第35話 「計算」
14話の学園の描写に生徒会室の場所の記載が抜けていましたので、修正し追加しました。
「あのぉ……校長先生、ルウ先生、大丈夫ですか?」
「私達の為に済みません……」
怒り心頭のジゼル・カルパンティエが立ち去ってから……
ミシェルとオルガは、おずおずと話し掛けて来た。
余程怖い先輩なのか、完全に萎縮しているようだ。
ふたりの様子を見たフランは、更に罪悪感に責め苛まれたようである。
「私が1番悪いの、御免ね! 本当に御免ね!」
フランはミシェル達へ近付き抱き、「ぎゅっ」と抱き締めた。
「ええっ!?」
「あう?」
いきなり抱き締められ、ミシェルとオルガは吃驚した。
助けを求めるように眼差しを向けるが、ルウはゆっくりと首を振る。
「フランの気が済むまで我慢してくれ」というアイコンタクトである。
フランは……
これまで、一生懸命教師を務めてきたつもりである。
しかし、生徒に懐かれず、コミュニケーションも巧く行かなかった。
さらに、生徒会長であるジゼルから詰られ、責任を感じている事は明らかであった。
暫し経って、フランが離れ……
ようやく解放されたふたりだったが、ルウが改めて尋ねる。
「ジゼルの教育的指導って何だ?」
一瞬、答える事を躊躇うミシェル達であったが、顔を見合わせ、観念したように話し始めた。
「まず訓話が1時間、そして瞑想が1時間で、その後に剣の素振りが1時間、それと……」
「おお、凄いな」
と、ルウが納得したような顔で頷けば、
あまりのスパルタぶりに、フランの方は驚いた。
こちらは、うんざりした表情で、ミシェルに尋ねる。
「うわぁ! それって……まだあるの?」
「はい、最後に素手の組み手と剣の模擬試合が1時間ずつあります」
しかしミシェルもオルガも、指導が辛いという雰囲気ではない。
「部長は……いつも私達に対して、真剣です」
「そうです、彼女はけして手を抜きません」
ふたりとも、ジゼルの事は嫌ではない。
生徒会長でもあるジゼルは、自身が多忙なのに、ここまで自分達に付き合ってくれると感じている。
「こんな良い先輩は滅多にいない」と擁護したのだ。
ふたりの物言いを聞いたフランは、「やはり自分は至らない教師だった」と深く反省したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学生寮に戻る、というミシェルとオルガは手を振って去って行った。
一方、本校舎に戻るフランの愚痴は止まらない。
「あ~あ、自己嫌悪だなぁ……」
落ち込む彼女にルウが声を掛ける。
「フランは少し疲れて休んでいただけじゃないか、また歩き出したと思えば全然問題無い」
「本当?」
「ああ、あの子達やジゼルも含めて、これから親身になって接してあげれば良いのさ」
「そうか……ルウの言う通りだね! 私、頑張るよ、ルウ!」
ルウの温かい言葉でフランは元気と笑顔を取り戻したようだ。
「さあ、明日の打合せの続きをしよう」
「ええ!」
完全に元気を取り戻したフランは、ルウと共に本校舎に戻って行った。
その頃……
ジゼルは抑えきれない怒りを抱えながら、寄宿舎に向かう。
「バザンさん、御機嫌よう」
「御機嫌よう、ジゼル様」
ジゼルはバザンの方を振り向きもせずに挨拶を行い、寄宿舎の中に入った。
バザンは苦笑して肩を竦める。
この気難しい公爵家のお嬢様は、その日の気分次第で、機嫌ががらりと変わるのだ。
ジゼルは許せなかった。
自分に対し、『お前』などと失礼な呼び方をする人間は今まで居なかったから。
身内でさえ、名前で呼ぶ自分を!
それも!
平民風情が!
偉そうに!
絶対に!
許せない!
この怒りは……
週末行う事となった魔物狩りの勝負で、フランシスカ主従を完膚なきまでに叩きのめす。
敗者の屈辱を味あわせて、鎮めるしかない。
そして……
敗者へのペナルティとして、思い切り恥をかかせてやる。
沸々とマグマのように煮えたぎる怒りを無理矢理押さえつけ、ジゼルはある部屋のドアを乱暴にノックする。
すると含み笑いをする、悪戯っぽい少女の声が返って来た。
「ふふふふふ、そんなに心を乱していては、学園一の才媛が台無しだよ」」
「ナディア! 頼みがある! 頼めるのはお前しかいないのだ!」
ドアを開け、ジゼルを迎えたのは……
同じ3年A組で生徒会副会長を務めるナディア・シャルロワである。
さらさらの栗色髪の毛をポニーテールにした、切れ長で鳶色の眼を持つ知的な美少女である。
「まあまあまあ! ジゼル、落ち着いて! 最初から話してごらんよ」
30分後……
「ふふふ、話は分かったよ。君が勝負する週末の魔物狩り競争でボクが力を貸せば良いのだろう」
ジゼルから魔物狩り勝負の説明を受けたナディアは、頷きながら、ジゼルの肩を「ぽん!」と叩いた。
協力のOKを貰ったジゼルは、思わず両手を合わせ、ナディアに頭を下げた。
「ナディア! 済まん! 恩に着る! あ、ありがとう!」
「そんな、恩なんて言わないでよ。君とボクの仲じゃないか」
ナディアは、先ほどから笑みを絶やさない。
彼女は学園の学年の成績では、常にジゼルの次席にある優れた魔法使いである。
父エルネスト・シャルロワは子爵であり、ヴァレンタイン王国でも代々続いた由緒ある家柄であった。
しかし同学年に成績、容姿、身分など全てが上のジゼルがいる為にナディアは常にナンバー2のイメージを拭えないでいた。
いつか、リベンジしてやる! と密かに考えていた。
表向きは……
誇り高いジゼルに、恥をかかせないようにする。
さりげなく「自分の実力の方が上!」という事をしっかりアピールしたい。
ジゼルが今回、持ち込んできた話は……
ナディアにとって、絶好のチャンスだと思ったのだ。
「心配しなくても、ボクがしっかりフォローするよ」
喜びのあまり、涙ぐんで抱きつくジゼルの背中を擦りながら、ナディアは素早くそんな計算をしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本校舎校長室……
ルウとフランが肘掛付き長椅子に座っている。
フランは、『ジゼルとの対決』をアデライドへ話したらしい。
「さっきお母様に話して来たら、狩場の森の使用許可も出すし、面白そうだから私が相手の立会人をやるって……でも」
フランの顔が少し曇る。
「私が言い出しといて悪いけど、ルウの足を引っ張らないか心配。ジゼルは絶対に生徒会副会長のナディアを引っ張り出してくるわ、最強コンビね」
溜息を吐くフランをルウは慰める。
「大丈夫さ。前にも言ったよな、フランにはまだ魔法使いとしての力が眠っているって」
「本当?」
ルウによれば自分にはまだ伸びしろがあるという。
本当に……
期待して良いのだろうか?
そんな不安も、穏やかな表情で自分を見つめるルウを見ると、フランは心が軽くなる。
「ああ、本当さ! 少しずつだけど……俺がフランの力を伸ばせる。まあ、任せろ」
それを聞いたフランは喜びのあまり、ルウの胸へ、思い切り飛び込んでいたのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




