第361話 「教育談義」
ルウは自分を頑固者だと言い切った後に続いて3班の構成の具体的な説明を行った。
「ははっ、3つの班の分け方だが、A班は使い魔を召喚した者、B班はアンノウンを召喚した者、C班は残念ながら未だ課題をクリアしていない者だ。課題をクリアしていないからと言って蔑ろにはしないぞ、但し召喚魔法というものは才能の差が顕著に出る。その場合は思い切った諦めも必要だ」
ルウの厳しい言葉に生徒達は黙り込んだ。
特に2年生の課題を未だクリアしていないらしい生徒達は厳しい表情を隠さない。
そもそも上級召喚術を担当する教師の中で人によっては召喚魔法を発動させていない生徒の受講を断わる者も居る。
しかしルウはそのような生徒にも門戸を広げて受け入れたのであり、それは生徒達も感謝し重々承知していたのだ。
「C班にあたる生徒達にはまず召喚魔法発動と言う課題のクリアを目指して頑張って貰いたい。当然、俺やカサンドラ先生も協力は惜しまないぞ。課題クリア組の方において、A班の生徒はまず自分の『使い魔』を完全に使いこなしてもらう事を目指してくれ。呼び出しの安定化、意思疎通、そして使い魔の使用魔力の省力化と効率化を図りながらな」
ここで2年C組のエステルとルイーズが同時に手を挙げる。
ルイーズがエステルに発言を譲ったのでエステルは彼女に軽く会釈しながら、口を開いた。
「わ、私達はアンノウンを召喚したからB班に所属する事になりますが、どのように指導して頂けるのですか?」
上級召喚術のクラスでは使い魔を呼び出した者が圧倒的に多い。
アンノウンを呼び出したのは2年生全体の中でもほんの少数だ。
当事者であるルイーズやエステルは普段の級友との会話の中でもアンノウンの情報は少なく、自分の召喚魔法がこれからどうなるか、やはり不安もあったようだ。
「ははっ、焦る気持ちは分るがな、落ち着けよ、エステル。今から説明するから……お前達B班はまず『仮初の人型』を使ったアンノウンの召喚訓練をやって貰う。内容はA班と変わらない。つまり呼び出しの安定化、意思疎通、そして使用魔力の省力化と効率化を図るのは同じだ。それに加えて円滑な『仮初の人型』自体の操作が加わる事になる」
「は、はいっ! つい慌ててしまいました。御免なさい、先生!」
入れ込んでしまったエステルを宥めるとルウは次のステップの説明をした。
「C班で課題をクリア出来た者は召喚した対象によりA班かB班へ移って貰う。A班で課題をクリアした者は様々な方法で精霊や妖精、上級魔族などの召喚を目指して貰う。B班で課題をクリアしたら古代魔法王国時代の遺物であるゴーレム、巨人を寄り代として練習! と言いたい所だが、残念ながら巨人は高価な上に大変な貴重品なので実物は我が学園には無い。その代わりに極力近い仕組みを応用して製造した練習用の自動人形を使って訓練して貰う事になる」
ルウの説明に生徒達も納得したようだ。
彼女達は安心したのか急に教室がざわめき始めた。
頷いたり、隣の生徒と話したり様々である。
「こらっ! ルウ先生の話は未だ終わっていないぞ」
カサンドラが生徒達に一喝すると教室は静かになった。
一応彼女は生徒間で怖い教師として通っているのだ。
「これからのスケジュールだがA班とB班はこの6月から夏季休暇を挟んで休み明けの9月初めまでの間に課題に目処をつけて欲しい。C班の者は大変だろうが6月中の休み前までに課題をクリアするように頑張ってくれ」
以上でルウの最初の話は終わったようである。
カサンドラの手で班分け用の自己申告用紙が配布された。
本来は学園の作成した生徒達の資料で課題のクリア、使い魔の概要等は把握出来るのだが、この授業でも自己申告の記載を求めるのは、やはり生徒の希望とやる気を見る為であり、質問もそのようになっているのである。
20分後―――生徒達が記入した用紙は回収された。
これで次回の授業から班分けされて生徒達への本格的な指導が始まるのだ。
