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第352話 「追憶と言う名の書②」

 シュルヴェステルとリューディアが転送先に着いた時には信じられない光景が目の前に広がっていた。

 子牛ほどもある大型の犬に跨った10歳くらいの人間族の少年が腕組をしてこちらを見ていたのである。

 少年は衣服を全く纏っていない。

 すなわち全裸である。

 丸々とした身体は全体的にまだまだ幼かった。


 未だ幼いこの少年はこの地では珍しい黒髪である。

 目の良いアールヴ族であるシュルヴェステルとリューディアには容易に識別出来たが、瞳も漆黒のような黒さであった。

 顔立ちもはっきり言って異相である。


 少年が跨っている犬はまるで狼のような野生的で獰猛な風貌であり、いきなり出現した2人のアールヴを敵か味方か、用心して見極めるように低く唸って2人を睨みつけている。

 それと対照的に少年は穏やかな表情で突然現れた2人に対して怯えるどころか、さして驚いた様子さえ見せていないのだ。


「シュルヴェステル様、あの……犬は?」


「ははっ、この魔力波オーラ、あの犬は現世うつしよの者ではあるまい。異界……常世とこよの住人……ケルベロスの仮初の姿とみた。それよりあの少年の方だ」


「はい! もし予言が正しければ!」


 シュルヴェステルに言われて、リューディアは思わず意気込んだ。

 彼女も長命のアールヴ族の女としてこの現世うつしよに生を受けて500年目を迎えていた。

 当然、3千年前に亡くなったルイ・サロモンに会った事はない。

 しかし偉大なる魔法王の転生の場に立ち会えればこの上ない栄誉なのだ。


「むう!」


 しかしシュルヴェステルは少年を一瞥すると、いかにも不満げに鼻を鳴らした。

 そして表情には落胆の影が差す。


「残念だ……あの少年は我が友ルイの転生者ではない」


「え!?」


 リューディアは思わず訝しげな表情をした。

 只でさえ、常人ではないと分る少年はその小さい身体にシュルヴェステル以上の魔力量を有していたからであった。


「しかし!?」


「リューディア、お前の言う事は分る! あの膨大な魔力量……怖ろしい! 儂やルイの比ではない計り知れない多さだ。ただ魂の形がルイとは全く違うのだよ……あの少年の魂は人の形では無い……見た事の無い魂だ」


