第363話 「勧告」
時間は少し遡る……
魔法女子学園本校舎理事長室、月曜日午前7時……
理事長室のドアの前に立つ2人の人影があった。
一見してどちらがどちらだか、見分けがつかない姉妹。
そう、立っていたのはカサンドラとルネのボワデフル姉妹である。
2人は朝早くこの時間に出勤して、アデライドから理事長室に来るように命じられて、今ここに居るのだ。
「ううう……緊張する」
カサンドラの全身がぶるりと震える。
それを見たルネは呆れたように言い放った。
「全く姉さんったら! 少しは落ち着きなさいよ。普段は竜でさえ怖くないと言い切るのに何故そのように震えているの?」
「ルネ! な、何を言う! もし理事長が怒ったらどのように怖ろしいか、お前は知らないのか!? 彼女は10年前の大破壊の際にヴァレンタイン魔法大学防衛の陣頭指揮を執って、あっという間に二足竜を3体も屠ったのだぞ!」
「3体か……へぇ、それは凄いわ」
二足竜を3体!?
それを聞いたルネはさすがに驚いた表情だが、あくまでも冷静だ。
今度はカサンドラが妹の様子を見て呆れている。
「何だ、それはって!? お前は反応が薄すぎるぞ!」
2人の声は大きくなり自分達が知らぬ間に理事長室の中に伝わっていたらしい。
部屋の中から廊下へアデライドの声が響き渡る。
「カサンドラ先生、ルネ先生。来ているならさっさと部屋に入って頂戴!」
「は、はい!」「はい、失礼します」
部屋に入った2人を迎えたアデライドの表情は怒るでもなく笑うでもなく無表情だ。
ボワデフル姉妹にとってはそれが却ってアデライドが何を言うか予測出来ない部分ではあった。
姉妹が度を越えた冒険者稼業をしていた事や姉の結婚活動も含めて魔法女子学園の職員の就業規則からは大きく逸脱していたのだから。
その為、妹のルネは学園から処分が出る前に機転を利かせてノーアポでアデライドの屋敷に訪問し、平謝りで許しを請うたのである。
それが功を奏してか、とりあえずその場では2人にお咎めなしと答えたアデライドではあったが、月曜日の朝1番に出勤するように2人に対して使いを寄越したのだ。
「とりあえず、肘掛付き長椅子にかけて下さるかしら」
「は、はい!」「ありがとうございます、理事長」
2人の様子をアデライドがさりげなく見ると、やはり姉妹では妹のルネの方がこのような場面では堂々としており冷静だ。
いわゆる肝が太くて落ち着いて対処出来るタイプである。
一方、姉のカサンドラは豪放磊落なように見えて実は結構、繊細なのだ。
先に姉妹を座らせたアデライドは自らも対面の肘掛付き長椅子に座ると口を開く。
「今朝、貴女方を呼んだのは他でもない、この前の一件絡みの用なのです」
ここで「お咎めなしの筈では?」などとは、さすがのカサンドラでも口に出来なかった。
「2人とも、とても『元気』があり余っている様子だから、学園で人手不足の所を手伝って欲しいのよ」
ここでいう『元気』とは冒険者稼業やカサンドラの行為を皮肉ったものであろう。
「人手不足?」
「理事長……貴女の仰る、いかような事でも喜んでお受けして、やらさせて頂きます」
カサンドラはアデライドの言った意味を少し考え込んでいて態度を保留していたのにルネは姉を無視するように即答した。
妹の返事を聞いたカサンドラは吃驚する。
「え!? ル、ルネ!」
姉の自分を無視して話を進めようとするルネに対して渋い顔のカサンドラだがさすがに何も言えずに黙るしかない。
それを良い事にルネは話を進めて行く。
「それで理事長、具体的に仰って頂けますか?」
「う、ううう」
アデライドも口篭るカサンドラを無視しして満面の笑みを浮かべて手を叩いた。
「結構! 良く言ったわね、2人共。もうその言葉は取り消せないわよ。じゃあ、これから私がいう事を聞いて下さる? まずカサンドラ先生!」
