第360話 「マノンの申し出」
ルウに対する真摯な想い……
そして彼の傍らに立つには自分も負けない実力が必要だと言い切るマノンにオレリー達は圧倒されてしまう。
しかし実際にマノンがルウの授業に臨む態度はまるで大きな子供のようだ。
そんな彼女の様子を思い出したオレリーは呆れたような顔付きを変えずに口を開いた。
「それにしても学園でも成績優秀な貴女ともあろう人が……そのような理由であんなにがむしゃらな態度で授業を受けようとしたわけですか?」
「そのような理由って? 当然そうですわ……あの方の……ルウ様の魔法の前ではこれまで私が学んだ魔法など児戯に等しいと思いましたの。これは誇りなど打ち捨ててなりふり構わず一から出直す必要があると……」
今まで自分が学んできた魔法の概念が根底から覆されたと力説するマノン。
しかしジョゼフィーヌが一石を投じる。
「でも貴女がルウ先生の傍に立てる実力って……どこで線引きするのでしょう? 難しいのではないですか?」
「それは……いつかルウ先生に認めて貰えるまでとしか言えませんわ。もしかしたらこの魔法女子学園在学中までには無理かもしれませんね」
ジョゼフィーヌの問いに対して一瞬苦しそうな顔をするマノンであったが、長期的に考えているようで覚悟のほどは相当らしい。
「ええっ、在学中までには無理って?」
思わず聞き直すオレリーに、同意するように頷いてから一気に晴れやかな表情に変わるマノン。
彼女は決意を固めるようにきっぱりと言い放ったのである。
「はい! 私はヴァレンタイン魔法大学に進学して魔法をもっと深く学ぶつもりですわ。そしてこれは未だお願いしていませんが、個人的にルウ先生のお弟子にして貰おうと考えていますの」
「「「弟子!?」」」
「……そういうわけで私、貴女方にお願いがありますの」
「お願いとは?」
「私がルウ先生の傍らに立てるように……ですわ。貴女方が単に教師として見ている方を私は偉大なる魔法の師であると共に愛する殿方として見ておりますの。私の想いが成就するように協力してくださらない事?」
「「「ええっ!?」」」
マノンの意外な提案にオレリー達は吃驚した。
普通に考えたら簡単に受けられる話では無い。
しかしマノンにとってオレリー達の反応こそ意外なようだ。
「そんなに驚かなくても宜しいではありませんか? あの方の事を色々調べて頂いたり、私の事をお伝え頂いたり、やって頂くのは簡単な事ばかりですわ。当然お礼は致しますけど……もしかしてお嫌ですか?」
オレリー達が驚いたのとその後に表情が曇ったのをも見てマノンは怪訝な表情になる。
ひと呼吸置いた後でオレリーが発した言葉は現状ではそれ以外無いというものであった。
「ええと……私達はフランシスカ先生も大好きですからね」
「そ、そうですわ! あの方が第一夫人ですし……」
「ヴァレンタインには来たばかりですが、リーリャも2人と同じ意見です」
オレリーの言葉に追随した2人。
それを聞いたマノンはいかにも残念という表情で肩を落とす。
「……そうですか、それは残念です。ではもし気が変わったらという事でお願いします。それに貴女方さえ良ければ個人的に私と仲良くして頂けませんか?」
「え、ええ……」
自分と友人になって欲しい。
これでさえ即答を避けるオレリー達に対して勘の良いマノンは結論を急ぐべきではないと考えたようだ。
「ふふふ……やはり、いきなりのお願いは無理のようですね。でも私達、午後からの上級召喚術の授業も多分一緒ですわ。では、皆様ごきげんよう」
ぺこりとお辞儀をして去って行くマノン。
その後姿を見送りながら、オレリー達は再度溜息を吐いていた。
オレリーは周囲に再度、自分達以外の生徒の姿が無い事を確かめてから小さく呟く。
「ふう……あの凄い『ツンデレ』振りはまるで昔のジョゼね」
オレリーの口に出た言葉に対してジョゼフィーヌは過敏に反応する。
「ええっ!? オレリー、私って昔はあんな感じでしたか?」
「ええ、ジョゼの場合は『魔法の実力』とかややこしい事は一切言わず、純粋に旦那様一直線の恋する乙女でしたけど……」
驚くジョゼフィーヌに対して、オレリーは簡単に以前のジョゼフィーヌの印象を説明したのである。
「旦那様一直線の恋する乙女って? でもツンデレは別として、それならオレリーも含めてフラン姉からリーリャまで皆一緒ですわ」
ツンデレなど、そのような些細な事に拘らず全員がそうだとジョゼフィーヌは力説した。
リーリャもジョゼフィーヌの言葉に同意すると言う意味なのであろう。
大きく頷いてにっこりと笑ったのである。
「オレリー姉! ジョゼ姉の言う通りです。もしそうでしたら私達全員同じですよ。それに私はあの子の気持ちが少し分ります。私も旦那様に認められる事が条件で将来、妻となるのですから」
「分ったわ……どちらにしてもフラン姉に相談しておきましょう」
「「賛成!」」
とりあえずマノンの告白は一旦、フランに伝えられる事となったのである。
肝心のルウ本人に伝えられるかは未定であったが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園祭儀室月曜日午後1時……
午後の授業が始まった。
マノンが言ったようにルウの午後1番、本日の4時限目の授業は上級召喚術のA組である。
副担当は双子のボワデフル姉妹の姉であるカサンドラ・ボワデフルだ。
ルウは午前の授業と同様に生徒への挨拶から入った。
「朝からここまでずっと俺の顔を見ている生徒もたくさん居るようだな。 折角美味い昼飯を食べたのにまた俺の顔を見て余計にお腹が一杯で気持ち悪いだろうが、まあ許してくれ」
生徒達はルウの言葉にどっと笑う。
「食傷気味の者には悪いが改めて挨拶しよう。俺がこのクラスの担当であるルウ・ブランデルだ。2年C組の副担任で、魔法武道部の副顧問もやっている。ちなみに専門科目でも魔法攻撃術、魔道具研究の授業を受け持っているから知っている生徒も多いだろう、今後とも宜しくな」
「「「「「ルウ先生、宜しくお願いします!」」」」
ルウの挨拶に対して生徒達も負けずと大声で挨拶をした。
生徒達の気合に触れたルウはにこりと笑うとカサンドラを紹介する。
「そして副担当のカサンドラ先生だ」
カサンドラはこの学園の教師の中でも異彩を放つ一卵性双生児の美しい双子であるボワデフル姉妹の姉である。
彼女達はさらさらの金髪に瞳が碧眼と鳶色のオッドアイという風貌は殆ど見分けがつかない。
ちなみに妹のルネとの違いはそのオッドアイの並びだけである。
「副担当のカサンドラ・ボワデフルだ。宜しくな」
カサンドラが名乗り、簡単な挨拶をした。
男勝りの彼女は基本男言葉である。
これは何度教頭のケルトゥリに窘められても変わらない彼女の癖だ。
「「「「「カサンドラ先生、宜しくお願いします!」」」」
生徒達の返事を聞いてから、ルウは悪戯っぽく笑う。
「今から自己申告用の用紙を配るが、それと共に学園の資料を摺り合わせしてこのクラスの生徒を3つの班に分ける……俺は他の科目でも同じ様な事をしているワンパターンの頑固男だ」
それを聞いた生徒達はまたどっと笑ったのであった。
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