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第353話 「追憶と言う名の書③」

 ルウとシュルヴェステルの別れのシーンが暗転してまたもや光景が切り替わる。


 今度は何か薄暗い部屋に2人の人物がたたずんでいた。

 1人は10歳を少し過ぎたくらいの少女、1人は20歳くらいの軍服姿で騎士と思しき青年だ。


 ただ何かあったらしくどこかで鐘が激しく打ち鳴らされている。

 どうやら……2人が居る街は非常事態のようだ。


『あ、あれはっ!? あの子は……』


 精神体アストラルとして傍観者であるルウ達のうち、今度はフランが小さく叫び、「私よ」という言葉を飲み込んだ。

 そんなフランの左肩にルウが手を置き、傍らに居たジゼルが彼女の右手をそっと握った。


『あ、ありがとう……旦那様、ジゼル……』


『フラン、彼が……あの青年がラインハルトだな……』


『成る程、ラインハルト・クリューガー……フラン姉のかつての婚約者か?』


『…………』


 ルウとジゼルの問いにフランは黙ったまま答えないので2人もそのまま光景を見守った。

 やがてラインハルトと思しき人物が口を開く。


「ブレヴァル枢機卿様はこれは間違いなく大破壊ハボクだと仰せになった。このヴァレンタイン王国王都セントヘレナ存亡の危機だと……今こそ我が騎士隊の力でこの王都を守り、ひいてはフラン、君も守る時なのさ」


 ラインハルトが穏やかな表情でフランに話し掛けた。

 そんなラインハルトに対してフランは何か言おうとしてごくりと唾を飲み込んだ。

 躊躇したフランではあったが、思い直したように首を2度、3度と軽く振り、意を決したように話し始めた。


「ラインハルト様、フランはひとつだけ我儘わがままを申します。どうか生きて、生きてお戻り下さいませ。フランはそれだけが望みでございます」


 すがるようなフランの言葉。

 ラインハルトは爽やかな笑顔でフランに応えた。


「大丈夫! 僕には創世神のご加護とフラン、君の思いがあるから――必ず生きて戻るよ。まぁ任せろ!」


 愛する婚約者の聞き慣れた口癖を聞いて安心したフランはにっこりと笑う。

 ラインハルトはフランの手の甲に軽くキスをした。


 そこでドアが激しくノックされる。

 返事を待たずにドアを開けて入って来たのはごつい風貌の巨漢であった。

 ドゥメール伯爵家の忠実な家令ジーモンである。


「フランシスカお嬢様にご報告申し上げます。アデライド奥様は学長として大破壊による二足竜ワイバーン襲撃から魔法大学を防衛する任に自ら当たられるそうです。奥様のご指示により、フランシスカお嬢様と、このお屋敷の守りの任は当家の家令である、私ジーモンが責任を持って当たらさせて頂きます。よってフランシスカ様の許婚であらせられるラインハルト様は心おきなく出撃なされませ!」