「は、はいっ!」
「貴女には課外活動の魔法武道部のコーチに任命するわ。顧問であるシンディ先生と副顧問のルウ先生の指示を良く聞いて部員の指導をして下さいね。当然、休暇中の魔法武道部の夏季合宿にも出て貰いますよ」
「わわわ、分りました」
「ルネ先生はいろいろな先生のお手伝い、いわゆる補助に入って下さい」
「そ、それは!? いろいろな先生の補助に……ですか?」
『補助』と言われてさすがにルネの顔が曇った。
命じられたのは、いわゆる『便利屋』であるからだ。
どのような事も受けると宣言していた彼女にとっては予想外の指示であった。
これでいてルネはプライドは相当高いのである。
アデライドはそんな反応のルネに話を続けた。
「そう……『補助』に、です。ルネ先生、まあカサンドラ先生もですが、貴女方ボワデフル姉妹の魔法の才は大したものです、いわゆる天才肌ですね」
「私達が天才肌? 天才と呼ばれた理事長がそう仰るとは……本当ですか?」
再度聞き直すルネに対してアデライドは微笑する。
「ルネ先生、惚けても無駄です。貴女が今回冒険者稼業にせいをだしたのは確かにウチの給料が安い事もあるけど……貴女が仕事よりもまず自分の研鑽を優先している事と私は見ました」
アデライドの止めを刺すような言葉にルネは大きく目を見開いた。
自分は学園の教師としてやる事はやっていると自覚していたからである。
ルネは我慢出来ずについ声が大きくなった。
「理事長! 私が教師という仕事に対して手を抜いていると仰るのですか?」
「ル、ルネ!? 落ち着けといったのはお前だぞ!?」
いつもは冷静な妹の変貌振りに驚いたのはカサンドラである。
しかしアデライドの表情は変わらない。
「うふふ、ルネ先生。私はね、もっともっと貴女がこの学園で能力とやる気を出せば生徒の為になると考えています」
上手く言葉を返されて反論できずにいるルネを見た後、アデライドはカサンドラも含めてこう言い渡した。
「カサンドラ先生も聞いてください。貴女方は自分達の才能の高さ故に生徒達を一段低く見ている節があると私は考えています。そこで色々な先生と仕事をする事で教師としての仕事のやり方をもう1度見直して欲しいのです」
アデライドがそう言うとルネは大きく目を見開いたままゆっくりと頷いた。
これは最早業務命令である。
今回のペナルティはきっかけに過ぎない事をルネは、はっきりと認識したのである。
「……分りました。理事長がそこまで仰るなら……先に何でもやると約束しましたしね」
まだ事情が飲み込めないカサンドラが呆然とする中、ルネは低く呟いたのである。
そんなやりとりがあって今―――ルウの研究室の扉が開けられると、そこにはカサンドラとルネの姉妹が立っていたのである。
ルネの姿を見たルウは穏やかな表情で声を掛けた。
彼女が姉と一緒なのはルウには魔力波で分っていたのである。
「ははっ、ルネ先生も一緒か?」
「はい……私もとりあえずルウ先生の補助につくように言われました。当然、自分の受け持つ授業が無い時にですが」
「まあ2人とも入ってくれないか。お茶でも飲んで貰ってから、俺はカサンドラ先生と上級召喚術A組の班分けの作業をやる。ルネ先生はまず見ててくれれば良いよ」
理事長に言われて強張っていたルネの魂を解すようにルウの言葉が自分に入り込んで来た。
そういえば……この人って、赴任したばかりの時にとんでもない付呪魔法の才能を見せたんだよね?
ついそのままになっていたけど……良いわ、どれくらいの才能か、私が見て確かめてあげようじゃない。
ルネはそんな思いでじっとルウの漆黒の瞳を覗きこんでいたのであった。
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