第373話 「新生クランの命名」
「おおおっ!? とするとルウ様は司祭や僧侶が行使する葬送魔法も発動出来るのか?」
フランを助けた際の話を聞いたカサンドラが感嘆の声をあげる。
「姉さんの視点はそこか?」
ルネが少し落胆したように言った。
そんなルネに対してカサンドラが反論する。
「そこって? 他に何がある? ルウ様の強さはもう充分過ぎるほど分っているし……」
「葬送魔法や強さも良いけど、私はやはりルウ先生とフランの『運命の出会い』を聞いて羨ましかった」
それを聞いたカサンドラはハッとして思い切り目を見開いて妹の顔を見詰めた。
そして何かを思い浮かべるように、羨ましそうに、そして切なげに「ほう」と溜息を吐いたのである。
この様子を見ても分るように、やはりカサンドラは妹のルネ以上のロマンティストなのだ。
そんな姉妹の様子を見たルウが新たな話を切り出した。
「ところでだ、話は変わるが俺とフランは未だ冒険者登録をしていない。今週末それをやって来るから週末は不在となる」
ルウの冒険者登録の話を聞いたカサンドラの表情が訝しげになる。
「不在って? この王都セントヘレナの冒険者ギルドに行くのだろう? 適性試験を受けてランクを決めた後に登録すれば、せいぜい半日くらいしか、かからない筈だぞ」
カサンドラの話を聞いたルウは仕方が無いという表情だ。
「そこなんだが、以前、エドモン様がこの王都に来た際に、話の流れで約束してしまってな。モーラルも含めて俺達3人の冒険者登録はバートランドで行う事になったのだ」
事情を聞いたカサンドラはやっと納得したようだ。
そんなカサンドラの態度を見ていると実は登録の際にルウに同行したかった節があったのかとルネは思う。
「それは大変だ。でも身内でもあるエドモン様の指示では仕方ないだろう」
「でだ、その際にクラン名もあちらで決めて来ようと思っている。皆の意見を聞いて候補名を決めておこう」
「うう、その話題なら私は黙っていよう……」
クラン名の件では、ルウにいじられたカサンドラが辛そうに黙り込む。
彼女を見てルウは軽く手を横に振った。
「ははっ、大丈夫さ。改めて皆で名前を出し合うのが良いよ」
「あ、ありがとう! ルウ様!」
自分をフォローしてくれたルウの言葉を聞いたカサンドラは、ぱあっと顔を輝かせると思わず彼の手を握り締めた。
「あ!?」
しかし、カサンドラは大胆な自分の行動に気付くと小さな悲鳴をあげ、手を引っ込めてしまう。
そんな事がなかったかのようにルウは皆に呼び掛けた。
「ははっ! ようし、じゃあ皆でどんどん名前を出して行こう」
「ええと感謝とか?」
「お宝!」
「絆とかはどうだ?」
「発見!」
クラン名の候補がいくつか出たが皆が納得する名前はなかなか無い。
そのうちにフランがルウに問う。
「旦那様、アールヴの長であるソウェルって古代語で『太陽』って意味と聞いたけど?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、こうしませんか? 私達が太陽というのはおこがましいので星というのは? 広大な天空に瞬く数多の星……それぞれが個性を持ち、様々な運命を背負うという意味もありますし」
占術を得意分野にしているフランらしい命名である。
「それは良いです」
「うむ、星か! 響きも恰好良いぞ」
ボワデフル姉妹は即座に納得し、大賛成のようである。
後はルウだけだ。
「ははっ、星か? 俺は最初から賛成さ。良いと思うぞ」
星、瞬く星……光をもたらす明けの明星……金星。
ルウが『星』と言うのを聞いてフランは何故か唐突にひとつの星の名を思い出した。
何故だろう……
明けの明星とはかつては人々の希望の星でもあり……そして今は口に出すのも汚らわしい禁忌として封じられた名でもあるのだ
それがルウと何の関係があるのだろう?
私は何故……そのような事を考えてしまうのだろう?
フランはそんな自分が不思議でならなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてまた『お約束』の時はやって来る。
ルウと女性4人という組み合わせは店内に居た他の冒険者の嫉妬を買うには充分であった。
周りに客は居なかったが、ルウ達が目立っていたのと時たま数人の冒険者らしい若い客がちらちらと様子を見に来ていたのである。
「おい! そこの魔法使い! さっきから可愛い女ばっかり1人占めしやがって! お前みたいのが居るから俺達へ碌に女が回って来ないんだよ」
因縁をつけたのは5人程で騒いでいた若い男性の冒険者の1人である。
ルウ達がクランの命名で雰囲気が最高潮に盛り上がったのを聞いてとうとう我慢が出来なくなったらしい。
「ははっ、言い掛かりだな」
「何だとぉ!」
「お前等!」
カサンドラが立ち上がって冒険者に突進しようとしたのをルウが手で制した。
「ううっ!? ルウ様、何故止める?」
ルウは黙って店の片隅を指差した。
思わずルネがそちらを見やると4人の男がこちらに向かって来るのが分った。
そのうちの1人は先程ルウの従士だと言われたバルバ以上の逞しい体躯をした猛禽類のような顔をした男だ。
彼もルウの従士――アーモンこと悪魔アモンである。
「お客様、困りますね。こちらのお客様がとても迷惑を蒙っております」
「な、何だ!? てめぇ達は?」
「我々は鋼商会警備部……貴方達のような不埒な輩に対処する為に英雄亭に雇われた者ですよ」
「こ、このぉ!」
腕組みをするアモン。
ここで前にずいっと出たのは会頭であるリベルト・アルディーニ、そして配下であるラニエロ・バルディ、ニーノ・カピッツィだ。
「お客様、店のルールを守れないようでしたら飲食した分を精算して速やかに退店して頂けますかね?」
リベルトが抑揚の無い口調で呼び掛けると冒険者達は思わずたじろいだ。
今迄、裏世界に生きて来た彼等はそれなりに迫力があり、それが普段以上に慇懃に振舞うとカタギの人間にはいつも以上に不気味に映るものなのである。
「さあさあ、不満なら店を出た、出た!」
ラニエロとニーノがひと睨みして冒険者を急かすと彼等は俯いて全員が店を出て行く。
鋼商会の働きで不埒者が居なくなった店内には他の客から喝采の声と大きな拍手が鳴り響いたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




