第375話 「シルフの手解き」
魔法女子学園屋外闘技場、水曜日午前9時55分……
本日も王都セントヘレナの天気は快晴である。
このような日はやはり屋外で授業を行うのが生徒の間でも好まれた。
単に天気が良いというだけではなく、魔法の発動にも多分に影響してくるからである。
本日こちらの屋外闘技場で行われる第2時限目の授業はルウ担当の魔法攻撃術B組だ。
一昨日、このクラスはルウの担当する他のクラスと同様に班分けが決められて新たなスタートを切ったのである。
各クラスが第1時限目に行うホームルームと魔法学Ⅱの基礎学習を終えた生徒達は続々と集まって来ていた。
生徒達は闘技場の鮮やかな緑の芝生の上にそれぞれ顔馴染み同士で座り込むと雑談をしながらルウ達を待つ。
やがて午前10時になるとルウとフランも闘技場に姿を現した。
生徒達が喚声をあげて迎えると、2人は手を振って生徒達に応えて彼女達が作った輪の真ん中に進む。
「皆、今日はいよいよ魔法攻撃術の授業を本格的に開始する。一応班分けはしてあるが、最初だから全員で呼吸法の訓練からやるぞ」
ルウの言葉を継いで今度はフランがその意味を説明した。
「全員でやる事でクラスの連帯感を高めます、宜しい?」
「「「「はいっ!」」」」
生徒達は皆、大きな声で返事をして一斉に頷いたのである。
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マノン・カルリエは目を閉じてルウの言葉をひと言も聞き漏らすまいと一生懸命聞いている。
今、彼女は自分が行って来た呼吸法を一旦白紙にしてルウの指導を改めて受けているのだ。
呼吸法――魔法女子学園の基礎教科書Ⅰの最初の項に正確な魔法発動の為に正しい呼吸法を習得する事がいかに重要かがはっきりと記されている。
自然に呼吸法を行えるようになると魔法式を唱える際のリズムが良くなったり、呼吸法から生じる落ち着きから魔法発動の安定さを保つ事が出来ると。
学園で生徒たちが教わる呼吸法の型は基本的に決まっている。
いわゆる呼気と止気である。
まずは呼気――いわゆる息を吐く事。
そして吸気――これは息を吸う事。
最後に止気、文字通りに息を止める事である。
これをある一定のリズムで繰り返すのが魔法発動を円滑にする為の呼吸法の訓練なのだ。
たとえば息を吐く呼気を連続で4回行い、止気する。
その次は息を吸う吸気を連続で4回行い止気するなどだ。
ちなみに回数や呼吸の間隔など厳密な法則は無い。
各個人が適合した形で行えば良いのであり、止気する際にリラックスして他の事を考えずに行うと集中力を養う為にも有効なのである。
魔法女子学園でルウ以外の教師が教えるのはここまでだ。
しかしルウの授業はここからの教授が違うのである。
改めて生徒達を見回すとルウは教科書に無い内容を話し始めた。
「呼吸法は本来、各自が自分に1番合ったやり方で行なうべきなんだ。学園で教授されるものも悪くはない、汎用性のある良い呼吸法だと俺は思う。だが腹式呼吸、胸式呼吸、片鼻呼吸、密息など様々な呼吸法があるなかで他の呼吸法を試してみる価値は必ずある」
「但し」とルウは生徒達に釘を刺すのを忘れない。
「呼吸法は確かに大事だが、それだけに目を囚われすぎると本質を見失うぞ。1番大事なのは、魂を解放して安定と集中を図り、体内の魔力を高める。それが魔法を発動し易くし魔力効率や威力もあげる――お前達はこの流れにしっかりと目を向けて欲しい」
ルウの言葉をすかさずフランが補足する。
ここはさすがに夫婦……阿吽の呼吸だ。
「適正な呼吸法で魂を解放して、安定と集中をまず試すのよ……皆さん、分りましたね?」
「「「「「はいっ!」」」」」
生徒達はフランの呼びかけに対して大きな声で返事をした。
2年C組以外の生徒達には呼吸法ひとつとってもルウの授業はとても新鮮に感じられるのだ。
逆に2年C組の生徒達の記憶には懐かしいやりとりが甦る。
魔法の基礎である呼吸法の手解きをルウが懇切丁寧に行ってくれた事は彼女達にとって忘れられない思い出だからだ。
「よし、早速実践だ。まずは自然体で芝生の上に恰好を気にせず自由に横になり、色々と呼吸法を試してみよう。自分が行ってみて無理のないものがあればしめたものだ。やり方等不明な点があれば遠慮なく聞いてくれ」
やはりルウの指導方法は2年C組の生徒達が受けた春期講習の時と全く同じである。
ルウとフランはクラスの生徒達全員に広大な屋外闘技場の芝生に寝転がるように命じた。
そして指導する教師2人も一緒にふかふかの芝生の上に座ったのである。
ルウの師であった亡きシュルヴェステルが教えてくれた魔法使いへの第一歩が風を司る精霊シルフの加護を受けて自分に適した呼吸法を見つける修行だ。
これは精霊魔法を主とするアールヴ特有の修行方法である。
ルウがその修行を行い、初めて自分に最適な呼吸法を見つけた時の喜び……
出来ればルウはその喜びを自分が教える生徒達全員に体感して欲しかったのだ。
しかし魔法女子学園の生徒達は素質豊かな魔法使いとはいえ、アールヴに比べると精霊と交歓が難しい人間族である。
それに彼女達は未だ半人前の魔法使いだし、尚更、精霊との交歓は困難だ。
だがルウはこの場に最初から風の精霊を召喚しようと考えていた。
たとえ交歓は出来ずとも生徒達が精霊の爽やかな息吹に触れ、少しでも気配を感じるようにとのルウの配慮である。
それにシルフの下で魂と身体を解放して行く事で今迄にない結果がもたらされる可能性は大いにあった。
そう、2年C組の生徒達がルウが行った春期講習の授業で直ぐに結果を出したようにである。
『大地の息吹である風の精霊よ! そなたを愛し慕う者が願うもの也、来たれ我が下へ』
ルウはタイミングを計ってこの場にたくさんの風の精霊達を呼び出した。
当然、念話である。
ルウの召喚に応えて、腰までの長い金髪に碧眼、目鼻立ちの整った顔、細身の身体に透明な光沢のある布の衣を纏った妙齢の女達が開け放たれた異空間から大挙して現れた。
それがこの世のものとも思えぬ美しい女達――|風の精霊であるシルフ達である。
芝生に座ったルウの姿を認めた風の精霊達は嬉しそうに彼の周りを飛び回っていた。
この場に居る者でその様子を見通せるのは風の精霊の加護を受けたジョゼフィーヌだけである。
それ以外にはルウの隣に座ったフランが何らかの精霊の気配を感じるくらいだ。
――相変わらず空は高く、上空をちぎれたような雲がゆっくりと流れて行く。
生徒達は寝そべる恰好さえも自由にして良いと言わたので本当にリラックスしている。
風の精霊の発する風に身を任せた生徒達は様々だ。
目をじっと閉じている者、上空を流れ行く雲をずうっと眺めている者が居るかと思えば、当然の事ながらひたすら呼吸法を試している生徒も居る。
はっきり言えるのは、風の精霊が発する、この爽やかな風に身を任せながら、生徒達は解放的で幸せな気分に満ち溢れていた事であった。
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