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第354話 「追憶と言う名の書④」

 フランとラインハルトの別れのシーンが暗転してまたもや光景が切り替わる。

 場所はどこかの屋敷の広大な庭の一角……らしい。


 今度は誰か2人の人物が対峙しているようだ。

 1人は5歳くらいの幼い少女、1人は70歳くらいの矍鑠かくしゃくとした品のある老人である。

 少女は特別にあつらえて貰ったらしい小さく可愛い革鎧を身にまとい、刃を潰したこれまた練習用の短い剣を携えていた。

 老人の方も革鎧姿である。

 2人は剣技の鍛錬を行っていたのであろう。


 それを見た精神体アストラルのジゼルは思わず叫ぶ。


『あ、あれは!? 昔の私だ! そしてもう1人の方は今は亡きカルパンティエのお爺様だ!』


 そんなジゼルの声はやはり届いていないらしい。

 老人はそれまで剣を振るっていた時の厳しい顔付きを一変させ、嬉しそうに言う。


「儂が見るに太刀筋は中々である。ジゼル、それに加えてお前には魔法の素養もあるらしいとレオナールから聞いた。ジゼルはやがてカルパンティエ公爵家史上最強の素晴らしい魔法剣士になるであろう」


 老人の言葉に対して幼いジゼルは首を振る。

 そして可憐な声で言い放ったのだ。


「オリヴィエールお爺様! 私はそれでは満足致しません。ヴァレンタイン王国最強、いえこの世界最強の魔法剣士となってみせます」


「ははは、その意気だぞ、ジゼル。女なのが何だ! お前の父は儂がお前に剣を教えるのに反対らしいが、誰が何と言おうと儂はお前の事を応援するぞ」


 それを聞いたジゼルは大きな声で「お爺様」と叫ぶと老人にひしっと抱きついたのである。


 そんな様子を『今のジゼル』は食い入るように見詰めていた。

 暫くしてまたルウ達の目の前の光景が変わる。


 今度はそれから数年後という時であろう。

 8歳くらいのジゼルの前に今度は大柄な青年が背を向けて立ち塞がっている。

 まるでジゼルをかばうかのようだ。

 青年は未だ20歳に達していないだろう。


『ジェローム兄上……だな』


 ルウが呟くとジゼルは微かに頷いた。


 未だ幼いジゼルと当時18歳のジェローム、2人の前にはこれまたルウもフランも見覚えのあるレオナール・カルパンティエ公爵が腕を組み、2人を睨みつけている。


「ジェローム! お前はこのカルパンティエ公爵家の嫡男でありながら父たるこの俺の言う事が聞けないのか?」


「はい! この件に関してばかりは、オリヴィエールお爺様の遺言ですので!」


「父はもうこの世にいない! それに今のカルパンティエの当主はこの俺だ! 逆らうならジェローム、お前を廃嫡するぞ」


 レオナールは烈火の如く怒っている。

 しかしジェロームは負けてはいなかった。


「父上。ジゼルに剣と魔法の素晴らしき才があるのは父上もご存知の筈。その鍛錬を何故やめさせるというのです。我がヴァレンタイン王国にも女性騎士が誕生して早や20年です。近々ではシンディ・ライアン殿のような素晴らしい方も居たではありませんか? それを何故?」


 ジェロームが言うのは現代であれば全くの正論である。

 しかしレオナールはカルパンティエ公爵家の当主であり、貴族には貴族の身の処し方がある。

 嫡男のジェロームが家の跡目を継ぎ、ジェローム以外の2人の娘はこれから公爵家を守り立てるであろう寄り子の上級貴族に嫁がせるのがレオナールの算段だったのだ。

 その為には剣技や魔法などこれ以上は不要であるとレオナールは考えていたのである。

 

「ジゼルよ、女の剣技は最低限自らの身を守れれば良いと俺は考えている。だからお前の鍛錬も今迄は許して来たではないか? アンジェリクとジゼルはこれから花嫁修業にせいを出して貰いたい」


