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第355話 「追憶と言う名の書⑤」

 ジェロームがジゼルを笑顔で励ます風景が暗転すると周囲はルウ達が書店内に入った時の巨大な書架が立ち並ぶ風景に戻った。

 店主の勧めた魔導書『追憶』の効果が終わったのであろう。


 フランとジゼルは目に涙を浮かべている。

 ルウはいつものように穏やかな目をして遠くを眺めていた。

 しかし3人は決して嘆き悲しんでいるわけではない。

 おぼろげな記憶の中で自分を支えてくれた人の優しさに再びはっきりと触れる事が出来て魂が震えているのだ。

 追憶という名の元に過去の自分に思いを馳せたルウ達3人はそれぞれが万感の思いを胸に抱いていたのである。


「皆様! 私めの魔導書はお役に立てましたでしょうか?」


 いきなり張りのある声が響き、ルウ達が声のした方を見ると1人の壮年の男が跪いていた。

 バルバトスとはまた違うタイプだが、真面目で思慮深そうな黒髪の男である。

 左手には分厚い魔導書らしい本を抱えていた。

 悪魔が人化した姿であろうが、ルウには彼が誰だか、最初から分っている。

 それは次のルウの言葉ではっきりしたのだ。


「ははっ、さすがは天地創造の秘法まで知る冥界の公爵だな」


「はい! オロバス、ここに参上致しました」


 ルウに正体を見抜かれていると認識しているオロバスは清々しく言い放つ。

 しかし直ぐオロバスは苦笑した。

 どうやら今回ルウ達に見せたように自分の過去を振り返っているようである。


「ふふふ、私は創世神のみぞ知る知識をどうしても得たかった。それで命の危険を冒し天地創造の秘法を記した魔導書を持ち出し、ルシフェル様の軍に身を投じた次第……しかし彼の軍にて、その真理を問い掛けても誰も……果たして何者も答える事が出来なかったのでございます」


 ルシフェル配下の悪魔達が自分とは素養も考え方も余りにも違うのにオロバスは絶望したのだ。


「それで軍を抜けて密かに隠遁したか?」


 事情を根掘り葉掘り聞かないが、オロバスはルウが自分を理解してくれていると感じたようである。 


「はい! ルウ様の仰る通りで」


 しかしここでルウに疑問が生じた。

 勝手に軍を抜けたオロバスを果してルシフェルが許すのだろうか?

 ルウは不思議に思ってオロバスを問い質す。


「しかし俺はルシフェルの使徒と呼ばれている男だ。そんな俺に近付く事は、いずれお前はルシフェルにも会う事になるのだぞ」


 しかしオロバスは既に覚悟を決めているようだ。


「構いませぬ。私が粛清されましたらこの異界の書店『幻想パンタシア』を貴方様にお譲りするのみ……私の知識を貴方様に継いで欲しいのでございます」


 しかしオロバスは完全にルウを認めたわけではないようだ。

 ルウにこの素晴らしい書店を譲るのは何か条件があるのだろう。

 それは……


「これからお前が出す謎掛けを俺が解ければ……だな?」


 ルウの答えに対してオロバスはにやりと笑う。


「話がお早い! 私は異界から見ていました。貴方様はアールヴのソウェルの知識全てを受け継いでいる稀有な存在。であれば私の出す問い掛けを解くなど容易い事でしょう?」


 しかし今度はルウがオロバスに切り返す番になったようだ。


「面白そうだが、今夜はお前が折角見せてくれた『追憶』の魔導書の余韻に浸りたい。嫁達も同じだろう。全員がそろそろ帰宅したくて痺れを切らしているし、お前が望むならその試験、直ぐにやって貰おうか?」


「はい! では……神とは? 天の使徒とは? 魔族とは? そして人の子とは? 貴方様のご見解をお聞きしたい」


 オロバスの出した問題とは神から人まで、この世界の様々な存在は何かと問う事である。

 ルウはにっこりと笑って大きく頷いた。


「ははっ、では答えよう。神とは過去から未来への永劫なる時間ときを支配する大いなる存在だ。天の使徒とは神に仕え、秩序と調和を重んじ、神の代行者たる存在だ。魔族とは天の使徒と人の子との狭間で原罪とは何かと拘り、破壊と混沌の中に再生を見出そうとする存在だ。そして人の子とは原罪を犯しながら天の使徒や魔族の限界を超えて未来への可能性を見出す存在だ」


「成る程! 誰にでも分り易い優等生的回答ですな」


「ははっ、即興の回答ならこれで充分だろう? お前が不満でも構わない、俺は引き上げるぞ」


 オロバスの皮肉ともとれる反応に対してルウは苦笑してゆっくりと首を横に振った。

 フランとジゼルもこの場に居るのだ。

 このまま話を合わせると議論好きなオロバスが喜んで会話が白熱するのをルウは見抜いていたのである。


「待って下さい! 優等生などと高望みしまして! ルシフェル様の軍でも答えられぬ方が殆どでしたから嬉しかったのです」


 ここでルウはオロバスの真意を本当に理解したというひと言を告げてやる。


「ははっ、お前のように天と地の創造の謎、そして多くの異界に連なり融和する魂達との兼ね合いを深く考える者は滅多に居ないのさ。俺で良ければまた話し相手になろう」


「な、何と!」


 案の定、オロバスは驚愕の表情だ。


「俺だって神の定めた摂理がはっきりと分るわけではない。しかしオロバス。お前が真理を求めて悩み、もがき、進もうとする姿は素晴らしい。悪魔が人の子にしかない可能性を見せる事で、地に堕とされて絶望した他の悪魔達の希望になると俺は思うぞ」


