒達の大きな返事が応えてこの日の魔法攻撃術B組の授業は終了したのであった。
基本的に魔法女子学園の授業間の時間は少ない。
生徒達も大変だが、教師は次の授業の準備等もあり、生徒以上に大変だ。
1番時間を食うのが移動なのでその辺りを見越して授業は効率的に組まれている。
ちなみにルウが次に行う担当の授業は魔法攻撃術C組であり、場所も同じこの屋外闘技場だ。
この為ルウとフランはこの場に残り、もう1人の副担当であるカサンドラを待つ。
未だ受講する生徒達は来ていない中、直ぐに彼女は現れた。
「ルウ様、お早うございます」
「おいおい、カサンドラ先生。ルウ様って、学園でその呼び方は不味いだろう?」
「は、はいっ! ル、ルウ先生!」
カサンドラは慌てて返事をすると何と俯いてしまう。
やはり彼女は本気のようである。
カサンドラにとって、ルウは心酔する師匠であると同時に憧れる男性になってしまったようであった。
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