第362話 「手伝い」
魔法女子学園ルウ・ブランデル研究室、月曜日午後2時……
学園の1日の最終授業である第5時限目の授業の開始時間である。
だが、ルウの担当授業は入っていなかった。
実はルウ自身、その時間に魔法攻撃術C組か、上級召喚術B組の授業を入れても良いと申し出たのであるが。アデライドやフランがルウの身体を気遣ったのである。
というわけでルウは今、自分の研究室に居た。
今日はこの後、魔法武道部の練習にも顔を出すので、それまでのこの1時間弱の貴重な時間を本日行った授業の班分けの作業に費やしていたのである。
学園の作成した資料と生徒が自ら記入した自己申告用紙を付け合せしながら、ルウは生徒の顔を思い浮かべ、とてつもない速さで作業を進めて行く。
20分後―――本日ルウが行った授業の3クラスのそれぞれの班分けは瞬く間に終了していた。
但し、副担当の意見も尊重するとルウは伝えていたので、後はフラン達副担当に確認をして貰い最終決定するだけだ。
ルウは置いてあった紅茶用の陶器製のポットにアールヴの里の特産であるハーヴティーの茶葉を入れると、お湯を注いだ。
立ち昇る蒸気から出る独特な香りを懐かしそうに楽しんでから、彼はゆっくりとカップにお茶を注いで行く。
とんとんとん!
その時、研究室のドアがリズミカルに鳴らされた。
このノックの仕方はフラン……だとルウには分る。
「フランシスカです、ルウ先生」
「鍵は開いているよ、フラン。入ってくれ」
「失礼します」
ドアのノブがゆっくりと回され、フランのたおやかな肢体が部屋に滑り込んだ。
そして正面にルウの姿を認めるとフランは花が咲いたような笑顔を浮かべ、部屋に入って来た。
彼女は部屋に入ると後手で鍵を閉める。
「今日は疲れたでしょう? 魔法攻撃術の班分けの作業を手伝おうと思って来たの」
フランはやはりルウの身体を労わった。
魔法武道部の指導の後、今夜は妻達が異界で行う訓練も予定されているからである。
「ははっ、俺の確認はとっくに終わっている。後はフランに見て貰うだけさ」
「う、嘘っ!?」
ルウの手際の良さにフランは驚いてしまう。
そんなフランに対してルウは事も無げに言う。
「本当さ、明後日には次の授業があるしな。早く班分けをした上で生徒達には課題に集中して欲しいから」
「成る程、さすが旦那様ね。じゃあ失礼して拝見するわ」
資料を見ようとするフランに新しいカップを用意したルウは彼女にもハーヴティを淹れてやった。
カップを受け取ったフランは礼を言ってハーヴティを美味そうに啜る。
ひと息ついてルウに資料を渡されたフランは素早く目を通して行く。
所々、ルウが気になった部分のメモを入れているのでそれも読みながらの確認である。
何人かの生徒に関してルウに意見を伝えてフランは資料を纏めて行く。
暫くして作業を完了したフランはにっこりと笑って大きく頷いた。
「ふう! 概ね良いと思うわ。でもA組のマノン・カルリエは一体どうしたのかしら? 今迄の彼女からしたら到底想像出来ないわ」
「彼女は今迄自分の学んで来た魔法に疑問を持って最初から学び直したいと思ったのさ。だから俺に形振り構わず喰らいついて来たんだ。動機はどうあれな」
ルウにもマノンの気持ちは何となく伝わっているようである。
しかし、あくまでもルウはマノンを生徒として見ていた。
「良い魔法使いになる為にはあのような前向きな魂は必要不可欠さ。ここが微妙な所だが、それが欲望に囚われすぎると魂は逆に闇に堕ちてしまう。俺はあの子の前向きになっている気持ちを上手く導いてやりたい」
「うふふ、旦那様は優しいから。でもマノンみたいな子の乙女魂はとてもデリケートだから気をつけてね」
「ははっ、そうだな」
ルウが穏やかな表情で頷いた瞬間である。
とんとん……
ドアが遠慮がちにノックされた。
これは……アドリーヌだろう。
ルウはフランと顔を見合わせ、2人は同時に頷いた。
「アドリーヌ……です。ルウ先生、いらっしゃいますか?」
「おう今、鍵を開ける。アドリーヌ、入ってくれ」
ルウが素早く開錠の魔法で鍵を開け、暫くするとドアのノブがフランの時より更にゆっくりと廻された。
「あ、あの魔道具研究のクラスの班分けのお手伝いを……あ!?」
ルウの研究室に遠慮がちに足を踏み入れたアドリーヌであったが、既にフランが居るのを見て小さく驚きの声を上げた。
「お、お邪魔でしたか?」
「何を言っている? フランには魔法攻撃術B組の班分けの確認をして貰っていた所だ。お前には魔道具研究B組の方の確認を頼むよ。さあ入ってくれ!」
ルウにそう言われてもアドリーヌは未だ躊躇していた。
夫婦であるルウとフランに気を遣っているのであろう。
そんな彼女にフランが声を掛けた。
「学園では私とルウ先生は上司と部下、この魔法攻撃術の授業ではルウ先生が担当と私が副担当、アドリーヌ先生も私と立場は同じじゃない? ここは彼の言う通りに業務を遂行して下さいね」
「は、はいっ!」
フランに後押しされて部屋に入ったアドリーヌは鼻をひくひくさせる。
「こ、これはっ!?」
部屋の中に香っていたのは今迄ルウとフランが飲んでいたハーヴティの香りである。
実はアドリーヌも以前ルウの研究室に来た時には3杯もお代わりしたくらいの大好物なのだ。
「ははっ、当然お前の分もあるぞ。直ぐに淹れてやろう」
「や、やったぁ! ありがとうございます!」
案の定、ルウがお茶の支度をするとアドリーヌは飛び上がって喜んだのである。
――お茶を楽しんだ後、アドリーヌは渡された資料を見て驚いた。
ルウが既に資料を殆ど纏めていたのだ。
しかしアドリーヌはじっくりと確認をしていくつか助言をしてくれた。
ルウはフランと同様、最終的にアドリーヌの意見を加味して班分けを決定したのである。
魔道具研究B組の班分けの作業も終わったのを見てフランが面白そうに口を開いた。
「こうなると……うふふ。これからの展開は予想出来るわね。それに彼女には理事長からある指示が下っているわ」
「え? 展開が予想? 彼女って誰ですか」
フランの言葉を聞いて、ルウは穏やかな表情で頷いたが、アドリーヌの頭の上には話が見えておらず?マークが飛んでいる。
しかしそのようなアドリーヌの疑問は直ぐに解消する事となった。
どんどん!
計ったようなタイミングで乱暴にドアが叩かれる。
このノックの仕方は……
「私だ! カサンドラだ! ルウ先生、居るのだろう? 早く開けてくれ!」
ドアの向こうから3人に聞き覚えのある低い声が響き渡る。
「ね? アドリーヌ先生」
「うふふ、成る程! そういう事なんですね」
「まあ、そういう事だな」
ルウ達3人は予想通り、ルウの居る研究室へのカサンドラの来訪に笑顔で頷きあったのである。
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