 使徒や悪魔は人と違い、素晴らしい力を有する反面、役目が定められている分、未知の可能性や伸び代は存在しない。

 しかしそんなことわりを破りつつあるこの悪魔をルウは称えたのだ。


「ル、ルウ様! わ、私は貴方様のそのお言葉だけで、この地に下りて良かったと思いますぞ。私も従士の端に加えて頂けますかな」


「ははっ、歓迎しよう。ルシフェルには俺が執り成すよ」


「何から何まで! 身に余る光栄であります!」


 こうして冥界の公爵オロバスはルウに心服して彼の従士となり忠誠を誓った。


 そうなると異界の書店である『幻想パンタシア』はいつでもルウが使用出来る事になり、これでルウは忠実な従士と共に膨大な知識の元も手に入れたのである。

 

 先程からルウとオロバスのやりとりをじっと見詰めていたフランとジゼル。

 内容が内容の上、2人には到底付いていけないレベルだったので、仕方なく聞き役に徹していた。

 ちなみにルシフェルの部分だけは禁忌であるが故に彼女達には聞えない。

 そんな妻達を労わり、ルウは優しく声を掛ける。


「フラン、ジゼル……そろそろ屋敷に戻ろう。俺は追憶の魔導書のお陰でまた頑張ろうって気になったよ」


「「はいっ!」」


 ルウ達3人は名残惜しそうにするオロバスに別れを告げた。

 

「またのご来店、お待ちしております。今度は新たな店員もご紹介しましょう」


 手を振るオロバス。

 まもなくルウの転移魔法が発動される。

 こうして3人は異界の書店幻想パンタシアから直接、自宅である屋敷に戻ったのだ。


 ルウ達が屋敷に戻ってみると、結局書店通りに入った時からたった1時間しか経っていなかった。

 やはり異界で過ごす時間は現世で体感する時間よりずっと短いようだ。


 ――魔道具の店記憶メモリアの手伝いから戻って来たモーラル達と合流し、ルウ達はいつものように風呂に入り、食事を摂った。

 団欒の後、妻達は皆、自室に引っ込んだ。

 今夜のルウの相手はフランであるが、何故だか幻想パンタシアで思い出を共有した3人は一緒に夜を過ごしたかった。

 

 ルウはフランの了解を得てジゼルを呼んだのである。

 

 3人はルウを真ん中にして手を握りながら、ベッドの中で追憶の書によってもたらされた思い出について語り合った。


「旦那様……」


 フランは切なげにルウを見る。

 彼女が何を言いたいのかルウには直ぐ分った。


「フラン、俺はあの時ラインハルトさんの魂とは話してはいないが、いわゆる『虫の知らせ』はあったのさ。今から考えれば彼の魂の残滓が俺に呼びかけていたのだな」


「ううう……旦那様」


「ラインハルトさんは、ああ言ってもお前の事を本当に愛していたんだろう……俺は彼の分までお前をきっと幸せにするよ……そしてジゼル」


 ルウは涙ぐむフランの肩に優しく手を置く。

 そして今度はジゼルに向き直ると彼女の名を呼んだ。


「は、はい!」


「お前の素晴らしい兄上は……いや、ジェロームはこの俺と友になりたいと言ってくれた。俺はお前を幸せにして、更に彼の力になる事をここで誓う」


「ありがとう! 旦那様」


 涙ぐむフランに対してジゼルの表情は晴れやかである。

 しかしフランの気持ちを察したジゼルは2人にある提案をした。


「旦那様、ブランデル家全員で近いうちにラインハルトさんの墓参りに行かないか? フラン姉、どうだろう?」


「え?」


 ルウはジゼルの申し出に黙って頷いたが、フランは吃驚している。

 そんなフランにジゼルは真意を伝えてやった。


「私達は家族だ。旦那様だけではなく私達妻の全員もフラン姉を幸せにすると改めて墓前で報告しよう。そうすればラインハルトさんはとても喜ぶだろう」


「ジゼル……」


 ジゼルの優しさに触れてフランは感動しているようである。

 ルウは改めてフランを見て、更にジゼルを見た。

 もしジゼルでなくて他の妻達の誰かがあの書店であの場に居合わせてもフランに対して同じ提案をするような気がルウにはしたのである。


 ルウは妻達全員の顔を思い浮かべた。

 1人1人が思いやりに満ち溢れた素晴らしい妻達だと彼は思う。


 ルウはそんな彼女達を幸せにしようと改めてこころに強く誓ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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