また、この直後に行われる上級召喚術のB組、そして明日行われる魔法攻撃術C組の授業も含めてルウの授業全てが班分けという同じ指導方法で行われる事になっている。
これは習得度に差がある生徒達が自分の現在の実力に合わせて貰って学習と訓練を受けられるようにと考えたルウの配慮なのだ。
―――それから暫し経って上級召喚術A組の授業が終わった。
「思ったより優しい教師……なのだな、ルウ先生は……」
生徒が全て退出して人気の無くなった教室でカサンドラがルウに対してからかうように話し掛けて来る。
「ははっ、優しく見えるか? それは結構だ」
どうせ嫌味な意味であろうが、ルウが笑顔で返すとやはりカサンドラの表情は一変して厳しくなった。
「笑い事では無い! ルウ先生の遣り方は甘い指導方法だと言っているのだ。魔法とは個々の才能に裏打ちされた実力がはっきりと出るものだ。厳しい言い方をすれば優秀な者がそうで無い者を切り捨てて行く。それが分らないルウ先生でもあるまい」
カサンドラの言う事は魔法使いの育成においては正論である。
しかしルウは笑顔のまま首を横に振った。
ゆっくりと振ったのだ。
「ははっ、ここは確かに魔法使いの訓練と育成をする厳しい競争を伴う学校さ。しかし同時に社会に出る訓練をする場所でもある。厳しい競争も必要だが、友人や仲間と触れ合い、助け合う事も、すなわち絆を作る事も大事なんだ」
「しかし!? それは理想主義ではないのか?」
なおも否定的なカサンドラにルウは言う。
「理想主義か、……だが俺は絆を作る為にはこの遣り方が1番だと判断した。実の所、これはアールヴが魔法修行をする時の遣り方だ。まあ彼等の方法が全てベストと言う訳では無いが、一応、一族が結束した上でその中から優秀な魔法使いを輩出するという結果を出している」
「成る程な……素養の差はあれ、それが貴方であり、ケルトゥリ教頭というわけだ」
ルウの言う事に対して、カサンドラは少しは納得したようだ。
彼女が頷くのを見てルウは補足説明する。
「ははっ、それだけじゃあない。この街には結構、アールヴが来ているのを知っているか? 魔法使いも多いが、中には魔法使いの修行を諦めた者も多くいる。だが彼等に暗さは余り無い。同族同士、助け合いながら冒険者として、商人としてしっかりと前を向いて生きているのさ」
実際ルウは街を歩いていて何回か見知った顔に出くわして話をしている。
例えば、ホテルセントヘレナのフロントに勤めるトゥオマス・エイルトヴァーラもその1人なのだ。
そこまで言われてはカサンドラに返す言葉は無い。
それに彼女は現在ルウとフランには頭が上がらない状況なのである。
「分った……まあ、お手並み拝見と行くよ。それにルウ先生、貴方と校長にはこの前の件で大いに助けて貰ったからな……今の私には偉そうな事は言えない」
頭を軽く掻きながら苦笑するカサンドラ。
ルウは手を軽く振り、一礼をする。
「ははっ、そんな事は良いさ。逆に例のボワデフル・トレジャーハンター隊では冒険者の先輩としてカサンドラ先生にはこれから色々と世話になるからな。御相子さ」
「あ、そ、そうだな! 同志として宜しくな! だが隊の名は変えておくぞ」
カサンドラが悪戯っぽく笑うのでルウは首を傾げた。
「名はブランデル・トレジャーハンター隊に変更する事が決定した。これは妹のルネの了解も得ている」
「…………」
「どうした?」
ルウが黙り込んだので得意満面の笑みを浮かべていたカサンドラの表情が曇る。
「悪いな、言い難いが……却下だ」
「えええ、ななな、何故だぁ!?」
万全の命名だと思っていた名前があっさりと却下されたのでカサンドラは慌てていた。
「前々から思っていたが恥ずかしいし、恰好悪い! ……以上だ」
ルウは踵を返して研究室に向って歩き出す。
その背後ではカサンドラの金切り声がずっと響いていたのであった。
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