第348話 「働く意義」
王都中央広場午前10時少し前……
ルウは午前組のフランとジゼルと共に地の転移魔法で亜空間を跳躍した。
そして一行は魔道具の店『記憶』に到着すると早速、店の奥の部屋でバルバトス、ヴィネを加えて会議を始めたのである。
会議の内容はこの店の経営に関してだ。
一旦、バルバトスが営業時間等を決めたが、土曜日のあまりにも予想外の繁盛ぶりに方向を修正しようという事になったのである。
まずルウが口を開く。
「まず販売の方だが、入店制限を使った接客はどうだ?」
『入店制限』はルウのアイディアで、最初の混雑が嘘のようにじっくりと接客が出来ており、ヴィネが上手く捌く事で店の外で待つ客達の方からも殆ど不満が出ていない。
バルバトスにとっては願ったり叶ったりである。
「はい! ゆっくりとお客に魔道具を勧められるので、とても宜しいかと!」
「外待ちのお客も座り心地の良いベンチと美味しい紅茶のサービスで文句をつける者は居ませんよ」
バルバトスとヴィネの2人が了解したので、ルウは次に営業日と時間を打診する。
「じゃあ入店制限は継続で決定かな。次に検討するのは営業日と営業時間だ」
ルウの話を聞いてバルバトスが大きく頷いた。
どうやらバルバトスの方で考えがあるようだ。
「はい! こちらは私に提案させて下さい。当初は週に1回の休みくらいで良いかと考えましたが……この売れ行きを考えると。今、考えているのが木曜日から日曜日の週4日営業として、他の日は完全休養日か、商品整理や仕入れ作業に充てます」
これは大幅な営業日削減である。
利益追求が最大の目的ではないバルバトスらしい。
傍から見たら贅沢過ぎる話だが、元々目立たぬようにというのが彼の希望なのでこれも最低限の譲歩かもしれない。
この分だと営業時間も短縮では、というルウの予感は当たった。
「営業時間の方はどうだ?」
「はい! 開店は午前11時で変わりませんが、予定していた午後6時閉店を午後5時として1時間短縮します。閉店1時間前の午後4時で入店受付を締め切って、午後5時目標で閉店という事ですね。閉店時間以前に1日の販売分の商品が完売したら、追加で品出しせずに閉店とします」
客が求めても品出ししないとは……
傲慢と言えば傲慢な店である。
「本日のように販売点数は抑えるんだな?」
「は! 昨日は商品を100点卸しましたが、本日は70点限定ですね」
あれだけ商品が売れたのに売る商品を減らすとは常識外と言えるがバルバトスは当然という表情だ。
ルウはそんなバルバトスを見ながら、手伝いの人間のスケジュール調整を申し入れる。
「そうなると昨日より早く閉店になるかもな。曜日ごとに手伝いを誰にするかのローテーションは改めて相談しよう」
「は! 宜しくお願いします」
バルバトスが相変わらず無表情で返事をすると、ここでルウから頼み事がひとつ出た。
「最後にお前へ願い事だ。悪いが、お前のこの店を魔法鑑定士候補達の勉強場として実務を積ませる場にするが、頼むぞ」
それを聞いたバルバトスは心得たとばかりに初めて笑顔を見せた。
「はい! ルウ様は私以上の目利きですし、アデライド様とフランシスカ奥様はA級魔法鑑定士の資格を持ってらっしゃいます。残りの皆様も才能豊かですよ」
バルバトスの快諾にルウはにこやかな表情で軽く一礼する。
「済まない、助かる!」
そんなルウを見て逆にバルバトスは恐縮した。
ルウの対応は『主』というよりバルバトスに親しい『友』としての接し方だったからだ。
「ルウ様!」
思わず驚きの声をあげたバルバトスに対してルウは左右にゆっくりと首を振ったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔道具の店『記憶』日曜日午前10時30分……
バルバトスの指示でジゼルとジョルジュは魔道具を所定の位置に並べ始める。
ヴィネは表にベンチを並べて既に並んでいる客の交通整理を始めていた。
しかし先程の部屋でルウとフランは話し込んでいる。
この店とブランデルの家族がどう関わって行くかという事だ。
これにはお金も絡んでいるので尚更である。
「フラン……俺とお前、そしてアデライド母さんは国家公務員だ。国に無許可で商売や別の仕事をするのは法律で禁じられている。もし国の許可が下りたとしても手続きが煩雑で時間が掛かるからな」
ルウの話にフランも相槌を打ち、同意した。
「旦那様の仰る通りですわ。加えて言うとジゼル以下、魔法女子学園の生徒達も同様です」
フランがちょっと困った表情を見せるとルウは笑顔で返した。
「俺が色々と考えた事をアデライド母さんには先に話したよ。母さんは概ねOKだったよ」
ルウは母に対して何か話したらしいが、夫を信じているフランに全く異存は無い。
それどころか、母の反応が脳裏に浮かんで逆に彼女には可笑しかった。
「そうなんだ! お母様の事だから面白がったでしょう?」
「ああ、とても面白がったよ。じゃあ最初から説明しようか」
「はいっ!」
どうやらフランの思った通りのようだ。
こうなるとフランはルウの考えを早く聞きたかった。
フランのそんな表情を見てルウはゆっくりと話し出した。
「俺達やジゼル達が直接、この店から利益を受け取るのは不味いだろう、法律で副業禁止の国家公務員と校則で労働禁止の学生だからな」
「ええ、その通りね」
「だから俺達は直接、金を受け取らずに家族であるこの店の共同経営者から生活費を入れて貰う」
「共同経営者? あ、ああっ!?」
『共同経営者』と言われてフランにはある人物の顔が浮かぶ。
「そうさ。フランの考えた通り、便宜上モーラルがバルバトスと共に共同経営者となってこの店を経営する。俺達はモーラルに出資金を託して彼女はバルバトスに出資する。月に1回支払われる利益の分配金は一旦、モーラルが受け取るんだ」
「そして、モーラルちゃんは旦那様と私にそのお金を……」
「ははっ、そういう事になるな。ちなみにモーラルとアルフレッドは先月、この王都の正式な住民としての登録も済んでいる。保証人は俺と同じアデライド母さんだ。これで誰からも後ろ指を指される事は無い」
「うふふ、それっていずれはアリスちゃんにも必要ね。でもジゼル達は?」
フランがジゼル達の対応を聞くと、これもルウが即答した。
「こちらもアデライド母さんに話して了解済だし、今バルバトスにもOKを貰った」
「?」
「表向きはこの店で魔法女子学園の生徒達が魔法鑑定士の実務経験及び受験の為の勉強をするボランティアという形にした。皆の賃金は一応1日金貨1枚だが、ボランティアらしくこれを集計して貧しい孤児院に寄付として渡す事になっている。ほら、以前話した鋼商会の会頭であるリベルト・アルディーニが育った施設さ。まあそれとは別に働いた分と同じ金額はモーラルが受け取って俺やフランに渡す金から皆に小遣いとしてちゃんと支払われるようにするさ」
フランはさすがに吃驚した。
ルウはジゼル達をボランティアという形にするだけでなく、そこまで考えていたのである。
自分達が働いた分を孤児院に寄付するとなったら彼女達の気持ちもまたひと味違うものになるだろう。
「旦那様……」
「この話をバルバトスにしたら、彼も売上げのいくばくかを孤児院に寄付するってさ。人知れず埋もれていた古の魔法使いの宝もこうして色々と役に立つんだよ」
夫の優しさに触れて微笑むフランに対して、ルウは片目を瞑って悪戯っぽく笑ったのであった。
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