第369話 「学ぶ喜び③」
ルウとルネ・ボワデフルはブランデル家の馬車で中央広場へ向っている。
2人きりの車内で緊張気味なのか、俯くルネに対してルウは穏やかな表情で話し掛けた。
「ルネ先生とカサンドラ先生は外見はそっくりな双子でも、話したり付き合ってみると、性格は全く違うんだな。姉妹だから共通点もあるんだろうけど」
「ええ、姉は一見大まかに見えるけど、結構、繊細ですね。逆に私は大まかで細かい所は気にしなくて、切り替えも早い方かな……でも何故? いきなりそのような事を聞くのですか?」
ルネは自分と姉の性格を簡単に述べた後、ルウに質問の真意を尋ねる。
質問に対するルウの返事は意外なものであった。
「いや、夏季休暇から俺達はクランを組んで冒険者稼業を始めるだろう。ルネ先生とカサンドラ先生のそれぞれの性格や考え方を知っておいた方が良いと思ってな」
「性格や考え方……ですか?」
「ああ、先程の魔法武道部の練習を見ても分るだろう。個々の能力を単純に足し込んだものが単純にクランの総合力ではない。お互いを理解した上での連携も大事になると俺は考えている」
ルウはクランにおいて個々の能力よりバランスや連携等を重視している。
そのような考え方もルネには新鮮であった。
「ふうん、クランってそういうものなんですか?」
そんなルネに対してルウは悪戯っぽく笑う。
まだ彼には新たな質問があるようだ。
「ああ、そういうものさ、ああ、そうだ。ところで今夜のルネ先生の都合はどうだ?」
「今夜? まさか帰さないとか言わないですよね」
ルウが到底、本気とは思えないのでルネも自然な笑顔で返すが、その様子は触れなば落ちん風情と見えなくもない。
「ルネ先生が望むなら、そうしても良いけど残念ながら違うのさ。で、どうだい?」
「今の所、予定は入っていないけど……本当に何があるのですか?」
「まあ安心しろ。フランもカサンドラ先生も一緒だから」
「ええっ!? 少しがっかり! でも何でしょう? 教えてください」
大袈裟にがっかりするルネ。
彼女は今夜のイベントが何なのかだんだん気になって来たようである。
しかしルウの口は堅い。
「ははっ、内緒だ。しかし、きっと楽しいと思うぞ」
「ぶう~! 教えてくださいよ」
頬を膨らませてせがむルネに対してルウは話題を変えた。
「ははっ、そろそろ着くぞ ちなみに特例でモーラルも俺達のクランに参加するから宜しくな」
御者をしている華奢な美少女がクランに参加すると聞いてルネは吃驚する。
「そう……なんですか? あんなに可愛い子が!?」
「ははっ、可愛いならルネ先生も充分に可愛い」
「もうっ! わ、私なんかっ!」
ルウに煽てられて、慌てるルネにルウは衝撃の発言をした。
「それにモーラルだが、実はカサンドラ先生よりも強いぞ。また落ち込むと困るから彼女には暫く内緒にしていて欲しいが」
「ええっ、そ、それはっ!?」
「ははっ、到着したぞ」
ルネが驚いた瞬間に馬車がゆっくりと停まった。
外で誰かが地面に降りる音がした。
馬車のドアがリズミカルにノックされ、外から声を掛けたのは、やはりモーラルである。
ルウが返事をすると馬車のドアがゆっくりと開けられた。
笑顔のモーラルは改めてルネに挨拶をする。
「お疲れ様でした。私がご案内致しますわ。そして今後とも宜しくお願い致します」
「あ、ありがとうございます!」
モーラルはルネを誘い、魔道具の店『記憶』の前に連れて行く。
年季の入った渋い趣のある店の前でルネは「へぇ」という表情を見せた。
「この店は?」
「私が共同経営者として営む魔道具のお店です。本日は定休日なのですが、学園の研修用に借り受けました。どうぞ、お入りください。中をご覧になれば、きっとお気に召す筈ですよ」
「は、はい!」
ここが研修の場だと、ルネはモーラルに促されて記憶のドアを開けた。
重厚なドアが僅かに軋みながら開き、何気に中を見たルネは小さく喚声をあげた。
「わぁ!」
店の中の展示台にはたくさんの魔道具が並べてあったのである。
A級魔法鑑定士である優れた目利きのルネにとっては、置いてある魔道具をひと目見ただけで皆、価値のある貴重なものばかりである事が容易に判別出来たのだ。
「改めてお伝えします! この店内で魔法女子学園の指示によりルネ・ボワデフル様の教育研修を行います。そして旦那様……いえ、ルウ教官の指導を受けて頂きます。詳細に関しては教官からお聞きください」
モーラルの説明で今回は自分の為の教育研修だと知ったルネは驚いて目を見開いた。
「え!? 私の研修!? ルウ先生が教官?」
「はい! ルネ先生に今日は魔法女子学園の生徒時代に戻って頂きます」
話が見えて来たルネ。
こうなると彼女のノリは良くなる。
「うふふ、それって、うん年前……かしら」
「そこを私が突っ込んだら、これからクランを組む際の人間関係に支障が出ますのでノーコメントですね」
澄ました顔で返すモーラルにルネはとうとう我慢が出来ずに笑い出した。
「ふふふふふ! モーラルさんって面白い! クランとかを抜きにして……友人として、もっとお付き合いしたいわ」
「はい! 喜んで! でも今日はとりあえず研修を頑張ってくださいね」
「分ったわ! うん年前に戻って頑張るわ」
親指を立ててモーラルにアピールするルネ。
こうしてルネの教育研修は始まったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔道具が置かれた店の中でルウとルネは椅子に座って向かい合う。
「モーラルから聞いただろうが、今日は俺が教官となり、ルネ先生の教育研修を行う。学科は魔道具研究の鑑定とした、宜しくな」
ルウが片目を瞑るとルネも元気良く返事をする。
「はいっ! 2年C組の『臨時生徒』のルネ・ボワデフルです」
「ははっ、モーラルに乗せられたな? 俺はそれでも構わないよ。じゃあルネと呼ぼうか?」
「はいっ! どんどん呼んで下さい! 先生、宜しくお願いします」
懐かしい!
自分が未だ学園の生徒だった頃、魔法ってこんなに凄いのかと毎日が楽しかった。
ルウと向かい合って話しているとあの日が甦って来るようだ。
こうなると授業をする2人の呼吸はぴったりと合って来るのであった。
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