第368話 「学ぶ喜び②」
魔法女子学園実習棟、火曜日午後12時55分……
授業の開始時間が迫って来て生徒達が教室にやって来た。
教室に入って来た生徒達は最後方の席に座っているルウを見て吃驚したが、ケルトゥリが来た順番で前に座るように促しているので彼をちらちらと見ながら前の席に座って行く。
やがて2年A組のポレット・ビュケがA組の級友と入って来た。
彼女は何気なく後ろを見てルウが居るのに気がつくと大声をあげそうになって慌てて手で口を抑える。
そして頬を紅潮させて一目散に駆け寄って来たのだ。
「ルウ先生! ど、どうして!?」
「ポレット、お前がなりたいと言っていた錬金術師の為の授業の初日だろう。俺と約束してくれた通りに頑張っているみたいだから俺も約束通り、お前の様子をちょっとだけ見に来たんだ」
約束通りに――ルウがそう言うとポレットは嬉しそうに笑顔を見せた。
「あ、ありがとうございます! 気にかけて頂いて!」
「ケルトゥリ教頭もさっき褒めていたぞ」
「本当ですか!? 私、あの日先生と話して本当によかったです。授業頑張ります! だけど……ふふ、先生の授業はもっと頑張りますけど」
ポレットの言葉を聞いたルウは大袈裟に眉をひそめた。
「ははっ、注意した方が良い。アールヴは人間の数倍は耳が良いからな、教頭に聞こえるぞ」
「ポレットさん、ちゃんと聞こえていますよ! 貴女がもし錬金術師になりたいのであればこの授業は1番に頑張らないといけませんね!」
教壇からケルトゥリが大声で叫び、教室に居た生徒達がどっと笑う。
ポレットは思わず俯くが、ルウがすかさずフォローしてやった。
「ははっ、気にするなよ。彼女なりの愛情表現なんだから。何かあったら俺に言えば良い」
「ルウ先生が何を言っているかもしっかりと聞えていますよ!」
ケルトゥリがまた大声で叫び、教室は再び笑い声に満ちたのである。
そして―――午後1時になり錬金術の授業が始まった。
ケルトゥリの凜とした声が響き渡る。
「錬金術とは何ぞや!? 誰か分るものは居ますか?」
教室は静まり返っている。
生徒達は一応様々な参考書を読んだであろうが、誰も答える事が出来ないのだ。
「ルウ・ブランデル! 説明しなさい!」
何とケルトゥリは最後方に座っていたルウを指名する。
生徒でも無いのにだ。
しかしルウは立ち上がると臆する事無く答える。
「錬金術とは完全なる存在に近付こうとする術、すなわち創世神になる事を目標として研究された学問だ」
「ルウ、引き続き例を挙げて説明して下さい」
「はい、不完全なるものを完全に変える術……例えば、全ての卑金属を金へ、病魔に犯された人を健康な人へ、そして限りある命を永遠の命へと……全てを変える事……それが不幸から幸福になれる……錬金術が存在する意味と目的はそこにある」
ルウの説明を聞いたケルトゥリは満足そうだ。
傍らではルネが目を閉じて頷いている。
「完璧です。この定義を良く覚えておくように! そもそも錬金術はこの大陸で培われて来た工芸、占術、哲学など様々な学問を融合したものでもあるのよ。そしてこの言葉が象徴的な言葉なの……ルネ先生」
ケルトゥリがルネに説明を求めた。
「はい! ひとつは全なり、全はひとつなり……ですね」
「正解です。これが錬金術の中の宇宙理論の基礎となる言葉です。全ての物質はひとつの物から形成されている。そのひとつとは第1質料と呼ばれています」
ここで手を挙げたのがポレット・ビュケである。
「ケルトゥリ先生、第1質料とは完全なるものと同義語ですよね」
「ポレットさん、正解です。だから宇宙理論に限って言えばですが、天に瞬く星から地に眠る鉱物まで全てが第1質料で形成されていると考えれば良いでしょう」
ポレットは満面の笑みを浮かべて一礼した後、着席した。
それを見たケルトゥリは授業を続けて行く。
「宇宙理論から発展して考案されたのが物質理論です。この理論では第1質料に湿、乾、熱、冷の加工をする事で4大元素のひとつが現れるという考え方です。当然の事ながら火、風、水、土の4大元素、つまり4大精霊と言われる存在との関わりが考えられました」
ここでケルトゥリはコホンと咳払いをした。
「この授業では4大元素を変換し、様々な物質を作りあげ、第5元素に至る……すなわち賢者の石までの製作を目指します」
―――授業は未だ続いている。
ルウはそっと実習棟の教室を抜けて研究室に戻ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園ルウ・ブランデル研究室、火曜日午後2時15分……
トントントン!
ドアがリズミカルにノックされた。
これは……彼女だ。
「ルネです」
訪れたのはルネである。
ルウはルネに対して本日の錬金術の授業が終わったら、彼の研究室に来るように伝えてあったのであり、彼女はその指示通り訪れたのだ。
「ドアは開いてるよ、ルネ先生」
「失礼します!」
先程の件があったせいか、ルネがルウを見る眼差しが少し違っている。
2人はこれから出掛けるようだ。
「先生に伝えてある通り、今日はこれから学園を出てある場所で職員研修を行う。その後はもう学園には戻らず直帰となる。だから荷物は持って行って欲しい、大丈夫かな?」
ルウが穏やかな表情で尋ねるとルネは右手の中指につけた指輪を得意そうに触る。
「大丈夫です。私も自作である付呪魔法を掛けた収納の魔道具を持っています。容量も私のバッグくらいなら問題ありません。さすがにルウ先生の腕輪の能力と比べると相当落ちますけど……ところでどちらに行くのですか?」
「ははっ、理事長と校長、当然ケルトゥリ教頭の3人の許可は取ってある。向うのは中央広場のとある店さ。そこで俺が講師となるので研修を受けて貰うよ」
「中央広場のとある店? ルウ先生と2人きりで、ですか?」
ルウはルネの質問に答えず、きっぱりと言い放つ
「さあ、時間が無くなる、行こうか!」
「え!?」
ルウは何とルネの手を掴み、研究室の外へ出たのだ。。
いきなりでされるがままのルネの手を引っ張ってルウが実習棟を出て歩いて行くと、既に漆黒の頑丈そうな馬車が正門の傍に待っていた。
「これはウチの馬車さ。これで目的地に向う、さあ乗ってくれ! ちなみに御者は俺の妻だ」
「え、ええっ!?」
さりげに妻を紹介するルウにルネは驚いた。
彼女はルウにはやはりフランシスカ校長代理以外にも妻が居たと知り、何となく複雑な気持ちになる。
御者台にはルウから妻だと紹介された1人の少女が座っていた。
思わずルネが見上げると、シルバープラチナの小柄な、その美少女はにっこりと笑って一礼した。
「ルネ様、高い所から失礼致します。モーラル・ブランデルです」
「ル、ルネ・ボワデフルです。よ、宜しくお願いします」
「さあ、乗ってくれ!」
ルネとモーラルの挨拶が終わるか、終わらないうちにルウはさっと馬車のドアを開ける。そして未だ躊躇するルネを押し込んだのだ。
「はいよう!」
ルウとルネの2人が乗り込んだのを確認するとモーラルはぴしりと鞭を鳴らして馬車を発進させたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