 異常に長いジーモンの口上を聞いたラインハルトは苦笑した。


「あはは! ジーモン! 僕はお前にならフランを任せて安心だよ。かつて黒鋼と呼ばれた勇者の名の下にフランを必ず守ってくれよ!」


「は! ラインハルト様もご武運を!」


 手を振って爽やかな笑顔を浮かべて部屋を出て行くラインハルト。

 彼の後姿を見送ってからジーモンの声が室内に大きく響いた。


「さあ、フランシスカ様は早く地下室へ避難を! 王都防衛の対物理の絶対的魔法障壁が突破されれば二足竜ワイバーンはこの屋敷を襲いますぞ」


 その瞬間、フランは強い力で腕を掴まれた。

 そして辺りは暗闇に満ちていったのである。 


 そこでまた風景が変わった。


 ここはドゥメール家、アデライドの書斎である。

 屋敷の主人であるアデライドは腕を組み、目を閉じて立っていた。

 その顔は厳しく口は真一文字にきっと結ばれている。

 まさに仁王立ちになっているアデライドの前には、当時も騎士隊の指揮官と見られるキャルヴィン・ライアン伯爵が、悲痛な表情でがっくりと項垂れていた。

 それを見守るフランは全くの無表情である。


「ざ、残念ながら……」


 口篭るキャルヴィンにアデライドは既に聞いた内容を確認するように繰り返す。


「瀕死の同僚を庇おうとして……ラインハルトは……身代わりとなって戦死したというのですね」


「はい! ラインハルト・クリューガーは二足竜と相討ちになり……男として立派な、本当に見事な最期でした」


「分りました……騎士としては最高な名誉の戦死を遂げたのですね。キャルヴィン……報告ご苦労さまでした」


「は! アデライド殿! では、私はこれで!」


 足早に去るキャルヴィン。

 歴戦の勇士である彼さえ、これ以上重い空気に耐えられなかったのである。


 ……後にはフランとアデライドの2人が残された。

 アデライドは娘であるフランのショックを少しでも和らげようと必死である。

 何と言っても僅か12歳の多感な少女なのだ。


「フラン……ラインハルトはこの王都と貴女を立派に守って死んだのよ、偉いわね」


 アデライドは優しく娘に話し掛けるが、フランは無言で俯いたままである。


「…………」


「クリューガーの家には明日以降、様子を見てから伺いましょう。それまでは2人でラインハルトの冥福を祈りましょうね」


「…………」


「フラン……」


 何度呼び掛けても反応が無いフランに対してアデライドはお手上げであった。

 そしてとうとうフランの我慢が限界を超える。


「約束したのよ、お母様! 彼は! ラインハルトは私の手に優しくキスしてくれて必ず戻るって約束してくれたのよ! なのに何故!?」


 止め処も無く涙を流し、泣き叫ぶフラン。

 しかしアデライドはこれ以上取り繕っても、フランの為にならないと考えたのであろう。


「フラン……彼はもう戻って来ない……これは現実なの」


 アデライドはきっぱりとフランに言い放つと「ふうと」息を吐き目を瞑ったのである。

 しかし、部屋には現実を到底受け入れられないフランの悲嘆の声が響いていたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 フランの泣き声が響く部屋が暗転し、また風景が変わった。


 10年前戦死した、あの当時のままのラインハルトが真っ暗な部屋で椅子に座り、フランに話し掛けているのである。


『ラインハルト様!』


 フランは思わず彼の名を呼ぶ。

 しかしフランの声は残念ながらラインハルトに届いていないようだ。


「フラン、君はあの頃の可愛い少女から美しい大人の女性になった。本当に嬉しいよ……そして優しい所は全く変わっていない」


『…………』


「僕は君に謝らなければならない。大破壊の際に僕が戦死した事が原因で君のこころを酷く傷つけてしまった。本当に済まなかった」


『ラインハルト様! 私こそ、私こそ謝らなくてはいけないの! 私にはもう……』


 ひたすら謝るラインハルトにフランは『こちらこそ悪いのだ』と謝罪する。

 やはりラインハルトにはフランの声が聞えていないようだ。


「僕はずっと君を守りたかった……しかし……」


 辛そうに顔を歪めたラインハルトは己の無力さを呪う。


「10年後の君があの森で異形の魔物に襲われ、命を落としかけた時、魂の残滓、つまり亡霊に過ぎない僕は何も出来なかった。それで彼……ルウ・ブランデル君の魂に必死に呼び掛けて助けを求めたのさ」


『ラインハルト様!』


「君は彼に危い所を助けられ、今は彼と相思相愛で幸せに暮らしている。僕は悔しいと同時にとてもホッとしたんだ。それで自問自答したのさ……本当に僕は君の事を愛していたのかってね」


 淡々と話すラインハルトに涙ぐむフラン。

 彼女には何か言葉を出そうとしても全く出て来なかった。


『…………』


「考えに考えたが、残念ながら答えは否だった。僕は父に言われて単にドゥメール家の人間になるように自分を無理矢理納得させていただけだったのさ……だけど君に出会えて良かったよ。来世では僕も君のように素敵な伴侶を見つけて絶対に幸せになってみせるから! さようなら、フラン! 元気で!」


 ラインハルトの感謝の言葉がフランの魂に響く。

 大きく響く。


 それが彼のこころからの言葉である事をフランは自分の魂でしっかりと実感していたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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