「シュルヴェステル様!」


「あの少年は我々が今日会わなかった事にした方が良いかもしれぬ。儂の手に余るやもしれぬからだ」


 リューディアは自分の耳を疑った。

 この世界の神代の頃から生きているこの偉大なソウェルが自身の手に余るなどと言った事は今迄聞いた事が無い。

 数千年前に神の曾孫と呼ばれた無敵の竜を容易く退けたシュルヴェステルがである。


「おおっ!?」


 シュルヴェステルがいきなり声をあげる。

 相手の魔力波を読み切って動きさえも予想する彼が予想だにしなかったようである。

 少年とシュルヴェステル達の距離は約20m……


 無防備な雰囲気で少年はすたすたと歩いて来て、シュルヴェステルへ開口一番こう言ったのだ。


「俺を迎えに来てくれたのか? 爺ちゃん?」


「…………」


「シュルヴェステル様!」


 一瞬呆然としたシュルヴェステルにリューディアが意識を引き戻すように声を掛けた。


「お、おおっ!?」


「ははっ、爺ちゃん。俺、自分の名前しか覚えていないんだ」


 シュルヴェステルが見ると少年の漆黒の瞳に自分の姿が映り込んでいる。

 少年の笑顔は邪気が全く無く穏やかであった。

 そして自分と同じ笑い方につい親近感を覚えたのである。

 シュルヴェステルはやっと笑顔を見せる事が出来たのだ。


「ははっ、坊主。ではお前の名は?」


「ルウだ! ルウ・ブランデエルだ!」


「……ルウ・ブランデエル……か。まあ良い、儂と一緒に来るか?」


「おう! 連れて行ってくれるのか?」


「ああ、お前はこれから儂と暮らすのじゃ」


「ははっ、だってさ。ケルベロス、またなっ!」


 ルウが手を挙げると子牛のような犬は「うぉん」とひと声吼え、煙のように消え失せてしまった。

 まるでひとまず自分の役目は終わったと言うように……


 その一連の様子を見ながらリューディアのこころは何故か不思議な優しい思いで満ちていた。


 アールヴは元々、排他的な種族である。

 長い旅の中で様々な種族と交流したシュルヴェステルは別格としても、故郷の里には基本的に同族しか受け入れず、人間の街に自ら出た者以外には異民族と暮らす事などは無い。


 普通は縁もゆかりも無い身元不明の人間の子をアールヴの長であるソウェルが自ら迎え入れるなど前代未聞なのだ。


 一体、これからどうなるのか?

 リューディアはこの人懐こそうな異相の少年を思わずじっと眺めてしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 どうやらこの追憶の魔導書は人の記憶を呼び覚ますものらしい。

 傍観者となったルウ達は精神体アストラルとなってルウと巡り会ったシュルヴェステル達の様子を見詰めている。


 ルウとシュルヴェステル達が出会った時から時間はどんどん過ぎて行く。

 人の動きが早くなり、目にも留まらぬ程だ。

 まるで通常の何倍、何十倍の速度である。


 その中で顕著なのがルウが魔法使いとして成長して行く様子である。

 フランとジゼルの目にもシュルヴェステルの指導の下、砂漠の乾いた砂がどんどん水を吸い込むかの如くであった。

 ルウは誰にでも優しく、里の雑務も厭わない。

 最初は異民族に排他的なアールヴ達もルウの人柄に魅かれて彼を可愛がるようになっていた。


 そしてまたルウ達が見ている光景が変わった。

 何とシュルヴェステルが病の床に就いている。


 健康的だった顔色はどす黒く変わり、頬はごっそりとこけている。

 どうやらシュルヴェステルに人生の終わりが近付いているらしい。

 ルウは心配そうにシュルヴェステルを見詰めていた。


 精神体でその様子を見ているルウもその時の事を思い出したのか、珍しく辛そうに俯いてしまう。


「ルウよ、お前に儂の跡のソウェルを継いで貰いたかったが……残念だ。 お前の事だ、多分この里を出て行くのであろう。リューディアにでもその役目を譲ってな……」


「爺ちゃん……悪いな。人間の俺にはアールヴのソウェルは務まらないよ」


 ルウの言葉を聞いたシュルヴェステルは苦笑する。

 そして彼の手を握り、擦れた声で言い放ったのだ。


「ルウよ……儂からお前に教える事はもう何も無い。振り返ってみると儂は気が遠くなるような7千年の人生の殆どを旅に費やした……そ、そして多くの事を学んだのだ。お前もこの里を出て広い世界に出るが良い。」


 シュルヴェステルは咳き込みながらも言葉を続けた。


「この世の中の摂理は実は里の周囲の森と殆ど一緒なのだ。人間の街も含めてな……お前は様々な森を見て種族を超えて生きとし生ける者全てと関わりを持ち、理解し合う努力をすると良い。相手は悪しき者と言われる魔族や獣とて例外では無い……ははっ、今更ながらお前には教えられたよ、あのモーラルの件では特にな」


 ここで不思議な事が起きた。

 傍観者である筈の精神体のルウに対してシュルヴェステルの新たな言葉が響いたのである。


『お前は里を出てから、またひとつ儂の知らない事を学んだようだ。広い世界を見て回るとは何も様々な土地を訪れるだけとは限らない。お前の魂に触れた多くの人々や人外達のこころの内もまた広い世界であり、宇宙なのだな。羨ましいぞ、お前はこの大きな街に留まりながら妻や弟子達と今も広大な世界を旅しているのだ』


『爺ちゃん! その通りさ! 俺は爺ちゃんの言う通りに広い世界を旅しているんだよ』


 この異界で傍観者である筈のルウはシュルヴェステルからの時空を超えた問い掛けに大きく頷いていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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