 レオナールは自論を展開させ、何とかジゼルを説き伏せようとする。

 しかし父の言葉にジゼルは首を横に振っていた。

 そんなジゼルを見かねて、またもやジェロームが割って入った。


「私はジゼルが剣の修養を続けたいのなら手解きします。その代わり父上が言う花嫁修業とやらも行うようにジゼルを説得しましょう! それが通らぬなら……」


「通らぬなら……何だ?」


「私を廃嫡でも何でもされるが良い」


 ジェロームは妹の為に何か理由があってここまで身体を張ってくれたのだろう。

 3人のやりとりを見詰める精神体のジゼルは俯き、唇を噛み締めていた。


「……では改めてジゼルに聞こう。お前はこの父のいう事を聞いてくれるのだな?」


「父上の仰る事はお聞きします……でも剣に関してだけは承服しかねます。私はお爺様のお言葉通りに剣の道を究めたい!そして兄上のお言葉にも甘えさせて頂きます」


「ううむ! 2人共揃ってこの父に逆らいおって! もう良い! 好きにするが良い!」


 レオナールは悔しそうにそう言い放つと部屋から出て行ってしまう。


 そこでまた場面が暗転して風景が変わった。


 3人がやりあった時から時間はどんどん過ぎて行く。

 これも通常の何倍、何十倍の速度である。

 ジゼルが兄ジェロームにより剣技と乗馬についてしごかれ、みるみるうちに上手くなって行く。

 それはルウが魔法の修行をして上達していく様子と全く同じである。


 3人がやりとりしてまた数年が経ったようだ。

 

 ジゼルは10歳くらいだろうか、ジェロームも逞しい青年になっている。

 そしてとある鍛錬の後……


 庭先にテーブルと椅子を置いたジェロームとジゼルの2人は紅茶を楽しんでいる。

 大きな器に水を入れ氷を浮かべた中に更に陶器製の大型ピッチャーが入れられている。

 その中には香り豊かな紅茶が入れられていた。 

 汗を掻いた後に冷やした紅茶を飲むのは身体に染み渡って美味しいものだ。

 これはジェロームとジゼルが鍛錬の後に好んで飲む紅茶の淹れ方である。

 兄との懐かしい記憶がジゼルに鮮やかに甦る。


 そしてテーブルの上には数種類の焼き菓子も置かれている。

 ジェロームが菓子を勧めるとジゼルはいくつか頬張り、それを兄はじっと見守っていた。


美味うまいか? ジゼル」


「兄上、凄く美味しいぞ! これだけのものは中々無い。この店は要チェックだな」


「ふふふ、ジゼル。良く味わっておけよ。その菓子はもう2度と食べられないのだから」


「?」


 ジェロームの言葉を聞いたジゼルは訝しげな表情を見せた。

 兄の言っている意味が全く理解出来なかったからだ。


 どうせ兄が出入りの商人にどこか街の美味しいお店を探させたものであろう。

 そのお店に定期的に焼き菓子を発注すれば手に入るし、もしそれ以上を望むなら、その菓子職人をカルパンティエ公爵家のお抱えにしてしまえば良いのだ。


 ジゼルがそのような事を言うとジェロームは苦笑いしながらゆっくりと首を横に振った。


「兄上?」


「ジゼル、俺が甘い菓子がとても好きなのはお前も知っているだろう。それは俺が焼いた菓子なんだ」


 ジゼルが慌ててジェロームの顔を見直すと兄の顔は辛そうに歪んでいた。


「俺はな、ジゼル。本当は菓子職人になりたかったのさ。今迄、時間を作っては頼み込んで街のとある店で内緒で作っていたんだよ。絶対に父上には言えないよな、ははは」

 

「…………」


 苦笑しながら頭を掻くジェロームにジゼルは言葉が出なかった。

 そんなジゼルにジェロームは言葉を続ける。


「俺はカルパンティエ公爵家の嫡男だ。いずれ父の跡を継ぐ。それは義務だからな」


「兄上……」


「俺はお前を応援する。お前は自分の夢を追うんだ。女だからなんて考えるな! お前は美しいし強い! 俺の自慢の妹なんだからな! 絶対に幸せになるんだぞ!」


『いつもそうなんだ! 私の幸せを1番に考えてくれているんだ。心配性の兄上なんだ』


 過去の兄の言葉が終わらぬうちにジゼルは大声で叫んでいた。


 昔自分を力強く励ましてくれた兄の言葉を思い出しながら、精神体となって見守っていたジゼルは大きな声で叫んでいたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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