第346話 「待ち人来たる」
ルウ・ブランデル邸大広間、午後5時……
ルウ達は高貴なる地の王アマイモンの力による転移魔法で今、屋敷に帰還した。
今日の慣れない接客で、さすがに妻達の表情には疲れが見える。
「皆、お疲れだったな。アルフレッドが風呂の用意をしてくれている。直ぐに風呂に入ろう」
「あれ? ジゼルは何処に居るの? レッド」
こんな時にひと際大きな声で皆を迎えるジゼルの姿が見当たらない。
ナディアは今やこの屋敷の家令である、妖精赤帽子ことアルフレッドに問い掛ける。
「はい! ナディア奥様。ジゼル奥様は玄関前にいらっしゃいます」
「玄関前?」
「はい、ジゼル奥様は皆様がお疲れになって屋敷にお戻りになるのをしっかりとお出迎えすると仰ってずっと待っておられます」
どうやらジゼルは皆を労わろうと玄関前で待っているようである。
妻達からもジゼルを労わる声があがった。
「ええっ!?」「ジゼル!」「ジゼル姉が可哀想ですわ!」
ジゼルの優しい心根に妻達は感激しているらしい。
「分った! 俺が迎えに行って来る。良い考えがあるのさ。まあ、任せろ」
ルウは大広間を突っ切ってジゼルが待つ玄関外へ出たのであった。
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ルウが外に出ると、もう日は西に傾き、座り込んだブリオーを着込んだ1人の少女と1頭の巨大な犬を夕焼けが赤く染めている。
少女はジゼル、犬はケルベロスであった。
ジゼルは無防備な背中を見せながら、傍らに座っているケルベロスに話し掛けている。
「お前は偉いな、ケルベロス。毎日毎日、気の遠くなるような長い時間の中、この場でじっとして私達を守ってくれているのだな。私などたった1時間しか座っていないのにもう辛くなって来た……今更だが今度、美味い肉でも差し入れしてやるぞ」
ジゼルに言葉を掛けられたケルベロスの身体がぴくりと動いた。
どうやらルウが近付いたのを感じたようだ。
そんなケルベロスの動きをジゼルも見逃さなかった。
「どうした? ケルベロス! 何か……あ!?」
振り返ってルウの姿を認めたジゼルは吃驚したように大きく目を見張る。
そんなジゼルに対してルウはいつもの穏やかな表情だ。
「ははっ。ただいま、ジゼル!」
「おおお、お帰りなさいっ! 旦那さま~っ!」
ジゼルは大きな声で叫ぶとルウに向って転がるように駆け寄って来た。
そして思い切り助走をつけるとルウの胸に飛び込んだのである。
ルウはジゼルをしっかりと受け止めると背中を優しく撫でてやった。
「ははは、ジゼルは寂しがり屋だ。そしてとても甘えん坊だな」
「ううう、私がこうなるのは旦那様がいけないのだ! でも何故屋敷の中から?」
「転移魔法で直接屋敷へ戻って来たのさ。さあ! 待っていてくれたお前にご褒美をやろう」
「ご褒美?」
「ああ、そうだ。ご褒美だ」
ルウはそう言い放つとジゼルを軽々と抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこであった。
「え、ええっ!? だ、旦那様!」
「このまま玄関まで運んでやろう」
「ううう、うん! 出来ればゆっくりと運んでくれ、旦那様!」
ジゼルは嬉しそうに呟くと、ルウの首に手を回して彼の胸に顔を埋める。
そこには先程まで後輩と一緒に厳しい訓練をして来た魔法武道部の凜とした部長は見当たらず、夫に甘える可愛い妻の姿があった。
「明日は一緒に店へ行こうな。俺はお前と一緒に行くのが楽しみだ」
「う、うんっ! 頑張って手伝うぞ!」
ルウはジゼルの要望通りに玄関までゆっくりと歩いてやったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カ、ポーン……
ここはルウ・ブランデル邸の最上階の大浴場だ。
妻達の部屋にも個人用の風呂はあるのだが、ルウと一緒に入浴出来る時は大抵こちらを使い、皆で疲れを癒すのが恒例であった。
今夜は昼間にバルバトスの店の手伝いで奮闘したメンバーに加えて、魔法武道部の練習で汗を流したジゼルも一緒に入浴している。
何とジゼルはひと足先に帰宅してからも風呂にも入らず待っていたらしかった。
夫や仲間達と一緒に入浴したかったに違いない。
「1日働いた後のお風呂は最高ですね!」
「本当ですわ! 労働って本当に貴いのですわね」
気持ち良さそうに湯船に浸かったオレリーが感慨深げに言うと今では彼女と親友でツーカーの仲であるジョゼフィーヌも同意する。
湯船の中では既に身体を洗ったナディアとモーラルも目を閉じて身体を沈めていた。
また湯船の外の洗い場ではルウがフランに背中を流して貰っていて、フランの背中はジゼルが流している。
目を細めて気持ち良さそうなルウにフランが嬉しそうに問う。
「気持ち良いですか? 旦那様」
「ああ! ありがとう、最高さ! フランはどうだ?」
「私もです。ジゼルったら、嬉しそうに私の背中を流してくれていますよ」
フランの言う通り、ジゼルは鼻歌を歌いながらフランの背を流していた。
「よし、そろそろ石鹸を流してくれ。フラン、今度は2人でジゼルを洗ってやろう」
ルウの言葉を受けてフランがひと言、ジゼルに声を掛けた。
ジゼルはすかさず頷くとフランに優しく湯をかけて、石鹸を流してやる。
当然、フランもルウに対して同じ事を行っていた。
「よし! 今度はジゼルの番だ」
「え!? 旦那様? フラン姉!? えええっ!?」
ルウとフランは石鹸を思い切り泡立てるとジゼルの身体に塗りたくった。
「うひゃひゃひゃひゃっ! く、くすぐったいっ!」
その声と様子に触発されたのか、ナディアを始めとして他の妻達もジゼルに駆け寄り、石鹸を塗りたくる。
「ああっ! ナディア! いきなり、お前はっ! そ、それにオレリーとジョゼ、モ、モーラルまでもっ!」
まるで女王のように多くの人間から身体を洗われるジゼル。
「ややや、やめてくれ~っ! うひゃひゃひゃひゃっ!」
くすぐったい!
堪らない!
しかしジゼルは彼女を洗う皆の手に優しさが充分に篭もっている事をしっかりと感じていたのであった。
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